萬葉版画館 宇治美術館116

万葉集2-0002
宇治敏彦制作板画 萬葉集2巻2
やまとには むらやまあれど とりよろふ あまのかぐやま のぼりたち くにみをすれば くにはらは けぶりたちたつ うなはらは
かまめたちたつ うましくにそ あきづしま やまとのくには(舒明天皇)
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我々は日本の「余剰幻想」から抜け出そう   宇治 敏彦

 新年早々の悲観論で申し訳ないが、安倍首相はじめ政治家だけでなく、官僚も経済人も労働界も、そしてマスコミも「日本の未来」に関して、もっと深刻に考え、早急に「日本再生計画」を国民のコンセンサスとして築き上げるべきではないだろうか。そうしないと日本は今世紀中に間違いなく「沈没国家」、そうでなくとも「浮遊する元『先進国』」の名前をかぶせられていくことになるだろう。
 何が、そんなに心配なのか。
 第1は「人口減少」。遠からず日本の人口は1億人を切る。人口の多い少ないが国家パワーの全てではないが、第2次世界大戦で敗れた日本が1945年8月の廃墟の中から世界第二の経済大国(現在は第三)まで成長できたのは1970年(昭和45年)の国勢調査で人口1億人突破が確認されたことに象徴される「人口力」の拡大が大きく影響している。ただ人口が増えただけでなく、一人一人の国民が真面目に働き、良質な新製品を産み出してきたから「made in Japan」が世界中で評価され、日本の経済発展につながった。
 それから半世紀近く経ち2015年時点で世界の人口は10億人増加し74億人になった。だが日本は逆で、世界に11か国ある「1億人以上の国家」から転落しようとしている(政府の予測では2050年ごろ1億人を切る)
2017年に国内で生まれた日本人の子供は前年より3万6000人少ない94万人強にとどまった。2年連続で出生100万人割れだ(厚生労働省の推計)。1970年代前半には年間200万人生まれていた。一方、死亡者数は前年より約3万6千人増え、戦後最多の134万4000人。生死の差し引きで昨年は日本の人口が約40万人減少したことになる。
 人口は急に増えるものではない。着実な対策が不可欠だが、特に「貧困対策」をはじめ多方面の施策が急務だ。安倍内閣が「教育費無償化」対策を打ち出したのも、その一環だろう。筆者は最近、自民党幹部の一人に「結婚し子供をつくった低所得の夫婦には一定年数、所得税を控除するぐらいの大胆な政策を実施しないと出生率の向上は難しいのではないか」と進言した。その幹部は「フランスではそうした施策で出生率を上げた。日本でも必要になるかもしれない」と述べていた。
 厚労省推計では2017年に結婚した夫婦は前年より約1万4000組減って60万7000組。これでは驚くほどの優遇策を取らないと、日本人は将来「絶滅人種」になるかもしれない。
 第2は「財政再建」。国会で審議が始まる2018年度政府予算案は97兆7128億円と過去最大規模だが、収入の3分の1は国債である。経済界でも「2020年度の基礎的財政収支の黒字化は困難になった」(三村明夫日本商工会議所会頭)との見方が強い。日本の潜在成長率は0・69%。成長率が鈍化したとはいえ毎年6%台の成長率を維持している中国とは大きな違いだ。
5年前の2013年に安倍政権は金融緩和、財政出動、成長戦略の3本の矢による「アベノミクス」を打ち出し、株式市場の活性化などをもたらした。しかし、個人消費の拡大にはつながらず、財政健全化も先送りされたままである。
第3は「世界を席巻するヒット商品が出ない」ことだ。学者たちの分析によれば「現在、人類社会は第4次産業革命の只中にいる」(宇野重規東大教授ら)という。第1次産業革命(蒸気機関車の発明など1760年代~1840年代)、第2次産業革命(電力による大量生産が行われた19世紀後半から20世紀初頭)、第3次産業革命(コンピュータ、インターネットによる20世紀のデジタル革命)、そして今日の第4次産業革命(モバイル化、小型化したネット機器や人と物を結び付けるIoT=インターネット・オブ・シングズ)である。
1970年代にはソニーの「ウオークマン」をはじめ多品種のヒット商品がメイド・イン・ジャパンとして世界へ飛び出していった。だが今日、外国でも流行る日本製はアニメや漫画などに留まっている。
最近、「余剰幻想」という表現を耳にした。1月16日にホテル・ニューオータニで開催された「日本アカデメイア」(日本生産性本部後援)で宇野教授らがまとめた「未来への責任」というメッセージが紹介された。
「未来を占うことには限界があるが、確かなことは、われわれが大きな転換期にあること、自己改革と新しいグローバルな取り組みの必要性を示すサインが随所で鳴り響いているということである。日本社会は一見こうした世界の変調とはまったく無縁で、まるで小春日和を楽しむかのように余剰幻想に頼り、『この今』の満足感に浸っているように見える。しかしこれは『未来への責任』を果たすこととは大きくかけ離れている」
未来へ向けての心配事は前記の3点のほかにまだまだあるが、私たちが1960年代から80年代当時の「余剰幻想」に浸っているとしたら、まずその幻想から抜け出さなければなるまい。

経団連新会長は、存在意味があるのか   小榑雅章

経団連次期会長に日立製作所の中西宏明会長が就任決定、と大きく報道されています。
かつて、経団連会長は財界総理と言われるほどで、政界にも日本経済の動向にも大きな影響力がありました。しかしいまは見る影もなく衰えて、おやまあ、まだ経団連会長なんて、ニュースに登場する価値があるのか、という気がします。
経団連の榊原会長は、次期経団連会長について(1)日本を代表するモノ作りの製造業(2)国際的に知名度があるグローバル企業(3)安定した黒字企業--の3条件を必要条件に挙げて、日立製作所はこの3条件を満たしているので、会長就任に決定したそうです。
3条件の第一の必要条件が「日本を代表するモノ作りの製造業」だそうですね。
なんとまあ、時代錯誤も甚だしい。あまりに時代とかけ離れた発想で、あきれるしかありません。
改めて榊原会長に伺いたいのですが、「モノ作りの製造業」というのは、日本を代表する産業なのでしょうか。産業構造を引っ張り出すのもはばかられますが、経団連会長が財界総理と言われて、総理大臣も頭が上がらなかった頃の石坂泰三会長や土光敏夫 会長のころの1970年代80年代は、製造業がGDPの4割を占めていた時代です。輸出産業としても花形で、まさに国家の経済を支え国民の就労機会をもたらしていた基幹産業でした。
ところが、いまはどうでしょう。
モノづくり製造業は減少の一途で、GDPの2割しかありません。今やモノづくりではないサービス産業の割合が、GDPの7割を占めているのです。
にもかかわらず、経済の総本山などと言って、会長の必要条件の第一がモノ作りの製造業というのですから、こんな人たちが経済の舵取りをする日本の行く末は暗澹たるものです。
その上、モノづくり日本企業を代表する大会社が次から次と不祥事を起こしています。
経団連榊原会長の出身企業である東レは、昨年の11月28日、子会社の東レハイブリットコードが、製品の検査データを改ざんしていたと発表しました。社内検査で発覚したが、東レは不正把握から1年以上も公表していなかったこともわかりました。
神戸製鋼は昨年10月8日、同社が500社以上に納入していた一部の製品について、品質、強度、耐久性についてデータ改ざんがあったと発表しました。アルミ製品のデータ改ざんは10年ほども前から行われていて、納入先には、ボーイングや日産、トヨタが含まれていました。
三菱マテリアルは11月23日に、子会社の三菱伸銅と三菱電線、三菱アルミニウムが、自動車や航空・宇宙分野向けなどの部材で検査データを改ざんしていたと公表して謝罪。
日産は無資格検査問題を受け購入後に一度も車検を受けていない約120万台について リコールを昨年9月29日に届け出ました。
日本を代表するモノづくり企業が、つぎつぎとこれほどデータを粉飾していたりルールを破っていることは、企業としての信頼を根底から失っているということです。
モノづくり企業中心の時代遅れの集まりの経団連なんて、もう解散した方がいいのではないかと思えてなりません。

萬葉版画館 宇治美術館115

萬葉版画館 宇治美術館115
宇治敏彦制作板画 萬葉集3巻271
さくらだへ たづなきわたる あゆちがた しほひにけらし たづなきわたる(高市黒人)

安倍政権は国民に「納税義務」を求める資格があるのか   宇治敏彦

 今年も間もなく確定申告の時期がやってくる。昨年末に税制改革案がまとまり、所得内訳書の形式も変わるというので、納税者は手間が増えるだろう。だが、それ以上に筆者が強く懸念しているのは「国民の納税意欲が大幅に減退するのではないか」ということである。
 なぜか? 俗に「モリカケ問題」といわれている森友、加計問題に生活者の怒りが収まらないからだ。
 「毎年、無難な報告しかしない」とマスコミの間で毎年、評判が芳しくない会計検査院の年度報告だが、昨年11月に発表された平成28年度会計検査報告では森友問題について①8億円値引きの根拠が明らかでなかった②資料が十分残っていないので検証できない―などと文科省や安倍内閣の対応に疑問を呈している点で新鮮味があった。
 すなわち大阪の森友学園が学校新設のために購入した国有地は、本来9億5000万円の価値があるところをゴミ撤去費用として8億2000万円と大幅値引きがなされ、なんと1億3600万円(当初評価額の14%)であった。
 一方、今治市における加計学院グループの岡山理科大獣医学部新設をめぐる問題では「総理の御意向」という文書や和泉洋人首相補佐官の発言も国会で追及され、「忖度」という流行語まで生まれた。この点にかんしては会計検査院報告では触れていないが、前川喜平・前文科事務次官が「文書は確実に存在する」と証言しており、加計光太郎理事長と首相が米国留学時代からの親友で、しばしばゴルフや会食を楽しんでいることは周知の事実である。「李下に冠を正さず」という政治を行わなければ、納税者たる国民も進んで国税、地方税を納めようという気持ちにはなるまい。
 森友問題の背後には安倍昭恵夫人、加計問題の背後には安倍首相自身が「忖度」を含めて深くかかわったことは大半の国民が承知している。「権力者を利用し、繋がりをもっていれば大きな便宜供与をはかってもらえるのか。それでは真面目に働くことが馬鹿らしくなる」と庶民たちが思い始めたら、「納税義務」を真面目に果たそうという気分にはならないのではないか。
 今年春の確定申告を筆者が注視しているのは、以上のような理由からである。

改憲の是非を決めるのは「政府」でも「国会」でもなく「国民」である   宇治敏彦

 安倍晋三首相が1月4日、伊勢市での年頭会見で「今年こそ憲法のあるべき姿を国民に提示して憲法改正に向けた国民的論議を一層深めていく」と述べ、改憲への意欲を見せた。政府・自民党首脳としては22日から始まる通常国会、ないしは秋の臨時国会で改憲原案をまとめ、①衆参両院の憲法審査会で過半数の賛成②衆参両院本会議でそれぞれ3分の2以上の賛成を経て、③国民投票にかける、ことを想定している。
 だが政界でも安倍首相の想定する段取りに疑問を呈する向きがある。第1に足許の自民党内でも石破茂氏のように「第9条(戦争の放棄)の2項をそのままにして自衛隊の存在を明記するという安倍首相案のような妥協案でなく、2項そのものの改定を考えるべきだ」という主張があって自民案の確定まで曲折が予測されること。
 第2に、連立政権の一翼を担っている公明党が、こと改憲問題に関しては従来になく慎重姿勢をとっていること。特に山口那津男代表は「与党間で何かを行うことは前提にしていない」と述べて、自公両党での改憲案づくりに慎重姿勢をとっている。その背景として「これまで公明党は安保法制も含めて安倍自民党に足並みを揃え過ぎてきたのではないか。だから昨年の衆院選でも公明党の議席を減らす結果になった」との冷めた声も聞こえてくる。
 第3に野党の立憲民主党や共産党は、もとより安倍改憲案には正面から反対だ。最近、立憲民主党内では「昨年の国会冒頭解散にみられるような大義なき首相の解散権乱用こそ憲法で規制すべきだ」といった改憲案も出ている。
 こうした政党事情からしても国会論議が改憲へ、改憲へと一直線で進むとは思えない。それなのに公共放送のNHKも含めてマスコミ数社が結果的に改憲ムードをあおっているかのように映るのは私だけの見方だろうか。
 最近の世論調査結果をみると、憲法9条については「改憲の必要ない」(53%)が「必要」(41%)を12%上回っている(日本世論調査会の昨年12月9、10日、全国調査)。一方、日経新聞の昨年12月15~17日調査では9条改正の安倍首相案に「賛成」46%、「反対」39%と安倍案同調派がやや上回っている。
 こうなってくると一番重要なのが、国民投票になった時の有権者の判断だ。大きな視点でいえば「戦後70数年、非武装中立の平和主義を貫いて中国、韓国をはじめ近隣国に軍事的脅威を一度も与えたことがない日本が、その誇りを死守するのか」、それとも「北朝鮮の最近の軍事的脅威の増大などに鑑みて日本も軍事大国への舵を切り、憲法を変更するか」。 
 その選択を迫られる国民が冷静で的確な判断が出来るように今から勉強しておくことが最も重要だろう。9条を守るか、変えるか。それは安倍首相が決めるわけではない。国会が決めるわけでもない。あなたがた、君たち、僕ら国民が決めることなのだ。

62年前東京都心の正月風景   宇治敏彦

「埴輪」読者の皆さん、あけましておめでとうございます。2018年(平成30年)は、内外とも波乱含みですが、「平和ファーストの日本」「戦火を交えぬ世界」であって欲しいと願います。
旧臘からの休みを利用して資料を整理していたところ、早稲田大学付属高等学院3年生だった頃の日記が出てきました。その中に62年前の1956年(昭和31年)正月の記録があったので、当時のことを思い出してみるのも一案と思い、一部を再録します。同年1月5日に「埴輪」同人の小榑雅章君と二人で長島健先生(歴史担当。後年、学院長)のご自宅を訪問しました。「葡萄酒、ウイスキー、日本酒ですっかり顔を赤くし、ズキズキと頭を針が刺すようで、帰りの冷たい空気がまことにおいしかった。駅前の『ドン』で女子プロレスのテレビを見て、その凄さに恐れ入った。東京駅まで中央線車中で小榑君と私小説について談じた。今夜は気分よろしく、心の底まで明るい思いのする日であった」と記していました。
 その2日後の日記に当時の都心の情景を記録していたので、62年前の東京都心の情景を知る一端として再録することにしました(当時の表現のままなので、不適切表現がありますが、ご容赦下さい)
「1月7日 晴れ
朝、長島先生に礼状を出してから東京へ出た。このところ毎日出かけねばならないが、さして苦痛でもない。かえって都会の空気の方が新鮮なくらいだ。有楽町で降りてから有楽座の前を通って日比谷公園の方に出た。帝国ホテルの前をゆっくり歩いていくと、外人の姿が目に付く。彼らは胸をはり、手を振って大股で歩いてゆく。それに比べると日本人はどうだ。こそこそと足早に猫背の背中をなお丸くして今にも前に倒れそうな格好で歩いていく。それ以外の日本人は、胸を張って歩いてゆく外人に、黙って手に持っている品物を出し買ってくれとせがむパントマイムのおばさんか、『シューシャイン、シューシャイン』と何回も繰り返しながら外人の後を追っかけていく靴磨きのお姉さんたちである。
 内幸町の都電の停留所を左に曲がり、国税庁の先からまた左に曲がって、国電のガードを仰ぎ見ながら、いろいろな新聞社の発送所の横を通り過ぎていく。夕刊の発送にはまだ間があるのか、暇そうな人たちが談笑している。そのガード下に一軒のパン屋があった。昼近くなので近くに働く小僧さんたちがその店先を取り囲んでいる。食パンにジャムをつけてもらったり、コッペパンにハムを挟んでもらったりして、あせた紫色の薄紙に包んだパンを大切そうに抱えながら、どこで食べるのか、嬉しそうな顔をしながら足早に立ち去って行く。
 山下橋の際に立って、さてどっちへ行ったものかと数分間、橋脇に立ち尽くしていると、オフィス勤めの男の人やユニフォームを着た女の人が昼食を食べに付近の食堂や喫茶店に入っていく。そういえば、さっきから橋のそばの大きな蕎麦屋ではウインドー越しに小僧さんが粉を手で延ばしているのが見える。
 山下橋を渡ってから右に曲がり電通ビルに沿って真っすぐ歩いていった。長い。いろいろな会社が一つの長屋に同居しているのだ。その長屋の端まで歩いていった。暑い。手袋とマスクを取ると、ひやっとした冷たい空気が体の奥深く浸み込んでいった。
 新幸橋の前に出た。橋は工事中で、そこここにこれから使うらしい鉄材や木材が空き地に並べてあった。一人の中年男はハンチングをかぶって工事をじっと見つめていた。視線を下へ下ろしていくと、右手にパイプを持ち、左手に設計図らしき図面を持っているのが目に入った。ああ、この男が現場監督だな。
 新幸橋を渡って、すぐ右手に折れると今度は右手に電通ビル、左手に国電のガードを見ながら歩いていくことになる。ここには目立った店も倉庫もなかった。半ば行くと左手にカルチャーセンターと書かれた米会話の講習所があった。私はそこへ昼食を食べに食堂にでも入っていくかのように何気なく入っていった。
ウソ!私は『何気なく』ではなかった。ああ、ここだったのか。実は有楽町の駅を降りた時からここを探していたのだった」
 すっかり忘れていたことだが、高校時代の筆者は学院で英会話の先生だったベーカーさんの江古田の御自宅に同級生と通ったほか、この有楽町の米会話学校に入校し、ギボンズ氏という25歳のアメリカ人から英会話を習っていたのだった。この日記帳によれば、私が来日した時の東京の印象を聞いたのに対して、彼はこう答えている。
 「小さな家々が並び、しかもペンキを塗ってない家。貧しい小さな国という印象だった。丸の内は大きな美しい都会だ。そして黒い服を着た兵隊さんが沢山いる。あれは何隊の兵隊なのだ? 後で知ったよ。あれは日本のスチューデントなんだと、ハッハッハ」
 彼は2年前にニューヨークからやって来たアメリカ人だった。当時、私は横浜の鶴見に住んでいて京浜東北線、中央線で飯田橋まで行き、そこから都電に乗って早稲田に通っていた。昭和31年から都電の運賃が3円値上げになった。川柳づくりが趣味だった父に倣って「三円分速くなったか首傾げ」という川柳をつくった。当時は電車の中でも喫煙が許されていた。「車中にて煙草吸いたる顔みればいずれも何処か間抜けていたり」との狂歌をつくった。まだニュース映画館が残っていた時代で、「有楽町に着いた時はまだ米会話の時間までに間があるので日劇下のニュース映画館に入ってスクリーンに見入った」(1月24日)とある。さらに電光ニュースが英文でも表示されており、2月1日の日記には「昨夜、有楽町の電光ニュースでWETHER FORECAST TOMORROW CLOUDY, AFTER RAIN OR SNOWとあったので今日も雪かもしれない」と記していた。
 1956年といえば政界は鳩山一郎内閣で、7月に出た経済白書では「もはや戦後ではない」という言葉が流行語になり、12月には日本の国連加盟が実現した。しかし、自分の日記を読み直してみて、「シューシャイン、シューシャイン(靴磨きはいかが)」と米兵たちにねだる女性たちの姿などGHQ(連合国軍総司令部)統治の残り香がまだまだ根強く残っている時代だったのだなと改めて実感した。
 日記の効用もあるものだ。この日記帳が出てこなければ、1956年当時のことなど全く忘れていたといっても過言ではない。昨年まで使っていた「10年日記」が終わったので、新たに1年物にするか、3年物にするか、5年物にするかと迷ったが、欲をだして「10年日記」を再び買ってしまった。新しい日記帳が埋まるまで自分が生きているかどうかは天のみぞ知るだ。だが1年日記や3年日記では自分が死に急いでいるような気もする。戦後最大の曲がり角を迎えている平和国家・日本の一日一日を記録していくことが一ジャーナリストの使命ではないかという気持ちで「10年日記」にした。
 

ノーベル賞作家イシグロ氏から学ぶこと   宇治 敏彦

 筆者の勉強不足からカズオ・イシグロ氏がどんな小説を書くのか知らなかった。今年度のノーベル文学賞に選ばれたのを機に2つの作品を読んでみた。「遠い山なみの光」と「浮世の画家」(ともに早川書房)である。日本の長崎に生まれ、5歳で家族と共に英国に渡り、現地の大学と大学院で文学や創作を学び、デビュー作の前記「遠い山なみの光」で王立文学協会賞を受賞した日系英国人作家である。
 2つの作品とも第2次世界大戦後の日本(特に長崎周辺)を舞台にした小説だが、私が最も感心したのは「旧体制派」と「新体制派」の日本人同士の心理的葛藤を的確に描写していることであった。
 例えば「遠い山なみの光」では重夫という青年は、緒方という年配者にこう言います。「緒方さんの時代には、日本の子供たちは恐るべきことを教わっていました。じつに危険な嘘を教えられていたんです。いちばんいけないのは、自分の目で見、疑いをもつことを教えられなかったことです。だからこそ、日本は史上最大の不幸に突入してしまったのです」
 緒方は直ちに反駁します。「われわれが負けたのは大砲や戦車が足りなかったからで、国民が臆病だったからでも、社会が浅薄だったからでもない。重夫くん、きみにはぼくらのような人間がどんなに努力したかわかっていない」
 重夫が「新体制派」、緒方が「旧体制派」だが、二人の考え方や主張は、どこまでも平行線だ。緒方はこの後、知り合いの女性が営んでいる蕎麦屋に顔を出すが、そこでも「新体制派」、つまり若者たちへのうっ憤をぶちまける。「この前の選挙のとき、その男の細君が、どの党に入れるかで亭主と意見が食いちがったんですな。とうとう殴ったらしいが、それでも譲らなかったそうです。けっきょく、夫婦で別々の党に投票したんですよ。昔だったら、そんなこと考えられないでしょう。驚くじゃありませんか」
 もう一作の「浮世の画家」でも「旧体制派」の画家と「新体制派」の弟子や孫との考え方の開きが作品の底流となっている。戦争中は日本精神を鼓舞する作風で政府の美術審議会委員も務めた著名な画家が主人公だが、敗戦後は過去の作品をどこかにしまい込んでいて、孫にも見せない。娘婿とこんなやり取りをする場面が描かれている。
 「太郎君、われわれのアメリカ追従はいささか急ぎすぎたと心配になることはないだろうか。旧来のやり方をいまこそ永久に抹殺せよという考えに、わたしだって真っ先に賛成するだろうが、ときどき、いいものまで悪いものといっしょに捨てられていると思わないかな。実際、日本は変なおとなからものを教え込まれる子供みたいになったような気がする」
 「おっしゃるとおりで、たしかにあわて過ぎることも、多少はあるようですね。でも、大きな目で見ると、アメリカに学ぶべきものが山ほどあります。例えば、ぼくらはここ数年のあいだに民主主義や、個人の権利などについてずいぶん理解を深めてきました。それどころか、ぼくはこの日本が、輝かしい未来を築くための基盤がようやく据え終わったとさえ思っているんです」
 老画家が過去を回想しながら、自ら貫いてきた信念と新しい価値観のはざまに揺れる姿を主題にした小説とされるが、「旧体制派」と「新体制派」との葛藤ぶりが戦後間もない日本人像を見事に描き出していると思った。イシグロ氏は12月7日にスウェーデン・アカデミーで行った記念講演で「忘れることと覚えていることのはざまで葛藤する個人を小説に書いてきた。国家や共同体が同じ問いに直面したら、どうなるかということを、物語として書きたかった」と述べている。
 「国策」「戦争遂行」という時代に「生きる」ことと「死ぬ」こととの境界線は、どこにあったのだろうか? 
  小林多喜二(作家)、三木清(哲学者)のように自己の信念を貫いて死んでいった人々は立派であった。と同時に「生きる」ことを最優先とするならば、「転向」しても誰も非難は出来ないのではないのか。イシグロ氏の小説は、そんなことも考えさせた。
 ノーベル文学賞候補の日本人といえば村上春樹氏が即座に浮かぶが、私個人の印象としてはエンターテイメントとしてのストーリー性では村上氏の方が上かもしれないが、国家と個人、戦争と平和といった視点からイシグロ氏を今年のノーベル賞に選んだ関係者に敬意を表したい。「分断が危険なまでに深まる時代に、良い作品を書き、読むことで壁は打ち壊される」というイシグロ氏の言葉も心に響く。いま世界各国がナショナリズムに走る中で、「旧体制派」と「新体制派」に代わる新たな葛藤が始まっている。イシグロ氏が「遠い山なみの光」「浮世の画家」で描いた当時の「旧体制派」は、年齢的にもこの世から既にほとんどが姿を消して、戦争放棄をうたった日本国憲法の下で育った私たち「新体制派」も既にリタイアの年齢になっている。代わって安倍政権や自民党支持の「新保守体制派」が台頭している。それに対して従来の「新体制派」は危惧を強めている。その代表だった作家・大江健三郎氏(1994年ノーベル文学賞)の声が健康上の理由からか最近は全く聞こえなくなって残念だが、私たち年老いた「新体制派」世代は、日本や世界の平和のためにも「戦争反対」の声と行動を盛り上げなければならない。年末に当たって、その思いを強くしている。

安倍政権は「疑似社会主義」を目指しているのか?   宇治 敏彦

 最近、違和感を覚える表現がある。新聞やテレビで何回も報道されているからご存知と思うが、一つは12月8日に閣議決定された「新しい経済政策パッケージ」の柱になっている「人づくり革命」と「生産性革命」という表現だ。
 「生産性革命と人づくり革命により、経済成長の果実を活かし、社会保障の充実を行い、安心できる社会基盤を築く」
 この閣議決定文書を読んで「あれっ、安倍自民党は何時から共産党みたいになったんだ」と思った。「大きな改革」をしたいという気持ちがはやり過ぎて「革命」という表現になったのだろうが、革命(revolution)といえば、一般には「従来の被支配階級が支配階級から国家権力を奪い、社会組織を急激に変革すること」(広辞苑)を指す。
 12月6日の自民党政務調査会で決めた「新しい経済政策パッケージ」を受けて政府が閣議で了承したものだから、安倍内閣だけでなく自民党が「革命」を目指すと見ていいだろう。人生100年時代を迎えて「人づくり革命」では、3歳から5歳までのすべての子どもたちの幼稚園、保育所、認定こども園の費用を無償とするほか、待機児童を解消するため「子育て安心プラン」を前倒しし、2020年度末までに32万人の保育の受け皿整備を行う」ほか大学授業料の減免や保育士、介護職員の待遇改善などをうたっている。なるほど、これらは旧来の社会主義政党が掲げてもおかしくない政策である。
 一方、「生産性革命」は2020年までの3年間を「生産性革命・集中投資機関」として国内設備投資額を対前年度比10%増加させるほか、来年度以降3%以上の賃上げを目指すとうたっている。安倍首相もこれらの施策が盛り込まれた閣議決定事項を受けて、経済界との会合など随所で「春闘では3%以上の賃上げを」と訴えている。
 ここで筆者のもう一つの疑問だ。現役記者時代に労働問題も担当した経験からすれば、毎年の春闘は労働界と経営陣との交渉によって賃上げ額が決まっていくものであり、政府はノータッチというのが不文律になっていた。
 すなわち民間企業の労使関係には政府は介入すべきでない、というのが基本原則で、もし労使関係で問題があれば中労委、公労委、さらには裁判所といった第三者機関で調整するルールになっていた。だから政府は毎年の春闘にも原則としてノータッチを貫いていた。
 そこへ安倍首相が「来春闘では3パーセント以上の賃上げを」と乗り込んできたのだから従来の労使慣行に反する「官製春闘」である。まさに社会主義国ないし独裁国家のようなやり方だ。
 「革命」という言葉といい、民間春闘への政府介入といい、社会主義国的風潮がみられる昨今の「安倍政治」に対して「それで良いのか」という声が野党、労使、マスコミなどから出て来ないのは不思議なことではないか。

出会った人々24  佐渡に溶け込んでいたチャールズ・ジェンキンスさん   宇治敏彦

 2年前まで日本新聞協会の国際委員長という役目を10年間勤めた。新聞協会には編集委員会、販売委員会、広告委員会といった、さまざまな委員会があるが、国際委員会は協会が戦後発足後、最初につくった委員会で、初代委員長は笠信太郎氏(朝日新聞論説主幹)が務めていた。第2次大戦中は「戦争賛美」に明け暮れた新聞界への反省からマスコミも諸外国の情勢やマスコミ事情に学ぼうという意図でつくられた委員会だった。だが筆者が2003年に同委員会に所属し、2005年に委員長になった頃は「日本のマスコミが外国に学ぶことはなくなったのではないか」(渡邊恒雄氏)といった声も聞こえてきて、国際委員会も岐路に立っていた。
 そこで当時の鳥居元吉・協会事務局長らと相談して2つの新しい企画を立てた。一つは「日中韓3か国のジャーナリストで2年に1回、テーマを決めて意見交換会をやろう」というもので、2008年5月に第1回がソウルで開催され、今も3か国持ち回りで2年おきに開催されている。もう一つが「古くから国際交流が盛んな国内都市を訪ねて日本の国際化の原点を探ってみよう」という企画で、2006年の京都を皮切りに函館、佐渡、横浜で実施した。
 2008年9月、佐渡でジェンキンス氏と行き合った。当時、彼は曽我ひとみさんと暮らしながら佐渡市真野にある観光施設「佐渡歴史伝説館」の売店で土産物の販売を担当していた。佐渡島銘菓「太鼓番」などの傍らに彼の北朝鮮への脱走の経緯や北朝鮮での生活を綴った「告白」という彼のサイン入りの本が売られていた。筆者をはじめ10人近い国際員会のメンバーは、この本や佐渡名物を求めながらジェンキンスさんと記念写真を撮り、しばし懇談した。「2年前の2006年から週6日、ここで働いている」と話した。周囲の話によると「開店の30分前には来て商品の点検などをしている」とのことで、生来の真面目人間ではないかと思われた。
 彼が韓国から北朝鮮に脱走したのは1965年で、脱走の動機については「国境警備の仕事が危険になってきた」「戦争中のベトナムに派遣される可能性があった」などと著書に記している。1980年に英会話を教えていた曽我さんと結婚、2人の女の子をもうけた。2002年には曽我さんが帰国。2年後にインドネシア経由で日本行きを許されたジェンキンスさんは、出迎えた曽我さんらとともに来日し曽我さんの出身地、佐渡市で暮し始めた。在日米軍の軍法会議で脱走罪により禁固刑となったが、25日間の服役で許された。
 ジェンキンスさんに会った2008年には、拉致日本人やジェンキンスさんの解放に同意した金正日主席の重病説も取り沙汰されていた。国際委員たちからは、そうしたことへの質問も飛び出したが、彼はノーコメントを通した。会見を終えて観光施設を出ると、会館の近くに一台の軽自動車が止めてあった。「これは曽我ひとみさんの車ですよ」と会館の人が教えてくれた。しかし「曽我さんは来ていません」という。普段はオートバイを愛用しているというジェンキンスさんだが、この日は妻の車を借りてきたのかもしれない。
 去る11日、致死性不整脈のため自宅周辺で倒れ、77歳で死去したジェンキンスさん。家族がいない時の突然死だったようで、曽我さんも「いま何も考えられない」とコメントした。米国ノースカロライナ出身のジェンキンス氏は米軍に入隊した時、腕にUS Armyと入れ墨した。北朝鮮に滞在していた時、この入れ墨を麻酔なしで削り取られたという。その痛みに耐えていて自分の歯で下唇を切ったという。これが彼にとっては北朝鮮での最大の虐待だったようだ。この度の突然死にもこの時の後遺症が間接的に影響しているのではないかとの見方もある。
 いまも北朝鮮は、さまざまな人権侵害を続けている。北朝鮮から中国経由で韓国への亡命を4回試み3回は北朝鮮に強制送還された女性、ジ・ヒョンアさん(38歳)がさる11日、国連の会合で北朝鮮での虐待について次のよう語っている。
 「施設では生のイナゴや廃棄されたキャベツ、カエル、ネズミなどを食べさせられ、多くの人が体調を崩してなくなった」「妊娠3か月で中絶を強いられた」「中国は脱北者が北朝鮮でどう扱われるかを知りながら強制送還を続けている」「自由への逃走は、2500万人の北朝鮮国民の夢だ」
 ジェンキンス氏の死によって日本は有力な「歴史の証言者」を一人失った。  
 
 

萬葉版画館 宇治美術館114

万葉集4-514
宇治敏彦制作板画 萬葉集4巻514
わがせこが けせるころもの はりめおちず いりにけらしも あがこころさへ(阿部女郎)

企業の不祥事と相撲界と    小榑雅章

大相撲九州場所が終わった。
これから、横綱日馬富士と、被害者の平幕貴ノ岩との問題が、明るみに出てくることだろう。
この間、師匠の貴乃花親方は、相撲協会の聴取を一切拒否して、鳥取県警の判断に委ねると明言している。
これに対し、協会やスポーツ新聞の論調は、相撲協会の一員であるにもかかわらず、協会に協力しないとは何ごとか、という意見が多くみられる。
貴乃花親方は変人だ、かたくなだ、理事選挙の意趣返しだなどと、個人の性向批判に持っていこうという意見もある。
相撲は国技だ、相撲界は別格だという。強くなるためには暴力もしごきも許される、という風潮も、以前ほどではないが、まだ語られているのに驚いた。
日馬富士は横綱だから穏便な処置をしてもらって、また土俵に上がれるようにしたい、というのが大方の見方だろう。
これが見え透いているから、貴乃花は、協会に届けず、まず警察に届け出たのだろう。そして、協会に届けたら、みんなで寄ってたかってうやむやにしてしまうだろう。そういう体質を熟知しているからこそ、貴ノ岩を協会に預けることを拒否しているのだ。
それが正しい。
相撲界は国技だが、法の適用は日本国民、あるいは日本国内で起こったことについては、法の裁きを平等に受けなければならない。1国2制度というのはあり得ないのである。
こんなことが許されるとしたら、野球界はどうだ、サッカーはどうだ、柔道はどうだということになる。
ダメなのだ。
社会心理学で、内集団バイアス、とか内集団びいき、という概念がある。自分の属する集団を、どうしても優位に見てしまう、外集団の欠点は過大に評価し、自分たちには甘くする傾向があることを言う。大相撲の世界は特別だ。厳しいけいこに耐えて国技を支えている。それに比べて、世間は生ぬるい。世間のレベルでみてもらっては困る・・・
それだけではない。実は、日本という国は、非常に集団内空気の呪縛の強い風土である。
お国のため、会社のため、チームのため、という一見大義のような名目のもとに、実に理不尽なことがまかり通ってしまう。
いま、盛んに問題になっている企業の不祥事など、その典型だ。神戸製鋼のデータ偽装問題も、三菱マテリアルも、日産自動車も、社内では、不利なデータを隠すことが正義なのだ。会社のためになることだ、と正義の顔をしてまかり通ってきたのだ。
東芝も三菱自動車も、電通の残業も、みなすべて違法を承知で、社内の空気が正義に仕立て上げてきた。
残念ながら、我が国は、自己集団の利益、団結が社会の正義、法の規範を上回りかねない体質がある。
相撲協会は、国技の看板を振りかざして、閉鎖社会をいいことに、真実を隠蔽しうやむやにする体質が強いのを、貴乃花親方は打破したいのだろう。
それが正しい。
苦しいだろうが、それが正しい。
世論は、貴乃花を応援すべきなのだ。

萬葉版画館 宇治美術館113

万葉集10-2208
宇治敏彦制作板画 萬葉集10巻2208
かりがねの さむくなきしゆ みずくきの をかのくずはは いろづきにけり(作者未詳)

「僕たちはこう生きる」の提言とは   宇治敏彦

 先に吉野源三郎著「君たちはどう生きるか」についての原稿を「埴輪」に書いたら、それを読んだ人から「文中に『それを受けて『僕たちはこう生きる』という社説を書いた、とありました。どう生きると書いたのですか」と質問を受けた。
 その答えが、この原稿だ。私自身も社説にどう書いたのか、その細部まで覚えていなかったので、昔のスクラップブックの山から懸命に当該の社説の切り抜きを一日がかりで探し出した。ようやく見つかった社説は1995年(平成7年)8月16日付の「東京新聞」「中日新聞」朝刊5面に掲載された「戦後50年」関連の一本もの社説で、タイトルは「僕たちはこう生きる」。(前掲)
 「いま戦後半世紀を経て、世界の目は、日本人に『君たちはどう生きるか』とあらためて問いかけている」と書いた後、中日新聞社がこの年に招いたドイツのワイツゼッカー前大統領の名古屋における講演内容を引用した。
 「良い政治をしようとするならば、過去の過ちを認識することが非常に大切になってくる」「若い人たちが過去に責任を持っていないことは明白である」
 当時は自民、社会、さきがけ3党の連立政権だったが、村山富市首相(社会党)は8月15日の敗戦記念日に「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えてきました」と、日本の侵略行為について明確に謝罪した。連立を組んでいた自民党がよくこの内容を了承したと思うが、当時の河野洋平自民党総裁をはじめ自民党も懐が深かったのであろう。現在の「安倍自民」では、とても呑めない首相談話だ。もっとも当時の村山社会党も「自衛隊合憲」「安保継続」など基本政策の大転換を余儀なくされていた。
 そこで筆者が書いた「僕たちはこう生きる」の社説では次の3つのことを提言した。
1、 日本の進路、活路はあくまでも「平和の追求」にある。東西冷戦が終わり、本来なら「平和の配当」があるはずだったが、湾岸戦争をはじめとして、さまざまな戦争・紛争が発生した。米ソ両超大国の「力による重し」によって封じられていたパンドラの箱が開いて、混迷が続いているのが今の世界である。だが幸いなことに、多くの国が「力による支配」に戻ろうとは志向していない。むしろ、どうやったら「力以外のルール」を確立できるかに苦渋している。そこに「侵略行為」という戦前の苦い経験と「平和」という戦後半世紀の貴重な経験を兼ね備えた日本の役割がある。
2、 島国根性の日本人、まあまあ主義の日本人、自己判断を避けて「寄らば大樹」の日本人…。そうした伝統的な民族性が、気がついたら、いつの間にか無謀な戦争に突入していたことになったのではないか。他人の判断でなく自分で決定し責任も自分で負う自己責任原則の確立といった‟日本人改造論“も求められている。
3、 平和や民主主義を破壊しようとする動きに対してブレーキをかける健全な市民社会の仕組みがどうしても必要だ。マスメディアの役割も、そこになければならない。

 僕たちは「こう生きる」より「こう生きよう」という呼びかけの意味もあったが、以上の3点は22年後の今日でも基本的には変わらない。もし現在の世界情勢を見て付け加えることがあるとすれば、次の2点であろう。
1、「アメリカン・ファースト」「愛国主義」がはびこる時代にあって「ナショナリズムよりヒューマニズムが世界的に重要な要素になっている」のではないか。他人を敵視するのではなく友達にる。人間だけが持ちうるその特性をもっと大事にしよう。
2、原発事故に放射能漏れ被害、工場立地に伴う大気汚染、地球温暖化による氷山の消滅など「きれいな空気」「美しい自然」が失われていく中で、もう一度、素晴らしい自然を復元するための「クリーン作戦」を積極的推進していこう。
 

僕たちはこう生きる  1995年8月16日 中日新聞東京新聞社説      宇治敏彦

---あの太平洋戦争が終わってから五十一年目に入った日本。「平和の」五十年間」を踏まえ,これから私たちは,どんな指針を持って生きていけばよいだろうか。---

 「君たちはどう生きるか」–––––昭和期のジャーナリスト,故吉野源三郎氏は,作家・山本有三氏の知遇を得て明治大学教授となり,一九三七年(昭和十二年)に「日本少国民文庫」シリーズの一冊として,こういうタイトルの本を書いた。父親を早くなくしたコペル君というニックネームの少年が,叔父さんから東西の歴史を学びながら成長していく様子を,叔父さんとの交換ノートという形で描いた作品である。
 
社会党らしさでた首相談話

自らも加わった上級生への反抗の仕返しで,いじめられる友を救えなかったことへの自責の念で寝込んでしまうコペル君。神社の階段で荷物を持ったお年寄りに手を貸してあげようと思いながら,ついに勇気が出なかったことを話して慰める母。少年期の微妙な心理が浮き彫りにされた名作だ。
日中戦争が始まった年に書かれた作品にしては「愛国少年」「軍国少年」の色彩が薄かったせいか,戦後も「次郎物語」(下村湖人)などと並んで青少年に広く読み継がれてきた。
いま戦後半世紀を経て,世界の目は,日本人に「君たちはどう生きるのか」とあらためて問いかけている。
ワイツゼッカー前ドイツ大統領は十四日の名古屋における本社主催のシンポジウムで「よい政治をしようとするならば,過去の過ちを認識することが非常に大切になってくる」と述べると同時に,「若い人たちが過去に責任を持っていないことは明白である」とも強調した。ワイツゼッカー氏と同様に,アジアや欧米の多くの人々は,日本人,特に若い世代の日本人が,戦前の日本のような拡張主義を再び取ることがないのかどうかに関心を払っているに違いない。
村山首相は一五日に発表した談話で「わが国は,遠くない過去の一時期,国策を誤り,戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ,植民地支配と侵略によって,多くの国々,とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えてきました」と,過去の日本の侵略行為について明確に謝罪した。
二年前の八月十日,細川首相(当時)は就任会見で,「私は先の大戦を侵略戦争,間違った戦争だと認識しています」と発言し,それまでの自民一党支配化の歴代首相が避けて通っていた歴史認識に踏み込んだ。
今回の村山談話は,細川会見以上に,はっきりと戦争責任に言及している。
一五日の在京各紙朝刊には「女性のためのアジア平和国民基金」拠金を呼びかける意見広告が掲載された。そこにも村山首相はあいさつを寄せ,いわゆる従軍慰安婦問題について「旧日本軍が関与して多くの女性の名誉と尊厳を深く傷つけたもので,とうてい許されるものではありません。私は,従軍慰安婦として心身にわたり癒(いや)しがたい傷を負われたすべての方々に対して,深くおわびを申し上げたい」と陳謝している。
首相就任後,「自衛隊合憲」「安保継続」などの党の基本政策の大転換を余儀なくされた村山氏としては,“最後の砦(とりで)”とも言える「反戦・平和」の点で,ようやく社会党らしさを出せたとの思いかもしれない。

日本の進路に『三つの提言』

問題は,これからだ。今日から戦後五十一年目に入ったからといって,「さあ,負の清算は終わった」と割り切るわけにはいかない。過去の反省の上に,どういう新しい道を開くかである。「僕たちはこう生きたい」と三つのことを提言したい。
第一に,日本の進路,活路はあくまでも「平和の追求」にある。東西冷戦が終わり,本来なら「平和の配当」があるはずだったのが,湾岸戦争をはじめとして,さまざまな戦争・紛争が発生した。米ソ両超大国の「力による重し」によって封じられていたパンドラの箱が開いて,混迷が続いているのが今の世界である
だが幸いなことに地球上の多くの国は,再び「力による支配」に戻ろうとは志向していない。むしろ,どうやったら「力以外のレール」を確立できるかに苦渋している。そこに「侵略行為」という戦前の苦い経験と「平和」という戦後半世紀の貴重な経験を兼ね備えた日本の役割がある。戦後五十一年以降の平和国家指針と世界への貢献策を村山内閣は,国民に示すべきだろう。
第二は,“日本人改造論”である。島国根性の日本人,まあまあ主義の日本人,自己判断を避けて「寄らば大樹」の日本人・・・・。そうした伝統的民族性が,気がついたら,いつの間にか無謀な戦争に突入していたことにもなったのではないか。
団結,協調性といった日本人の特性も決して悪くない。だが同時に,ここはどうしても反対しておかなければ,といった重要な場面では「朝までテレビ」ではないが,徹底討論する気風や,優秀な人材は年功序列ではなくて抜てきする風土,他人の判断でなく自分で決定し責任も自分で負う自己責任原則の確立といった”日本人改造“も求められている。
 
暴走抑制にマスコミの役割

そして第三は,国家体制の暴走を抑制するシステムの構築である。天皇主権の名の下に軍部独裁を許したのが戦争突入の最大の原因であった。
平和や民主主義を破壊しようとする動きに対してブレーキが作動する健全な市民社会の仕組みがどうしても必要だ。私たちマスメディアの役割も,そこになければならない。

「君たちはどう生きるか」ブームに思う   宇治敏彦

 吉野源三郎著「君たちはどう生きるか」(岩波文庫)が最近また話題になっている。同著の漫画本も刊行され、ジュンク堂書店などの店頭では一緒に並べられている。初版は日中戦争が始まった1937年に新潮社から「日本少国民文庫」シリーズの1冊として出版されたもので、私が同著を初めて購読したのは戦後の1962年に刊行された同文庫シリーズの改定版だった。コペル君という「悩める少年」を主人公にした物語だが、叔父さんが地動説を唱えたコペルニクスにちなんでつけたニックネーム。今年はコペルニクスが地動説を最初に発表した年から数えて510年目にあたる。
 15歳のコペル君は学業優秀だが、体操は苦手。しかし点取り虫というわけではなく、野球が好きでポジジョンは二塁手。友達思いで、人気者でもあるが、親友が上級生からいじめられている時に助けられず悩みに悩む。とうとう高熱を出して寝込んでしまうが、叔父さんに示唆されて親友にお詫びの手紙を出した。コペル君のお母さんも、女学校に通っていた頃、湯島天神の階段で数歩先をよたよたしながら上がっていく老婆の荷物を持ってあげようと何度も思いながらも行動に出られなくて、いまだに後悔している話をコペル君にさりげなくした。親友たちがコペル君の見舞いに訪れ、友情は復活した。
 筆者は、大学4年生の時に雑誌「世界」の編集長を経て岩波書店の取締役をやっている吉野氏に会いたいと思っていた。また同書店の創業者・岩波茂雄氏の伝記を読んで、同社で働きたいとも思った。当時、週休二日制で男女同一賃金という先進的な会社は、岩波以外にほとんどなかったと思う。ただし創業者の意向で、編集を希望して入社しても編集にはストレートに行けず、まずは営業などやらされるという。さらに書籍業界に詳しい人によると「岩波は東大、一ツ橋卒業者しか採用しない」という。それならと伝手を頼って創業者とも親しかった学習院長の安倍能成氏を紹介してもらった。そのお蔭で入社試験は受けさせてもらえることになり、ペーパーテストを通過して役員面接までこぎつけた。ところが、ここからがいけなかった。面接室に入ると、正面に岩波雄二郎社長(茂雄氏の次男)、その隣に吉野源三郎氏が座っているのが目に入った瞬間、心身ともガチガチになり、何を喋ったか思い出せないほど緊張してしまった。東大、一ツ橋といった学閥は別にして「これではあかん」と自分で思った。下落合3丁目にお住まいの安倍能成さん宅にも受験の労をとってくださったお礼に伺ったが、先生は不在だった。後日、直筆のお葉書をいただいた。「岩波書店は今年はごくわずかにしか採らぬとのことでした。東京新聞社へお入りの由、御精進と御健康を祈ります」
 後年、小生が東京新聞で論説主幹になった時、一本もので「僕たちはこう生きる」と題する社説を書いたことがある。吉野氏の「君たちはどう生きるか」を引用しつつ、現代の日本人はどう生きるべきかを考察した一文だ。政治学者の故丸山真男氏は吉野氏が亡くなった時の追悼文に「『君たちはどう生きるか』はまさにその題名が直接示すように、第一義的に人間の生き方を問うた、つまり人生読本です」(雑誌「世界」1981年月号)と書いた。
 第77刷の岩波文庫「君たちはどう生きるか」を求めて、改めて同著を読み直してみた。喜寿にしてコペル君と共に、まだまだ人生には学ぶべきことが多いと思った。

「幸せ」の実感に欠けるバブル経済    宇治 敏彦

「1980年代後半のバブル経済の再来ではないか」と最近、随所で指摘されている。日経平均株価はバブル崩壊後の高値(2万2666円)を更新し、四半世紀ぶりの高値水準にある。地価も人口減少に反比例して上昇傾向を続けており、いつも一等地の例に挙げられる東京・銀座の商業地の地価は、あのバブル期を上回った。首都圏のマンション価格も平均で26年ぶりの高値だという。
 企業の人手不足感は一段と強まり、有効求人倍率はバブル経済下の水準を超えた。失業者数も197万人(今年4月時点)と前年同月比で28万人減少した。一方、訪日外国人の増加で旅行収支の黒字が過去最高となり、海外とのモノやサービスなどの取引状況を表す経常収支は11兆5339億円の黒字を記録した(財務省の4~9月調査)
 バブルはなぜ起こるのか。小林慶一郎慶大教授は①新しい技術や革新的サービスが生まれること②世の中にお金が余っていること―の2点を挙げている(11月日、読売新聞朝刊)。特に同教授は「日本銀行が金融緩和を続けたが、製造業は株式や社債などの直接金融で資金調達できるようになったので、金融機関は貸出先に困った。そこで目を付けたのが不動産などのサービス業だ。融資の際に土地を担保に取るケースが多く、地価の上昇がさらに銀行の融資を膨らませ、バブルを加速させた」と分析している。
 バブルの元凶は日本銀行。特に黒田日銀総裁が長く唱え続けてきた「物価目標2%」にあるというところだろうか。
 しかし、一般庶民の立場からして「バブルの実感」というか、「賃金・ボーナスが上がった」「暮しに余裕が出来た」「レジャーも旅行も楽しめるようになった」「貯金も増えた」といった上方志向の生活を実感できるようになっただろうか?
 大半の人が「ノー」と答えるに違いない。もし「イエス」なら消費がもっと増えるはずだし、2%の物価目標も達成されているはずだ。現実には「財布のひもをきつくしている」「少しでも余裕ができたら医療費や老後のために貯蓄しておく」というのが現実ではないだろうか。
 こうした現実に、たまりかねた安倍晋三首相は経団連幹部などに「3%の賃上げ」要請をしている。これまた筋違いである。首相が今やるべきことは「日銀総裁の更迭」「労働者の実質所得が上がるような環境づくり」「所得の低い人々をサポートする諸政策(教育費、医療費など)の推進」などであるべきだ。民間企業の賃金やボーナスは本来的に労使間の協議によって決められるべきもので、社会主義国のような政府主導の賃金政策は市場経済で動いている日本には、なじまない。
 政府が一般国民の実質的な所得の増加につながる経済政策や所得の低い人々への処方箋を断行しないかぎり、バブル経済は企業の内部留保を増やすだけで終わってしまうだろう。
 

萬葉版画館 宇治美術館112

万葉集10-2202
宇治敏彦制作板画 萬葉集10巻2202
もみぢする ときになるらし つきひとの かつらのえだの いろづく みれば(作者未詳)

「労働生産性向上」の考え方が根本的に違う日本と欧米   宇治敏彦

 日本の「労働生産性」の低さが内外で話題になって久しいが、これをどう改善するかをめぐって日本的考え方と欧米的考え方では大きな開きがあることが分かってきた。
 その違いについて述べる前に、数値的に日本の労働生産性を他国と比較してみよう。経済協力開発機構(OECD)の2016年の統計によると、日本人の年間平均労働時間は1713時間だが、ドイツでは1363時間で、日本人の方が350時間も長い。1日8時間労働として日本人はドイツ人より約ひと月半(44日間)も多く働いているわけだ。
 その一方、一人当たりの国内総生産(GDP)を「就業率×年間平均労働時間×労働生産性」で比較すると、日本人がドイツよりかなり低水準であることが分かる。ドイツ並みの労働生産性で働いていれば日本では今より35%もGDPが増えるという試算も出ている。
 ミュンヘン大学教授で、ドイツ日本研究所長のフランツ・ヴァルデンベルガー氏は経済同友会のセミナー(今年9月12日)で、次のように述べている。
 「日本の労働生産性が低いのは、生産要素の質や量ではなく、要素配分や使い方の非効率性にある。その構造的要因は日本独特のキャリア形成である。日本の企業経営は内部昇進を前提にしている。内部昇進そのものは他国でも一般的だが、日本のように社内ではなく、外部の労働市場が提供するオプション(他社への転職や企業の外部採用のチャンス)の枠内で決定する傾向が強い。また日本では管理職が転職によってキャリアアップすることは困難である」
 「この状況を生産要素配分のレベルごとに分析すれば、企業レベルでは、社内昇進キャリアも退職という選択肢がない結果、衝突しながら前に進む建設的なコンフリクト文化が育たず、リスク回避行動が増大する。産業レベルでは、社内昇進が技能者や管理職の企業間移動を阻み、適材適所が機能しない。また低い賃金を容認し、M&Aや買収後の企業統合を困難にする」(「経済同友」2017年10月号)
 こうした指摘は、50年以上も企業務めをしている筆者には、よく分かる。経済同友会の6月に発表した「サービス産業生産性革命」の中で「ピンチ(人手不足)をチャンス(変革)に」として①労働時間短縮を実現するためには業界大手が勇気をもって、これまで『当たり前』と思われてきたビジネスモデルを変えていかなければならない②特に生産性向上は不可欠であり、個々人が意識を変化させたときこそ、本当に生産性が向上するのではないだろうか③労使間で「生産性を上げれば賃金は上がる」を共通認識にして労働者の動機づけにつなげ、女性やシニアの労働参画を促進させる環境を整備し、副業やリモートワークなどの推進により人材の流動性を高める―などと提言している。
 日本の経営者やサラリーマンなら「うん、うん」と頷く提言だ。
 だがヴァルデンベルガー氏の生産性向上策は、全然違う。「経済全体にかかわるさまざまな調整や改革が必要になる。中途採用と内部昇進の両方に、平等なキャリアチャンスを与えなければならない。また、新卒一括採用をやめるとともに、生涯雇用ではなく特定の職務のための雇用を行う必要がある。そして、キャリアを会社の物ではなく、従業員らの物にするキャリアオーナーシップを確立しなければならない」
 これは日本の政治家や企業経営者が考える「生産性向上策」とは、相当に距離がある。天地の差というぐらい開きがある。
もはや日本経済の「3種の神器」といわれた「終身雇用」「定期昇給」「企業別労働組合」というシステムは崩壊しているとはいえ、安倍晋三首相が民間企業経営者に「7%の賃上げ」要請をするなど、本来的には独立が尊重されるべき民間企業の労使関係も崩されようとしている。
 ヴァルデンベルガー氏は、日本が企業生産性をドイツ並みに引き上げるには「建設的なコンフリクト文化」を育てることが不可欠だと言っている。だが政府も民間企業も「新卒一括採用の中止」をはじめ「(正規社員、非正規社員を問わない)平等のキャリアチャンス」や「生涯雇用の中止」などを果たして決断できるだろうか。
 同氏は「改革に道筋をつけるには、外資企業が日本企業を買収して自社の人事システムを導入することや、グローバルな人事システムの導入を検討する日系多国籍企業の実験と実証」が必要としている。
 しかし極端な言い方をすれば「社員をみんな正規にするか、みんな非正規にして、実力本位の集合体」にすることは日本の企業文化には、なじまないだろう。それが実現する時が来るとしたら、それは日本が日本でなくなる時かもしれない。

 

憲法9条変えるなら25条も改正しますか?   小榑雅章

選挙です。
憲法9条を改正するかしないかが、問われています。
どうしても言わなければならないのは、あの憲法9条を獲得するために、300万人もの国民のいのちを失ったのです。
軍人だけではありません。民間人もたくさん死にました。
中国は1000万人以上、フィリピンは100万人、そのほかもっとたくさんの
人々の犠牲の上に、もう戦争は嫌だ、絶対に戦争はしないという誓いました、それが第9条です。
自衛隊を明記しないと自衛隊員がかわいそうだなどというようなことで、簡単に変えられるような9条ではありません。戦争で亡くなった方たちに顔向けができません。
自衛隊は違憲だから、憲法を直すんだというのなら、これも変えましょうか。
憲法第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
というこの条文も変えますか。あなたは自分が「健康で文化的な最低限度の生活を営」んでいると思いますか。
日本の相対的貧困率の割合は16.1%と、実に6人に1人が相対的貧困にあえいでいる状況です。健康で文化的な最低限度の生活とは言えません。
大阪市が幼児や小中学生の保護者を対象にした貧困実態調査では、1.3%の保護者が経済的な理由で医療機関を受診させられなかったという報告もあります。
病気なのに、親が貧しいためにお医者さんにかかれないのですよ。
こういう現状は憲法にあわないから、この25条をやめにしようと、あなたは思いますか。この25条があるから、この貧困を少しでもなくさなければと思うのではないのですか。
憲法は志高く、その目標に進め、断固進めという叱咤の条文です。
現状に合わせるとしたら貧乏は仕方がない、病院にかかれないのも自己責任、ということになりますよ。
ついでにもう一つ。
第27条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
国民は働く権利があります。でも職がない場合どうするのですか。
逆に、働かない人もいっぱいいます。そんなの自由だ、ほっといてくれ、俺は金があるんだ、という人に、ダメだ勤労は義務だ、働かない奴は憲法違反だ。
憲法はそう書いてある。憲法違反だから、憲法を変えて、国民は遊んで暮らしましょう、と改正しますか。

難しい「投票基準」 結局は「自分を信じる」以外にない?   宇治敏彦

 総選挙の投票日が迫って来た(既に不在投票を済ませた方もいるでしょうが)。「貴方の投票基準は何ですか?」と質問を受けると、正直なところウーンと呻ってしまう。「政党(支持政党)」「候補者(人柄と公約)」「政策(憲法、経済、原発など)」「理想と現実(公約と実際政治の落差)」「候補者や知人からの依頼」など様々な要素が入り混じって、高い買い物をするときのように「一票」の行使先に迷う。
 著名な歴史学者は「次善の一票を」と新聞に書いていた。また「埴輪」の愛読者で、よく感想を送ってくださるMKさんは「結局は政党で選ぶより公約をどれだけ実現できるか見極め人で選ぶことにしよう」とのご意見を寄せている。
 ネット上に「Y!みんなの政治(早大マニフェスト研究所監修、選挙ドットコム企画協力)」と題する興味深い自己診断占いが出ている。「憲法」「外交・安保」「経済・財政」「原発」「政局・その他」の設問に対する自分の選択を打ち込むと、どの政党との相性がよいかを即座に診断してくれるというものだ。ちなみに小生がやってみると、「社民」「共産」「立憲民主」への近似率が高く、「自民」「希望」「公明」とは距離感があることが具体的数値(パーセント)で現れた。
 政策面での選択を再確認する意味では、参考になる自己診断表といえよう。
 だが選挙は政策だけの選択を求めているわけではない。政策をどう国政に反映していくか。その総合力を問う機会でもある。それだけに、私は迷っている。「私の理想からいえばA候補が良いが、当選はおぼつかない。とすれば死票になるA候補より次善のB候補に投票することが現実的な行為なのか?」「しかし、そのB候補の所属政党も第一党ないしは与党(連立政権で)になる可能性は低い」「では第3の選択として事前の世論調査で当選圏とみられるC候補に投ずるか? しかし、それは自分の政治思想を裏切ることになるから止めておこう」
 そうこうするうちに投票日が来る。「棄権」という選択肢もあるが、それだけは避けたい。日本国の国民としての権利と義務は果たしていきたい。
 そうした一票一票が積み重なって全体の選挙結果となり、多数党が政権を握る。その全体結果が果たして日本の選択としてベストであるのかどうか。戦後の国政選挙を振り返って「国民は何を選んでいるのか」と疑問に思うこと多々ある。(ネット上のメールマガジン「オルタ」に、そのテーマで過去の国政選挙に関する分析を連載していますので、ご覧くだされば幸いです)
 特に今回の衆院選は、改憲問題が主テーマの一つとなっている。「戦後の平和主義」が問われていると言っても過言ではない。各紙の選挙世論調査では、米国に対する北朝鮮の過剰な威嚇行動が安倍自民党を利している傾向が出ている。政府がネット上にも流している北朝鮮のミサイル通過に関する「国民保護情報」なども国民を神経過敏にしているのではないか。日本国民は、冷静に対応し、戦後70年以上にわたり堅持してきた「不戦主義」「平和主義」の重要性を改めて考えて一票を投じて欲しい。私自身の投票行動も、その点に関しては1ミリのブレもない。その限りでは「次善の一票」は念頭にない。結局は自らを信じて投票する以外にない。

保・保対決の混戦衆院選挙 メイ首相を真似て解散した安倍首相だが・・・ 宇治 敏彦  

 いよいよ衆院選挙が始まった。安倍晋三首相は、野党側の選挙準備が整わないうちに、と臨時国会での冒頭解散に踏み切った。だが、いささか計算違いをしていたのではないだろうか。都民ファーストでの東京都議選勝利の余勢をかつて「希望の党」を結成し,国政での安倍退陣を迫る小池百合子東京都知事。「希望の党」「立憲民主党」「無所属」と3分解した旧民進党。依然「モリカケ」問題が尾を引いて回復傾向が見えない内閣支持率(NHKの10月1日発表の世論調査では安倍不支持が44%、支持が37%)。                     
◆           ◆              ◆
 「勝てる」と踏んで今年6月に議会を解散し総選挙に臨んだ英国のメイ首相。彼女は欧州連合(EU)からの離脱を問うとして総選挙を前倒ししたのだが、結果は保守党の過半数割れで、労働党との連立を余儀なくされた。10月4日、マンチェスターで開催された保守党大会でメイ首相は「申し訳ない。私の責任です」と陳謝すると同時に社会的弱者対策の強化や大学授業料の据え置きなど労働党支持者向けの政策を打ち出さざるを得なくなった。しかも、この大会ではメイ演説の最中にコメディアンの男性が「早く辞任しろ」との紙を掲げて壇上の首相に迫るハプニングまで起き、狼狽したメイ首相が演説を継続するのに苦慮する場面も報道された。
 安倍首相もメイ首相と同様に「勝てる」チャンスと思って冒頭解散を決断したのだが、小池人気の「希望の党」などの挑戦で、かなりの苦戦を強いられるのではないだろうか。
 衆院解散後に2つの会合に出席した。一つは日本政治総合研究所(白鳥令所長)が10月5日にプレスセンターで開催した「総選挙の見通しとその後の日本政治」と題する在日外国大使や報道人向けのセミナーで、政治学者、ジャーナリスト5人が見解を述べた。白鳥令氏(東海大名誉教授)は今回総選挙の特徴を「乱連立」「アド・ホック(その場かぎり)政党の登場」「単一争点」と捉え、「選挙結果は地滑り的勝利と先例のないほどの敗北になるかもしれない」と予測した。
 また神志名泰裕氏(元NHK解説委員長)は、選挙予測として①野党乱立に伴う現状維持(自民党280議席台)②自民党が30議席以上減らすも単独過半数(233)は維持する③自民党が地滑り的敗北をきたして自公連立でも過半数維持出来ず―の3例を挙げ、「私は第2のケースを予測している」と述べた。自民が30から50議席減なら「当然、安倍首相の責任論が浮上する」というのが神志奈氏の観測である。
 筆者は主として選挙争点についての分析を頼まれていたので、6つの争点について説明した。①安倍政権の継続か政権交代か②消費税の再引き上げ問題③原発の是非④改憲か護憲か⑤北朝鮮対策⑥日本再建策(人口減少、老齢化と日本力)。
 この中で憲法問題について私は「安倍自民党総裁は本気で改憲に取り組む覚悟なのだろうか? 改憲発議には衆参両院で3分の2が必要だが、安倍氏は今回の総選挙での獲得目標を過半数の233議席と言った。本当に改憲したいなら定数(465議席)の3分の2の310議席が目標と言うべきだ」と述べた。
同時に、今回の総選挙は「戦後」が問われる選挙になるとの見解を述べた。安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を主張しており、それはアメリカのトランプ大統領が唱えている「アメリカン・ファースト」にも通ずる国家保守主義であり、その是非が「今回選挙の最大の争点だろう」と話した。こうした選択選挙だからこそ「希望の党」党首である小池氏は、公示までに都知事を止めて衆院選に立候補すべきだとも主張した。
もう一つの会合は、10月8日に日本記者クラブで開かれた与野党8党首の討論会である。その詳細は各紙に報道されているので省略するが、保・保・革新の3極対立の構図とはいえ、結局は「安倍」対「小池」という保守対決の競い合いになるのではないか、と直感した。「希望の党」は国政選挙へ初挑戦だが、小池百合子という政治家のパフォーマンスと人気が続かない限り自民党と競り合うのは難しい。アベノミクスに対抗して「ユリノミクス」(ベーシックインカム導入により低所得層の可処分所得を増やすなど)などを唱えているが、最終的には有権者の選択が「既存の安倍政治」か「未知数の小池政治」かに絞られていくだろう。
会場で配布された各党の公約を読むと、外交・安保、経済政策のほかに「月曜午前を半休にする『シャインニングマンデー』(仮称)の普及促進」(公明党)、「犬や猫の『殺処分ゼロ』を義務づける法案を制定する」(希望の党)、「政党助成金を廃止します」(共産党)、「自衛隊内部の人権侵害を防ぐため『自衛官オンブズマン』制度の創設を目指します」(社民党)などユニークなアイデアも散見する。
だが、結局は「保・保対決」の選択になりそうだ。
投票率がどうなるかも気になる。前回2014年の衆院選では18歳選挙権が初適用されたが、投票率は52.6%と戦後最低だった。「にわか解散」「小池新党」「民進党の解体」などで有権者の多くが戸惑っているに違いないが、民主国家の基盤は選挙によって成り立っている以上、10月22日の投票日には投票に出かけて、「一票」を行使しようではありませんか。

北村さんのコメント

埴輪の記事に、コメントをいろいろいただき、ありがたく存じます。
コメントは非公開なので、みなさまにごらんいただいていませんが、
最近のコメントで、広く共有していただけたらと思うご意見を、
北村正之さんからいただきました。
ご本人にご了解をいただきましたので、掲載させていただきます。

民族か、宗教か、人間愛か。深まるミャンマー危機   宇治 敏彦
北村正之
このところ、たいへん気になっていた「ミャンマー危機」の構図をよく理解することができました。
ミャンマー仏教徒によるロヒンギャの人々に対する迫害は、生々しいテレビの報道に、思わず目をそらしたくなるほどの酷さです。
対立を解決するには、宇治さんがおっしゃっている「民族も宗教も超えたところにある『人間愛』ではないのか」に尽きると思いました!!

安倍首相の国難とは何ですか   小榑雅章
北村正之
「国難突破解散」、、、ほんとうに安倍首相の国難とは何なんでしょう!北朝鮮のミサイル発射での国民に不安をあおるやり方はそれに立ち向かっているんだということのアピールにすぎないような気がします。シェルターを準備したほうがいいとか、小学生に机の下に隠れる訓練をさせたりして、、いざというときなんの役に立つというのでしょうか、、、まったく笑うしかありません。
近ごろは、少子高齢化という『国難』の突破が看板になっているようですが、教育費負担の軽減による現役世代の不安解消を実行するということらしいのですが、財源が問題です。財政の再建を後回しにして捻出するしかなく、実現しなければ、そのつけは将来の世代にまわることになります。
これまで安倍政権が掲げる「三本の矢」「一億総活躍社会」「「働き方改革」などの看板は、どれも私たちがなるほど、、と実感できるまえに、つぎつぎと書き換えられ、期待をつないでいるだけのように思えてならないのです。
それにしても、今度の選挙は、ほんとうに大事だと思います!

核シェルターは本当に必要なのですか   小榑雅章

 「日本ではほとんど普及していない家庭用の核シェルターが、にわかに注目を集めている。夏以降、米国のメーカーや国内の取扱業者には、前例のない勢いで注文や問い合わせが舞い込む。北朝鮮によるミサイル発射が相次ぎ、脅威を現実的に捉える人たちが増えたことが背景にある。」「6畳ほどの広さの最小タイプは、価格が4万5千ドル(約500万円)」
今日の朝日新聞の記事の一部です。
これを読んで、なんとも悲しくなりました。
本気で、北朝鮮のミサイルが飛んでくるようなことを、安倍政権は連呼しています。対抗策は、圧力、圧力あるのみ。相手が音を上げるまで締め付けだ、と選挙演説をしています。
安倍首相は、北朝鮮に実効ある行動がとれるのは自民党だけ、と絶叫しています。
先の戦争で、日本が戦争にしかないと真珠湾攻撃に踏み切ったのはABCD包囲網のためでした。圧力は窮鼠猫を噛む、の譬えもあるように、危険なのです。それを承知で安倍さんは圧力圧力と言い続けるのは、もしかして戦争にしたいのですか。おじいさんの岸さんとおなじですね。
国民に、幻の危機と恐怖を演出し、自民党を勝利させようとしているのでしょうが、アコギなやり方です。
だって、北朝鮮に対し、日本はどういう圧力をかけようとしているのですか。
日本としてできることはもう何年も前からやりつくしていますよ。
ということは、圧力というのは、トランプさんにすがって軍事力を行使してもらおうと思っているのですかね。だから、シェルターが必要なのでしょうか。
悲しいですね。万分の一、いや100万分の1もあり得ないことに、500万円のシェルターを買える金持の道楽者はいいですよ。でも、ほとんどの日本人は、そんなことに使うお金は持っていません。
いや、万が一ミサイルが来たらどうする、と安倍政権が言うのだったら、もっと悲しい。だって貧乏人はシェルターなんて買えないから、ミサイルで死んでしまえと言ってることになりますよ。
金持はシェルターを買って生き延び、貧乏人は死んでください、という政治、悲しいですね。
そんなことより、なんで北朝鮮がシャカリキになってアメリカと交渉をしたがっているのか、それを素直に国民に話すべきではないですか。
北朝鮮は日本なんて相手にしていません。
北朝鮮の望みは何かということです。それを隠さずに、国民に話してください。そうすれば、国民もシェルターなど必要でないことがわかりますから。
本当のことは隠して、選挙に、北朝鮮の恐怖だけをあおるのは、卑怯ではないかと思いますが。

安倍首相の国難とは何ですか   小榑雅章

「国難突破解散」と銘打って、安倍晋三首相は衆議院解散、総選挙を断行するそうですね。2年も先の消費税の値上げが喫緊の国難とは言わないでしょうから、安倍さんの国難とは北朝鮮問題なのでしょう。
もし、いま国難なら、そんな事態の時に解散などしていられるはずがないのですから、それ一つ見ても、本気で国難などと思っていない証拠です。
Jアラートを鳴らして、安倍さんは、たいへんだ、国難だぁ、北朝鮮のロケットが落ちるかもしれない、日本に向かってミサイルが飛んでくるかもしれないからシェルターを用意したほうがいい、と国民の不安をあおっています。そして自分はそれに立ち向かう憂国の士を演出しているようにしか見えないのですが。
野党があまりにもだらしがないから、選挙をしたら自民党、という結果になるのでしょうが、それにしても、国民に国難だと危機をあおるやり方は、自分の利得のために国民を誤った方向に導いているとしか思えません。
辞書によれば、国難とは、「国の災難。国の危難。国家の存亡にかかわる危機」とあります。
浅学の私の理解では、国難は元寇しか思い浮かびませんが、黒船来航のときも国難と騒がれたのでしょうか。
日本の本当の国難は、先の太平洋戦争の時の国民の悲惨さです。その国難を誰がもたらしたかといえば、それは日本国政府だったのです。
鬼畜米英、ABCD包囲戦、42対1国際連盟脱退、負けられません勝つまでは・・・そう言って危機をあおり続けて、その結果、国土は焦土と化し、300万もの国民が命を失いました。
それと同じように、いままた国難をあおるのですか。
北朝鮮と38度線で国境を接している韓国が、最も危機を感じているはずなのに、その韓国が、まず話し合いすべきだ、人道援助だ、と言っているのに、遠く離れたアメリカと北朝鮮がけんか腰なのはなぜかを考えたらいい。
トランプ米大統領は19日、ニューヨークの国連本部で行った演説で、米国は北朝鮮を「完全に破壊」せざるを得なくなる可能性があると述べました。
韓国と北朝鮮は同じ国の同胞でした。朝鮮戦争によって分断されましたが、おなじ国民です。南北に分かれても同じ祖先の親戚がいっぱいいます兄弟もいます。日本でいえば、フォッサマグナ線で東西別な国に分けられたようなものです。その同じ民族の片方が、「完全に破壊」などとトランプ大統領に言われて、心穏やかなはずがありません。
日本人の中には、北朝鮮が完全に破壊されて安心になるという人もいますが、世界中、完全に殲滅されていいような民族も人々もいません。まして韓国と北朝鮮は同じ民族です。
その民族の殲滅を公言するトランプ大統領に、安倍首相は一心同体みたいにしがみついて、完全に日米一体であると宣言し、日本国民は安心だ、みたいに胸を張っている。
安倍政権は、何かあると尖閣列島を中国に取られていいのか。だから自衛隊を増強するんだ、そして断固戦って撃退する。
そういわれるとほとんどに日本人は、それももっともだ、尖閣列島は守るべきだ、安倍さんの言うとおりだ、と思うでしょう。
でも、それなら何で、日本国有の領土だという竹島を、自衛隊で奪還しないのですか。択捉や国後、歯舞、色丹をなぜ自衛隊で奪還してこないのですか。
ロシアや韓国と本気で戦争するのはだめなのですか。中国となら戦争をするのですか。そして何百万もの国民のいのちを奪うのですか。




萬葉版画館 宇治美術館111

万葉集10-2116

宇治敏彦制作板画 萬葉集10巻2166
いもがてを とろしのいけの なみのまゆ とりがねけになく あきすぎぬらし(作者未詳)

民族か、宗教か、人間愛か。深まるミャンマー危機   宇治 敏彦

 ミャンマー西部ラカイン州に暮らす少数民族ロヒンギャの人々が迫害を受け、隣国バングラデシュに緊急避難している問題は、いっこうに打開策が見えない。アウン・サン・スー・チー女史(国家顧問兼外相で事実上の最高指導者)も9月19日の演説で「あらゆる人への人権侵害を非難する」と一般論を述べるとともに、ロヒンギャ難民についても「国籍確認の手続きを進め、受け入れる用意がある」と、ミャンマー国籍を持たないロヒンギャをミャンマー国民として受け入れる可能性を示唆した。
 しかし長年、民主化運動を推進してきてノーベル平和賞を受賞し、2年前に名実ともにミャンマーの最高指導者になったスー・チー女史の発言にしては歯切れが悪い印象をまぬがれない。国民の9割を占める仏教徒に配慮しているのかもしれないが、本来なら「一日も早くロヒンギャの人々の国籍取得を実現し、ミャンマー国民として誇りをもって国家に貢献してほしい」と発言すべきだろう。
 2年前、仕事でミャンマーを訪れた時、同国には135民族が暮らしていると知って驚いた。アメリカや中国も多民族国家だが、同じアジアでも人口13億の中国が55民族だから、人口5100万のミャンマーが135民族というのは、いかに「多民族国家」であるかを示している。その背景には東側はラオスやタイ、北は中国、西側はインドやバングラデシュという5か国に隣接している地理的状況も影響しているだろう。
 いま問題になっているロヒンギャも、もともとは19世紀にインドやバングラデシュから移って来たイスラム教徒といわれている。ラカイン州周辺に暮らすロヒンギャは約100万人といわれてきたが、既に40万人強が治安部隊などの襲撃を受けて家も焼き払われ、隣国のバングラに避難した。9月24日の朝日新聞朝刊によると、日本にも100人近いロヒンギャが避難しているが、難民認定を受けたのは18人にとどまっているという。
なぜロヒンギャの人々は、虐待されるのか。
 2つの理由がある。1つは「ホワイト・ペーパー」と呼ばれる国籍確認証明書がロヒンギャには交付されていないこと。つまり彼らはミャンマー国民ではなく、バングラなどからの「不法移民」という位置づけなのだ。国籍法を改正して長年ミャンマーに居住しているロヒンギャにもホワイト・ペーパーを交付したら良いではないかと思うが、軍や仏教徒の反対が強く、そう簡単にはいかない。スー・チー女史が19日の演説で「国籍付与」に言及しながらも確約しなかったのは、軍や仏教徒への配慮からに違いない。
 もう一つは宗教対立。特に国民の9割が仏教徒というミャンマーでは、ロヒンギャを自国民と認めたくない人びとが多いようだ。これはミャンマーに限らない。2年前、ミャンマーのヤンゴンで開催された国際新聞編集者協会(IPI)第64回総会に出席した際に出会ったスリランカのジャーナリスト、マノリ・カルガンピティヤさん(サバミヤ新聞編集者で人権活動家)は、次のような話をしてくれた。
 「2016年1月、コロンボ南西部で開かれた仏教集団の会合で反イスラム機運が盛り上がってイスラム教徒の商店や家が焼かれ、4人が死亡、80人がけがをした」
 彼女の話によると、スリランカでは人口の約7割が仏教徒で、イスラム教徒とのいざこざが絶えないという。「お互いにヘイトスピーチを止めるよう新聞でも書いているのですが」と強調していたが――。
 この大会にパネラーとして登壇した立正佼成会の庭野光祥次代会長は「人間の弱いところを救うのが宗教の役割であり、宗教間の対話も重要」と強調していたが、ミャンマーやスリランカの現実世界では「宗教」が対立や紛争の要因になっているのだ。「民族」も同じような一面がある。イラクからの独立の賛否を問うイラク北部の自治政府「クルディスタン地域政府」(KRG)による住民投票が25日に行われる。その行方も「民族」「国家」「宗教」問題に大きな影響を与えよう。
 筆者の意見は、こうだ。「民族とは、両親から引き継がれるもので、自分が生まれる前から定められており、誕生後に国籍は変えることが出来ても民族まで変えることは出来ない」「宗教は先祖から引き継ぐことも出来るが、主として成長後の自分の判断で選択ができる」。そういう側面を勘案すると「民族対立は、根が深いバックランドがあって、それを克服し融和を図るのは簡単なことではない」。一方、「宗教対立は個人個人の信仰心しだいでは変更や融和が『民族対立』よりやさしいかもしれない」。そうした中で何が「対立」解決の糸口になるのか。「それは民族も宗教も超えたところにある『人間愛』ではないのか」」
 

北朝鮮ミサイルとファクトとフェイク   小榑雅章

今日、9月15日、午前7時過ぎに、またけたたましく「首相官邸(災害・危機管理情報)が発せられた。
【北朝鮮ミサイル1】先程北朝鮮から発射されたミサイルは、07時06分頃、北海道地方から太平洋へ通過した模様です。なお、ミサイルの破壊措置の実施は無し。不審な物を発見した場合には、決して近寄らず、直ちに警察、消防又は海上保安庁に連絡して下さい。

この官邸からの警報に対し、527件の返信 11,916件のリツイート 9,061 いいね があったことが付記されている。国民の関心の高さがわかる。
テレビのニュースでも、この警報を受けて、何人かの市民の顔がアップされ、「怖いですね」「なんとか止めてもらいたい」「生活が脅かされる」などの談話が報じられている。
この前のブログで同人の宇治さんが、「新聞で見分けるフェイク 知るファクト」という記事を発表しているが、この官邸の危機管理情報は,ファクトなのだろうか。新聞も、これをそのまま報道しているし、なにしろ首相官邸という最も権威あるところの発表だから、ファクトに間違いない、と日本中思っているのだろう。
そして、怖い、いつミサイルが落ちてくるかもしれない。地下室に入れと言われるが、近くにはないし、安全なところに避難と言っても、どこなのか・・・など街でも話し合われているが、本当にミサイルが落ちてくる可能性などあるのだろうか。
つまり、北朝鮮がミサイルを打ち上げ、北海道の上のほうを通過したというのは、ファクトなのだろう。
しかし、それが落ちてくる可能性は、どのくらいあるのか。避難しろとか不審物発見というほどの頻度で、部品、破片などが落ちてくる可能性があるのか、それはファクトなのか。フェイクではないのか。
地下に入れとか不審物を発見したらとか、漁船は注意しろとか言われると、かなりの確率で落ちてくる可能性があるように受け取る。事実、街の声は不安を表し、じっさいに地下室を探している人もいるのだ。
北海道上空通過というのも疑問だ。高度は800キロだという。
領空というのは、大気があり、飛行機が飛べる空間で、80Kmから120Kmの高さといわれているが、それ以上は宇宙空間で、人工衛星がたくさん飛び交っている。今回のミサイルの高度が800キロだとすると、領空といわれる大気圏の10倍も上のほうだ。これを上空というのは、ファクトなのか。フェイクではないのか。ちなみの国際宇宙ステーションの高さは400キロだが、誰も危険だと言わない。
つまり人心を、危険だ、北朝鮮はけしからん、という方向に誘導しようとしたら、破片が落ちてくるように報道し、ミサイルと飛行機と混同するような表現になる。
おなじ事象が、報道によって安全にも危険にも取れるのだ。
つまり、ファクトとフェイクは、報道する側の姿勢、知識、配慮、意図などによって、全く変わってくることも考えておかねばならない。

ちなみに、首相官邸に送られてきたツイッターに
<安倍晋三 支持率落ちたら 北朝鮮>というのがあったそうだ。

フェイクニュースをどうしたら見抜けるか   宇治 敏彦

 「新聞で見分けるフェイク 知るファクト」。今年の新聞週間(10月15日~21日)の代表標語である。横浜の田村美穂さん(無職、64歳)がつくったもので、10月17日、広島で開かれる第70回新聞大会で披露される。
 さまざまな情報伝達手段が世界中に普及し、無数の情報が国境を超えて飛び交っている今日、どの情報が正確(ファクト)で、どの情報が虚偽(フェイク)なのかを見分けることが非常に困難になっている。
 意識的に偽のニュースや情報を流す行為も行われているし、また偽ニュースを流して商売にしている人たちもいるというから驚きだ。毎日新聞が報じた「偽ニュース『売れる』。米サイト最盛期、ライター20人」という記事(8月10日朝刊)によると、米国で「フェイクニュース王」と呼ばれていたロサンゼルスのジェスティン・クーラー(41歳)という人物はネット上で「ナショナル・リポート」という名称でフェイクニュース(偽の記事)を流してきたという。
 たとえば昨年も米大統領選名中に「ヒラリー・クリントン氏のメール問題を捜査していた連邦捜査局(FBI)捜査員が、妻と無理心中した」といった偽ニュースを流し、フェイスブック上では閲覧数が150万回を超えた。閲覧数が増えると広告収入も増える仕組みで、クーラー氏は最盛期には20人のライターを抱え、年間60万ドル(約6600万円)を稼いでいたという。
 こうしたフェイクニュースが大統領選にも大きな影響を与え、トランプ当選、クリントン落選の一因になったともみられる。毎日新聞のリポートによれば、クーラー氏は大統領選後に反省して今はフェイクニュースを流すのを止めたという。しかし、自ら反省して偽情報の発信や流失を止めた人は、ごく一部で、世界中には毎日、無数のフェイク情報が発信されていると見るべきだろう。
 それは日本でも例外でないと思うが、幸い日本では日刊新聞が「ファクト報道」第一主義を堅持していることが救いだ。筆者も2000年、改定に関わった「新聞倫理綱領」(2000年6月21日制定)の一項目では「正確と公正」を掲げ、次のようにうたっている。
 「新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない。論評は世におもねらず、所信を貫くべきである」
 日本の新聞界では、細かい誤報でもそれが正確でないと確認された場合は訂正記事を出し、社内的処分を行うことが慣例となっている。「あくまでも正確を期そう」という歴史的慣習が定着している限り、日本ではアメリカほどには虚報は流れないだろうと筆者は信じている。
 だが、新聞購読者が減少を続け、ネット利用者が増大していく傾向の中で、いつまでも「日本は大丈夫」と胸を張ることは出来ない時代が到来しているのかもしれない。「ネット社会の中で『見分けるフェイク、知るファクト』をいかに確立するか」。それが大きな課題になって来た。
 
 

萬葉版画館 宇治美術館110

万葉集10-1861

宇治敏彦制作板画 萬葉集10巻1861
のとがはの みなそこさへに てるまでに みかさのやまは さきにけるかも (作者未詳)


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