「僕たちはこう生きる」の提言とは   宇治敏彦

 先に吉野源三郎著「君たちはどう生きるか」についての原稿を「埴輪」に書いたら、それを読んだ人から「文中に『それを受けて『僕たちはこう生きる』という社説を書いた、とありました。どう生きると書いたのですか」と質問を受けた。
 その答えが、この原稿だ。私自身も社説にどう書いたのか、その細部まで覚えていなかったので、昔のスクラップブックの山から懸命に当該の社説の切り抜きを一日がかりで探し出した。ようやく見つかった社説は1995年(平成7年)8月16日付の「東京新聞」「中日新聞」朝刊5面に掲載された「戦後50年」関連の一本もの社説で、タイトルは「僕たちはこう生きる」。
 「いま戦後半世紀を経て、世界の目は、日本人に『君たちはどう生きるか』とあらためて問いかけている」と書いた後、中日新聞社がこの年に招いたドイツのワイツゼッカー前大統領の名古屋における講演内容を引用した。
 「良い政治をしようとするならば、過去の過ちを認識することが非常に大切になってくる」「若い人たちが過去に責任を持っていないことは明白である」
 当時は自民、社会、さきがけ3党の連立政権だったが、村山富市首相(社会党)は8月15日の敗戦記念日に「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えてきました」と、日本の侵略行為について明確に謝罪した。連立を組んでいた自民党がよくこの内容を了承したと思うが、当時の河野洋平自民党総裁をはじめ自民党も懐が深かったのであろう。現在の「安倍自民」では、とても呑めない首相談話だ。もっとも当時の村山社会党も「自衛隊合憲」「安保継続」など基本政策の大転換を余儀なくされていた。
 そこで筆者が書いた「僕たちはこう生きる」の社説では次の3つのことを提言した。
1、 日本の進路、活路はあくまでも「平和の追求」にある。東西冷戦が終わり、本来なら「平和の配当」があるはずだったが、湾岸戦争をはじめとして、さまざまな戦争・紛争が発生した。米ソ両超大国の「力による重し」によって封じられていたパンドラの箱が開いて、混迷が続いているのが今の世界である。だが幸いなことに、多くの国が「力による支配」に戻ろうとは志向していない。むしろ、どうやったら「力以外のルール」を確立できるかに苦渋している。そこに「侵略行為」という戦前の苦い経験と「平和」という戦後半世紀の貴重な経験を兼ね備えた日本の役割がある。
2、 島国根性の日本人、まあまあ主義の日本人、自己判断を避けて「寄らば大樹」の日本人…。そうした伝統的な民族性が、気がついたら、いつの間にか無謀な戦争に突入していたことになったのではないか。他人の判断でなく自分で決定し責任も自分で負う自己責任原則の確立といった‟日本人改造論“も求められている。
3、 平和や民主主義を破壊しようとする動きに対してブレーキをかける健全な市民社会の仕組みがどうしても必要だ。マスメディアの役割も、そこになければならない。

 僕たちは「こう生きる」より「こう生きよう」という呼びかけの意味もあったが、以上の3点は22年後の今日でも基本的には変わらない。もし現在の世界情勢を見て付け加えることがあるとすれば、次の2点であろう。
1、「アメリカン・ファースト」「愛国主義」がはびこる時代にあって「ナショナリズムよりヒューマニズムが世界的に重要な要素になっている」のではないか。他人を敵視するのではなく友達にる。人間だけが持ちうるその特性をもっと大事にしよう。
2、原発事故に放射能漏れ被害、工場立地に伴う大気汚染、地球温暖化による氷山の消滅など「きれいな空気」「美しい自然」が失われていく中で、もう一度、素晴らしい自然を復元するための「クリーン作戦」を積極的推進していこう。
 

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「君たちはどう生きるか」ブームに思う   宇治敏彦

 吉野源三郎著「君たちはどう生きるか」(岩波文庫)が最近また話題になっている。同著の漫画本も刊行され、ジュンク堂書店などの店頭では一緒に並べられている。初版は日中戦争が始まった1937年に新潮社から「日本少国民文庫」シリーズの1冊として出版されたもので、私が同著を初めて購読したのは戦後の1962年に刊行された同文庫シリーズの改定版だった。コペル君という「悩める少年」を主人公にした物語だが、叔父さんが地動説を唱えたコペルニクスにちなんでつけたニックネーム。今年はコペルニクスが地動説を最初に発表した年から数えて510年目にあたる。
 15歳のコペル君は学業優秀だが、体操は苦手。しかし点取り虫というわけではなく、野球が好きでポジジョンは二塁手。友達思いで、人気者でもあるが、親友が上級生からいじめられている時に助けられず悩みに悩む。とうとう高熱を出して寝込んでしまうが、叔父さんに示唆されて親友にお詫びの手紙を出した。コペル君のお母さんも、女学校に通っていた頃、湯島天神の階段で数歩先をよたよたしながら上がっていく老婆の荷物を持ってあげようと何度も思いながらも行動に出られなくて、いまだに後悔している話をコペル君にさりげなくした。親友たちがコペル君の見舞いに訪れ、友情は復活した。
 筆者は、大学4年生の時に雑誌「世界」の編集長を経て岩波書店の取締役をやっている吉野氏に会いたいと思っていた。また同書店の創業者・岩波茂雄氏の伝記を読んで、同社で働きたいとも思った。当時、週休二日制で男女同一賃金という先進的な会社は、岩波以外にほとんどなかったと思う。ただし創業者の意向で、編集を希望して入社しても編集にはストレートに行けず、まずは営業などやらされるという。さらに書籍業界に詳しい人によると「岩波は東大、一ツ橋卒業者しか採用しない」という。それならと伝手を頼って創業者とも親しかった学習院長の安倍能成氏を紹介してもらった。そのお蔭で入社試験は受けさせてもらえることになり、ペーパーテストを通過して役員面接までこぎつけた。ところが、ここからがいけなかった。面接室に入ると、正面に岩波雄二郎社長(茂雄氏の次男)、その隣に吉野源三郎氏が座っているのが目に入った瞬間、心身ともガチガチになり、何を喋ったか思い出せないほど緊張してしまった。東大、一ツ橋といった学閥は別にして「これではあかん」と自分で思った。下落合3丁目にお住まいの安倍能成さん宅にも受験の労をとってくださったお礼に伺ったが、先生は不在だった。後日、直筆のお葉書をいただいた。「岩波書店は今年はごくわずかにしか採らぬとのことでした。東京新聞社へお入りの由、御精進と御健康を祈ります」
 後年、小生が東京新聞で論説主幹になった時、一本もので「僕たちはこう生きる」と題する社説を書いたことがある。吉野氏の「君たちはどう生きるか」を引用しつつ、現代の日本人はどう生きるべきかを考察した一文だ。政治学者の故丸山真男氏は吉野氏が亡くなった時の追悼文に「『君たちはどう生きるか』はまさにその題名が直接示すように、第一義的に人間の生き方を問うた、つまり人生読本です」(雑誌「世界」1981年月号)と書いた。
 第77刷の岩波文庫「君たちはどう生きるか」を求めて、改めて同著を読み直してみた。喜寿にしてコペル君と共に、まだまだ人生には学ぶべきことが多いと思った。

「幸せ」の実感に欠けるバブル経済    宇治 敏彦

「1980年代後半のバブル経済の再来ではないか」と最近、随所で指摘されている。日経平均株価はバブル崩壊後の高値(2万2666円)を更新し、四半世紀ぶりの高値水準にある。地価も人口減少に反比例して上昇傾向を続けており、いつも一等地の例に挙げられる東京・銀座の商業地の地価は、あのバブル期を上回った。首都圏のマンション価格も平均で26年ぶりの高値だという。
 企業の人手不足感は一段と強まり、有効求人倍率はバブル経済下の水準を超えた。失業者数も197万人(今年4月時点)と前年同月比で28万人減少した。一方、訪日外国人の増加で旅行収支の黒字が過去最高となり、海外とのモノやサービスなどの取引状況を表す経常収支は11兆5339億円の黒字を記録した(財務省の4~9月調査)
 バブルはなぜ起こるのか。小林慶一郎慶大教授は①新しい技術や革新的サービスが生まれること②世の中にお金が余っていること―の2点を挙げている(11月日、読売新聞朝刊)。特に同教授は「日本銀行が金融緩和を続けたが、製造業は株式や社債などの直接金融で資金調達できるようになったので、金融機関は貸出先に困った。そこで目を付けたのが不動産などのサービス業だ。融資の際に土地を担保に取るケースが多く、地価の上昇がさらに銀行の融資を膨らませ、バブルを加速させた」と分析している。
 バブルの元凶は日本銀行。特に黒田日銀総裁が長く唱え続けてきた「物価目標2%」にあるというところだろうか。
 しかし、一般庶民の立場からして「バブルの実感」というか、「賃金・ボーナスが上がった」「暮しに余裕が出来た」「レジャーも旅行も楽しめるようになった」「貯金も増えた」といった上方志向の生活を実感できるようになっただろうか?
 大半の人が「ノー」と答えるに違いない。もし「イエス」なら消費がもっと増えるはずだし、2%の物価目標も達成されているはずだ。現実には「財布のひもをきつくしている」「少しでも余裕ができたら医療費や老後のために貯蓄しておく」というのが現実ではないだろうか。
 こうした現実に、たまりかねた安倍晋三首相は経団連幹部などに「3%の賃上げ」要請をしている。これまた筋違いである。首相が今やるべきことは「日銀総裁の更迭」「労働者の実質所得が上がるような環境づくり」「所得の低い人々をサポートする諸政策(教育費、医療費など)の推進」などであるべきだ。民間企業の賃金やボーナスは本来的に労使間の協議によって決められるべきもので、社会主義国のような政府主導の賃金政策は市場経済で動いている日本には、なじまない。
 政府が一般国民の実質的な所得の増加につながる経済政策や所得の低い人々への処方箋を断行しないかぎり、バブル経済は企業の内部留保を増やすだけで終わってしまうだろう。
 

萬葉版画館 宇治美術館112

万葉集10-2202
宇治敏彦制作板画 萬葉集10巻2202
もみぢする ときになるらし つきひとの かつらのえだの いろづく みれば(作者未詳)

「労働生産性向上」の考え方が根本的に違う日本と欧米   宇治敏彦

 日本の「労働生産性」の低さが内外で話題になって久しいが、これをどう改善するかをめぐって日本的考え方と欧米的考え方では大きな開きがあることが分かってきた。
 その違いについて述べる前に、数値的に日本の労働生産性を他国と比較してみよう。経済協力開発機構(OECD)の2016年の統計によると、日本人の年間平均労働時間は1713時間だが、ドイツでは1363時間で、日本人の方が350時間も長い。1日8時間労働として日本人はドイツ人より約ひと月半(44日間)も多く働いているわけだ。
 その一方、一人当たりの国内総生産(GDP)を「就業率×年間平均労働時間×労働生産性」で比較すると、日本人がドイツよりかなり低水準であることが分かる。ドイツ並みの労働生産性で働いていれば日本では今より35%もGDPが増えるという試算も出ている。
 ミュンヘン大学教授で、ドイツ日本研究所長のフランツ・ヴァルデンベルガー氏は経済同友会のセミナー(今年9月12日)で、次のように述べている。
 「日本の労働生産性が低いのは、生産要素の質や量ではなく、要素配分や使い方の非効率性にある。その構造的要因は日本独特のキャリア形成である。日本の企業経営は内部昇進を前提にしている。内部昇進そのものは他国でも一般的だが、日本のように社内ではなく、外部の労働市場が提供するオプション(他社への転職や企業の外部採用のチャンス)の枠内で決定する傾向が強い。また日本では管理職が転職によってキャリアアップすることは困難である」
 「この状況を生産要素配分のレベルごとに分析すれば、企業レベルでは、社内昇進キャリアも退職という選択肢がない結果、衝突しながら前に進む建設的なコンフリクト文化が育たず、リスク回避行動が増大する。産業レベルでは、社内昇進が技能者や管理職の企業間移動を阻み、適材適所が機能しない。また低い賃金を容認し、M&Aや買収後の企業統合を困難にする」(「経済同友」2017年10月号)
 こうした指摘は、50年以上も企業務めをしている筆者には、よく分かる。経済同友会の6月に発表した「サービス産業生産性革命」の中で「ピンチ(人手不足)をチャンス(変革)に」として①労働時間短縮を実現するためには業界大手が勇気をもって、これまで『当たり前』と思われてきたビジネスモデルを変えていかなければならない②特に生産性向上は不可欠であり、個々人が意識を変化させたときこそ、本当に生産性が向上するのではないだろうか③労使間で「生産性を上げれば賃金は上がる」を共通認識にして労働者の動機づけにつなげ、女性やシニアの労働参画を促進させる環境を整備し、副業やリモートワークなどの推進により人材の流動性を高める―などと提言している。
 日本の経営者やサラリーマンなら「うん、うん」と頷く提言だ。
 だがヴァルデンベルガー氏の生産性向上策は、全然違う。「経済全体にかかわるさまざまな調整や改革が必要になる。中途採用と内部昇進の両方に、平等なキャリアチャンスを与えなければならない。また、新卒一括採用をやめるとともに、生涯雇用ではなく特定の職務のための雇用を行う必要がある。そして、キャリアを会社の物ではなく、従業員らの物にするキャリアオーナーシップを確立しなければならない」
 これは日本の政治家や企業経営者が考える「生産性向上策」とは、相当に距離がある。天地の差というぐらい開きがある。
もはや日本経済の「3種の神器」といわれた「終身雇用」「定期昇給」「企業別労働組合」というシステムは崩壊しているとはいえ、安倍晋三首相が民間企業経営者に「7%の賃上げ」要請をするなど、本来的には独立が尊重されるべき民間企業の労使関係も崩されようとしている。
 ヴァルデンベルガー氏は、日本が企業生産性をドイツ並みに引き上げるには「建設的なコンフリクト文化」を育てることが不可欠だと言っている。だが政府も民間企業も「新卒一括採用の中止」をはじめ「(正規社員、非正規社員を問わない)平等のキャリアチャンス」や「生涯雇用の中止」などを果たして決断できるだろうか。
 同氏は「改革に道筋をつけるには、外資企業が日本企業を買収して自社の人事システムを導入することや、グローバルな人事システムの導入を検討する日系多国籍企業の実験と実証」が必要としている。
 しかし極端な言い方をすれば「社員をみんな正規にするか、みんな非正規にして、実力本位の集合体」にすることは日本の企業文化には、なじまないだろう。それが実現する時が来るとしたら、それは日本が日本でなくなる時かもしれない。

 

憲法9条変えるなら25条も改正しますか?   小榑雅章

選挙です。
憲法9条を改正するかしないかが、問われています。
どうしても言わなければならないのは、あの憲法9条を獲得するために、300万人もの国民のいのちを失ったのです。
軍人だけではありません。民間人もたくさん死にました。
中国は1000万人以上、フィリピンは100万人、そのほかもっとたくさんの
人々の犠牲の上に、もう戦争は嫌だ、絶対に戦争はしないという誓いました、それが第9条です。
自衛隊を明記しないと自衛隊員がかわいそうだなどというようなことで、簡単に変えられるような9条ではありません。戦争で亡くなった方たちに顔向けができません。
自衛隊は違憲だから、憲法を直すんだというのなら、これも変えましょうか。
憲法第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
というこの条文も変えますか。あなたは自分が「健康で文化的な最低限度の生活を営」んでいると思いますか。
日本の相対的貧困率の割合は16.1%と、実に6人に1人が相対的貧困にあえいでいる状況です。健康で文化的な最低限度の生活とは言えません。
大阪市が幼児や小中学生の保護者を対象にした貧困実態調査では、1.3%の保護者が経済的な理由で医療機関を受診させられなかったという報告もあります。
病気なのに、親が貧しいためにお医者さんにかかれないのですよ。
こういう現状は憲法にあわないから、この25条をやめにしようと、あなたは思いますか。この25条があるから、この貧困を少しでもなくさなければと思うのではないのですか。
憲法は志高く、その目標に進め、断固進めという叱咤の条文です。
現状に合わせるとしたら貧乏は仕方がない、病院にかかれないのも自己責任、ということになりますよ。
ついでにもう一つ。
第27条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
国民は働く権利があります。でも職がない場合どうするのですか。
逆に、働かない人もいっぱいいます。そんなの自由だ、ほっといてくれ、俺は金があるんだ、という人に、ダメだ勤労は義務だ、働かない奴は憲法違反だ。
憲法はそう書いてある。憲法違反だから、憲法を変えて、国民は遊んで暮らしましょう、と改正しますか。

難しい「投票基準」 結局は「自分を信じる」以外にない?   宇治敏彦

 総選挙の投票日が迫って来た(既に不在投票を済ませた方もいるでしょうが)。「貴方の投票基準は何ですか?」と質問を受けると、正直なところウーンと呻ってしまう。「政党(支持政党)」「候補者(人柄と公約)」「政策(憲法、経済、原発など)」「理想と現実(公約と実際政治の落差)」「候補者や知人からの依頼」など様々な要素が入り混じって、高い買い物をするときのように「一票」の行使先に迷う。
 著名な歴史学者は「次善の一票を」と新聞に書いていた。また「埴輪」の愛読者で、よく感想を送ってくださるMKさんは「結局は政党で選ぶより公約をどれだけ実現できるか見極め人で選ぶことにしよう」とのご意見を寄せている。
 ネット上に「Y!みんなの政治(早大マニフェスト研究所監修、選挙ドットコム企画協力)」と題する興味深い自己診断占いが出ている。「憲法」「外交・安保」「経済・財政」「原発」「政局・その他」の設問に対する自分の選択を打ち込むと、どの政党との相性がよいかを即座に診断してくれるというものだ。ちなみに小生がやってみると、「社民」「共産」「立憲民主」への近似率が高く、「自民」「希望」「公明」とは距離感があることが具体的数値(パーセント)で現れた。
 政策面での選択を再確認する意味では、参考になる自己診断表といえよう。
 だが選挙は政策だけの選択を求めているわけではない。政策をどう国政に反映していくか。その総合力を問う機会でもある。それだけに、私は迷っている。「私の理想からいえばA候補が良いが、当選はおぼつかない。とすれば死票になるA候補より次善のB候補に投票することが現実的な行為なのか?」「しかし、そのB候補の所属政党も第一党ないしは与党(連立政権で)になる可能性は低い」「では第3の選択として事前の世論調査で当選圏とみられるC候補に投ずるか? しかし、それは自分の政治思想を裏切ることになるから止めておこう」
 そうこうするうちに投票日が来る。「棄権」という選択肢もあるが、それだけは避けたい。日本国の国民としての権利と義務は果たしていきたい。
 そうした一票一票が積み重なって全体の選挙結果となり、多数党が政権を握る。その全体結果が果たして日本の選択としてベストであるのかどうか。戦後の国政選挙を振り返って「国民は何を選んでいるのか」と疑問に思うこと多々ある。(ネット上のメールマガジン「オルタ」に、そのテーマで過去の国政選挙に関する分析を連載していますので、ご覧くだされば幸いです)
 特に今回の衆院選は、改憲問題が主テーマの一つとなっている。「戦後の平和主義」が問われていると言っても過言ではない。各紙の選挙世論調査では、米国に対する北朝鮮の過剰な威嚇行動が安倍自民党を利している傾向が出ている。政府がネット上にも流している北朝鮮のミサイル通過に関する「国民保護情報」なども国民を神経過敏にしているのではないか。日本国民は、冷静に対応し、戦後70年以上にわたり堅持してきた「不戦主義」「平和主義」の重要性を改めて考えて一票を投じて欲しい。私自身の投票行動も、その点に関しては1ミリのブレもない。その限りでは「次善の一票」は念頭にない。結局は自らを信じて投票する以外にない。

保・保対決の混戦衆院選挙 メイ首相を真似て解散した安倍首相だが・・・ 宇治 敏彦  

 いよいよ衆院選挙が始まった。安倍晋三首相は、野党側の選挙準備が整わないうちに、と臨時国会での冒頭解散に踏み切った。だが、いささか計算違いをしていたのではないだろうか。都民ファーストでの東京都議選勝利の余勢をかつて「希望の党」を結成し,国政での安倍退陣を迫る小池百合子東京都知事。「希望の党」「立憲民主党」「無所属」と3分解した旧民進党。依然「モリカケ」問題が尾を引いて回復傾向が見えない内閣支持率(NHKの10月1日発表の世論調査では安倍不支持が44%、支持が37%)。                     
◆           ◆              ◆
 「勝てる」と踏んで今年6月に議会を解散し総選挙に臨んだ英国のメイ首相。彼女は欧州連合(EU)からの離脱を問うとして総選挙を前倒ししたのだが、結果は保守党の過半数割れで、労働党との連立を余儀なくされた。10月4日、マンチェスターで開催された保守党大会でメイ首相は「申し訳ない。私の責任です」と陳謝すると同時に社会的弱者対策の強化や大学授業料の据え置きなど労働党支持者向けの政策を打ち出さざるを得なくなった。しかも、この大会ではメイ演説の最中にコメディアンの男性が「早く辞任しろ」との紙を掲げて壇上の首相に迫るハプニングまで起き、狼狽したメイ首相が演説を継続するのに苦慮する場面も報道された。
 安倍首相もメイ首相と同様に「勝てる」チャンスと思って冒頭解散を決断したのだが、小池人気の「希望の党」などの挑戦で、かなりの苦戦を強いられるのではないだろうか。
 衆院解散後に2つの会合に出席した。一つは日本政治総合研究所(白鳥令所長)が10月5日にプレスセンターで開催した「総選挙の見通しとその後の日本政治」と題する在日外国大使や報道人向けのセミナーで、政治学者、ジャーナリスト5人が見解を述べた。白鳥令氏(東海大名誉教授)は今回総選挙の特徴を「乱連立」「アド・ホック(その場かぎり)政党の登場」「単一争点」と捉え、「選挙結果は地滑り的勝利と先例のないほどの敗北になるかもしれない」と予測した。
 また神志名泰裕氏(元NHK解説委員長)は、選挙予測として①野党乱立に伴う現状維持(自民党280議席台)②自民党が30議席以上減らすも単独過半数(233)は維持する③自民党が地滑り的敗北をきたして自公連立でも過半数維持出来ず―の3例を挙げ、「私は第2のケースを予測している」と述べた。自民が30から50議席減なら「当然、安倍首相の責任論が浮上する」というのが神志奈氏の観測である。
 筆者は主として選挙争点についての分析を頼まれていたので、6つの争点について説明した。①安倍政権の継続か政権交代か②消費税の再引き上げ問題③原発の是非④改憲か護憲か⑤北朝鮮対策⑥日本再建策(人口減少、老齢化と日本力)。
 この中で憲法問題について私は「安倍自民党総裁は本気で改憲に取り組む覚悟なのだろうか? 改憲発議には衆参両院で3分の2が必要だが、安倍氏は今回の総選挙での獲得目標を過半数の233議席と言った。本当に改憲したいなら定数(465議席)の3分の2の310議席が目標と言うべきだ」と述べた。
同時に、今回の総選挙は「戦後」が問われる選挙になるとの見解を述べた。安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を主張しており、それはアメリカのトランプ大統領が唱えている「アメリカン・ファースト」にも通ずる国家保守主義であり、その是非が「今回選挙の最大の争点だろう」と話した。こうした選択選挙だからこそ「希望の党」党首である小池氏は、公示までに都知事を止めて衆院選に立候補すべきだとも主張した。
もう一つの会合は、10月8日に日本記者クラブで開かれた与野党8党首の討論会である。その詳細は各紙に報道されているので省略するが、保・保・革新の3極対立の構図とはいえ、結局は「安倍」対「小池」という保守対決の競い合いになるのではないか、と直感した。「希望の党」は国政選挙へ初挑戦だが、小池百合子という政治家のパフォーマンスと人気が続かない限り自民党と競り合うのは難しい。アベノミクスに対抗して「ユリノミクス」(ベーシックインカム導入により低所得層の可処分所得を増やすなど)などを唱えているが、最終的には有権者の選択が「既存の安倍政治」か「未知数の小池政治」かに絞られていくだろう。
会場で配布された各党の公約を読むと、外交・安保、経済政策のほかに「月曜午前を半休にする『シャインニングマンデー』(仮称)の普及促進」(公明党)、「犬や猫の『殺処分ゼロ』を義務づける法案を制定する」(希望の党)、「政党助成金を廃止します」(共産党)、「自衛隊内部の人権侵害を防ぐため『自衛官オンブズマン』制度の創設を目指します」(社民党)などユニークなアイデアも散見する。
だが、結局は「保・保対決」の選択になりそうだ。
投票率がどうなるかも気になる。前回2014年の衆院選では18歳選挙権が初適用されたが、投票率は52.6%と戦後最低だった。「にわか解散」「小池新党」「民進党の解体」などで有権者の多くが戸惑っているに違いないが、民主国家の基盤は選挙によって成り立っている以上、10月22日の投票日には投票に出かけて、「一票」を行使しようではありませんか。

北村さんのコメント

埴輪の記事に、コメントをいろいろいただき、ありがたく存じます。
コメントは非公開なので、みなさまにごらんいただいていませんが、
最近のコメントで、広く共有していただけたらと思うご意見を、
北村正之さんからいただきました。
ご本人にご了解をいただきましたので、掲載させていただきます。

民族か、宗教か、人間愛か。深まるミャンマー危機   宇治 敏彦
北村正之
このところ、たいへん気になっていた「ミャンマー危機」の構図をよく理解することができました。
ミャンマー仏教徒によるロヒンギャの人々に対する迫害は、生々しいテレビの報道に、思わず目をそらしたくなるほどの酷さです。
対立を解決するには、宇治さんがおっしゃっている「民族も宗教も超えたところにある『人間愛』ではないのか」に尽きると思いました!!

安倍首相の国難とは何ですか   小榑雅章
北村正之
「国難突破解散」、、、ほんとうに安倍首相の国難とは何なんでしょう!北朝鮮のミサイル発射での国民に不安をあおるやり方はそれに立ち向かっているんだということのアピールにすぎないような気がします。シェルターを準備したほうがいいとか、小学生に机の下に隠れる訓練をさせたりして、、いざというときなんの役に立つというのでしょうか、、、まったく笑うしかありません。
近ごろは、少子高齢化という『国難』の突破が看板になっているようですが、教育費負担の軽減による現役世代の不安解消を実行するということらしいのですが、財源が問題です。財政の再建を後回しにして捻出するしかなく、実現しなければ、そのつけは将来の世代にまわることになります。
これまで安倍政権が掲げる「三本の矢」「一億総活躍社会」「「働き方改革」などの看板は、どれも私たちがなるほど、、と実感できるまえに、つぎつぎと書き換えられ、期待をつないでいるだけのように思えてならないのです。
それにしても、今度の選挙は、ほんとうに大事だと思います!

核シェルターは本当に必要なのですか   小榑雅章

 「日本ではほとんど普及していない家庭用の核シェルターが、にわかに注目を集めている。夏以降、米国のメーカーや国内の取扱業者には、前例のない勢いで注文や問い合わせが舞い込む。北朝鮮によるミサイル発射が相次ぎ、脅威を現実的に捉える人たちが増えたことが背景にある。」「6畳ほどの広さの最小タイプは、価格が4万5千ドル(約500万円)」
今日の朝日新聞の記事の一部です。
これを読んで、なんとも悲しくなりました。
本気で、北朝鮮のミサイルが飛んでくるようなことを、安倍政権は連呼しています。対抗策は、圧力、圧力あるのみ。相手が音を上げるまで締め付けだ、と選挙演説をしています。
安倍首相は、北朝鮮に実効ある行動がとれるのは自民党だけ、と絶叫しています。
先の戦争で、日本が戦争にしかないと真珠湾攻撃に踏み切ったのはABCD包囲網のためでした。圧力は窮鼠猫を噛む、の譬えもあるように、危険なのです。それを承知で安倍さんは圧力圧力と言い続けるのは、もしかして戦争にしたいのですか。おじいさんの岸さんとおなじですね。
国民に、幻の危機と恐怖を演出し、自民党を勝利させようとしているのでしょうが、アコギなやり方です。
だって、北朝鮮に対し、日本はどういう圧力をかけようとしているのですか。
日本としてできることはもう何年も前からやりつくしていますよ。
ということは、圧力というのは、トランプさんにすがって軍事力を行使してもらおうと思っているのですかね。だから、シェルターが必要なのでしょうか。
悲しいですね。万分の一、いや100万分の1もあり得ないことに、500万円のシェルターを買える金持の道楽者はいいですよ。でも、ほとんどの日本人は、そんなことに使うお金は持っていません。
いや、万が一ミサイルが来たらどうする、と安倍政権が言うのだったら、もっと悲しい。だって貧乏人はシェルターなんて買えないから、ミサイルで死んでしまえと言ってることになりますよ。
金持はシェルターを買って生き延び、貧乏人は死んでください、という政治、悲しいですね。
そんなことより、なんで北朝鮮がシャカリキになってアメリカと交渉をしたがっているのか、それを素直に国民に話すべきではないですか。
北朝鮮は日本なんて相手にしていません。
北朝鮮の望みは何かということです。それを隠さずに、国民に話してください。そうすれば、国民もシェルターなど必要でないことがわかりますから。
本当のことは隠して、選挙に、北朝鮮の恐怖だけをあおるのは、卑怯ではないかと思いますが。

安倍首相の国難とは何ですか   小榑雅章

「国難突破解散」と銘打って、安倍晋三首相は衆議院解散、総選挙を断行するそうですね。2年も先の消費税の値上げが喫緊の国難とは言わないでしょうから、安倍さんの国難とは北朝鮮問題なのでしょう。
もし、いま国難なら、そんな事態の時に解散などしていられるはずがないのですから、それ一つ見ても、本気で国難などと思っていない証拠です。
Jアラートを鳴らして、安倍さんは、たいへんだ、国難だぁ、北朝鮮のロケットが落ちるかもしれない、日本に向かってミサイルが飛んでくるかもしれないからシェルターを用意したほうがいい、と国民の不安をあおっています。そして自分はそれに立ち向かう憂国の士を演出しているようにしか見えないのですが。
野党があまりにもだらしがないから、選挙をしたら自民党、という結果になるのでしょうが、それにしても、国民に国難だと危機をあおるやり方は、自分の利得のために国民を誤った方向に導いているとしか思えません。
辞書によれば、国難とは、「国の災難。国の危難。国家の存亡にかかわる危機」とあります。
浅学の私の理解では、国難は元寇しか思い浮かびませんが、黒船来航のときも国難と騒がれたのでしょうか。
日本の本当の国難は、先の太平洋戦争の時の国民の悲惨さです。その国難を誰がもたらしたかといえば、それは日本国政府だったのです。
鬼畜米英、ABCD包囲戦、42対1国際連盟脱退、負けられません勝つまでは・・・そう言って危機をあおり続けて、その結果、国土は焦土と化し、300万もの国民が命を失いました。
それと同じように、いままた国難をあおるのですか。
北朝鮮と38度線で国境を接している韓国が、最も危機を感じているはずなのに、その韓国が、まず話し合いすべきだ、人道援助だ、と言っているのに、遠く離れたアメリカと北朝鮮がけんか腰なのはなぜかを考えたらいい。
トランプ米大統領は19日、ニューヨークの国連本部で行った演説で、米国は北朝鮮を「完全に破壊」せざるを得なくなる可能性があると述べました。
韓国と北朝鮮は同じ国の同胞でした。朝鮮戦争によって分断されましたが、おなじ国民です。南北に分かれても同じ祖先の親戚がいっぱいいます兄弟もいます。日本でいえば、フォッサマグナ線で東西別な国に分けられたようなものです。その同じ民族の片方が、「完全に破壊」などとトランプ大統領に言われて、心穏やかなはずがありません。
日本人の中には、北朝鮮が完全に破壊されて安心になるという人もいますが、世界中、完全に殲滅されていいような民族も人々もいません。まして韓国と北朝鮮は同じ民族です。
その民族の殲滅を公言するトランプ大統領に、安倍首相は一心同体みたいにしがみついて、完全に日米一体であると宣言し、日本国民は安心だ、みたいに胸を張っている。
安倍政権は、何かあると尖閣列島を中国に取られていいのか。だから自衛隊を増強するんだ、そして断固戦って撃退する。
そういわれるとほとんどに日本人は、それももっともだ、尖閣列島は守るべきだ、安倍さんの言うとおりだ、と思うでしょう。
でも、それなら何で、日本国有の領土だという竹島を、自衛隊で奪還しないのですか。択捉や国後、歯舞、色丹をなぜ自衛隊で奪還してこないのですか。
ロシアや韓国と本気で戦争するのはだめなのですか。中国となら戦争をするのですか。そして何百万もの国民のいのちを奪うのですか。




萬葉版画館 宇治美術館111

万葉集10-2116

宇治敏彦制作板画 萬葉集10巻2166
いもがてを とろしのいけの なみのまゆ とりがねけになく あきすぎぬらし(作者未詳)

民族か、宗教か、人間愛か。深まるミャンマー危機   宇治 敏彦

 ミャンマー西部ラカイン州に暮らす少数民族ロヒンギャの人々が迫害を受け、隣国バングラデシュに緊急避難している問題は、いっこうに打開策が見えない。アウン・サン・スー・チー女史(国家顧問兼外相で事実上の最高指導者)も9月19日の演説で「あらゆる人への人権侵害を非難する」と一般論を述べるとともに、ロヒンギャ難民についても「国籍確認の手続きを進め、受け入れる用意がある」と、ミャンマー国籍を持たないロヒンギャをミャンマー国民として受け入れる可能性を示唆した。
 しかし長年、民主化運動を推進してきてノーベル平和賞を受賞し、2年前に名実ともにミャンマーの最高指導者になったスー・チー女史の発言にしては歯切れが悪い印象をまぬがれない。国民の9割を占める仏教徒に配慮しているのかもしれないが、本来なら「一日も早くロヒンギャの人々の国籍取得を実現し、ミャンマー国民として誇りをもって国家に貢献してほしい」と発言すべきだろう。
 2年前、仕事でミャンマーを訪れた時、同国には135民族が暮らしていると知って驚いた。アメリカや中国も多民族国家だが、同じアジアでも人口13億の中国が55民族だから、人口5100万のミャンマーが135民族というのは、いかに「多民族国家」であるかを示している。その背景には東側はラオスやタイ、北は中国、西側はインドやバングラデシュという5か国に隣接している地理的状況も影響しているだろう。
 いま問題になっているロヒンギャも、もともとは19世紀にインドやバングラデシュから移って来たイスラム教徒といわれている。ラカイン州周辺に暮らすロヒンギャは約100万人といわれてきたが、既に40万人強が治安部隊などの襲撃を受けて家も焼き払われ、隣国のバングラに避難した。9月24日の朝日新聞朝刊によると、日本にも100人近いロヒンギャが避難しているが、難民認定を受けたのは18人にとどまっているという。
なぜロヒンギャの人々は、虐待されるのか。
 2つの理由がある。1つは「ホワイト・ペーパー」と呼ばれる国籍確認証明書がロヒンギャには交付されていないこと。つまり彼らはミャンマー国民ではなく、バングラなどからの「不法移民」という位置づけなのだ。国籍法を改正して長年ミャンマーに居住しているロヒンギャにもホワイト・ペーパーを交付したら良いではないかと思うが、軍や仏教徒の反対が強く、そう簡単にはいかない。スー・チー女史が19日の演説で「国籍付与」に言及しながらも確約しなかったのは、軍や仏教徒への配慮からに違いない。
 もう一つは宗教対立。特に国民の9割が仏教徒というミャンマーでは、ロヒンギャを自国民と認めたくない人びとが多いようだ。これはミャンマーに限らない。2年前、ミャンマーのヤンゴンで開催された国際新聞編集者協会(IPI)第64回総会に出席した際に出会ったスリランカのジャーナリスト、マノリ・カルガンピティヤさん(サバミヤ新聞編集者で人権活動家)は、次のような話をしてくれた。
 「2016年1月、コロンボ南西部で開かれた仏教集団の会合で反イスラム機運が盛り上がってイスラム教徒の商店や家が焼かれ、4人が死亡、80人がけがをした」
 彼女の話によると、スリランカでは人口の約7割が仏教徒で、イスラム教徒とのいざこざが絶えないという。「お互いにヘイトスピーチを止めるよう新聞でも書いているのですが」と強調していたが――。
 この大会にパネラーとして登壇した立正佼成会の庭野光祥次代会長は「人間の弱いところを救うのが宗教の役割であり、宗教間の対話も重要」と強調していたが、ミャンマーやスリランカの現実世界では「宗教」が対立や紛争の要因になっているのだ。「民族」も同じような一面がある。イラクからの独立の賛否を問うイラク北部の自治政府「クルディスタン地域政府」(KRG)による住民投票が25日に行われる。その行方も「民族」「国家」「宗教」問題に大きな影響を与えよう。
 筆者の意見は、こうだ。「民族とは、両親から引き継がれるもので、自分が生まれる前から定められており、誕生後に国籍は変えることが出来ても民族まで変えることは出来ない」「宗教は先祖から引き継ぐことも出来るが、主として成長後の自分の判断で選択ができる」。そういう側面を勘案すると「民族対立は、根が深いバックランドがあって、それを克服し融和を図るのは簡単なことではない」。一方、「宗教対立は個人個人の信仰心しだいでは変更や融和が『民族対立』よりやさしいかもしれない」。そうした中で何が「対立」解決の糸口になるのか。「それは民族も宗教も超えたところにある『人間愛』ではないのか」」
 

北朝鮮ミサイルとファクトとフェイク   小榑雅章

今日、9月15日、午前7時過ぎに、またけたたましく「首相官邸(災害・危機管理情報)が発せられた。
【北朝鮮ミサイル1】先程北朝鮮から発射されたミサイルは、07時06分頃、北海道地方から太平洋へ通過した模様です。なお、ミサイルの破壊措置の実施は無し。不審な物を発見した場合には、決して近寄らず、直ちに警察、消防又は海上保安庁に連絡して下さい。

この官邸からの警報に対し、527件の返信 11,916件のリツイート 9,061 いいね があったことが付記されている。国民の関心の高さがわかる。
テレビのニュースでも、この警報を受けて、何人かの市民の顔がアップされ、「怖いですね」「なんとか止めてもらいたい」「生活が脅かされる」などの談話が報じられている。
この前のブログで同人の宇治さんが、「新聞で見分けるフェイク 知るファクト」という記事を発表しているが、この官邸の危機管理情報は,ファクトなのだろうか。新聞も、これをそのまま報道しているし、なにしろ首相官邸という最も権威あるところの発表だから、ファクトに間違いない、と日本中思っているのだろう。
そして、怖い、いつミサイルが落ちてくるかもしれない。地下室に入れと言われるが、近くにはないし、安全なところに避難と言っても、どこなのか・・・など街でも話し合われているが、本当にミサイルが落ちてくる可能性などあるのだろうか。
つまり、北朝鮮がミサイルを打ち上げ、北海道の上のほうを通過したというのは、ファクトなのだろう。
しかし、それが落ちてくる可能性は、どのくらいあるのか。避難しろとか不審物発見というほどの頻度で、部品、破片などが落ちてくる可能性があるのか、それはファクトなのか。フェイクではないのか。
地下に入れとか不審物を発見したらとか、漁船は注意しろとか言われると、かなりの確率で落ちてくる可能性があるように受け取る。事実、街の声は不安を表し、じっさいに地下室を探している人もいるのだ。
北海道上空通過というのも疑問だ。高度は800キロだという。
領空というのは、大気があり、飛行機が飛べる空間で、80Kmから120Kmの高さといわれているが、それ以上は宇宙空間で、人工衛星がたくさん飛び交っている。今回のミサイルの高度が800キロだとすると、領空といわれる大気圏の10倍も上のほうだ。これを上空というのは、ファクトなのか。フェイクではないのか。ちなみの国際宇宙ステーションの高さは400キロだが、誰も危険だと言わない。
つまり人心を、危険だ、北朝鮮はけしからん、という方向に誘導しようとしたら、破片が落ちてくるように報道し、ミサイルと飛行機と混同するような表現になる。
おなじ事象が、報道によって安全にも危険にも取れるのだ。
つまり、ファクトとフェイクは、報道する側の姿勢、知識、配慮、意図などによって、全く変わってくることも考えておかねばならない。

ちなみに、首相官邸に送られてきたツイッターに
<安倍晋三 支持率落ちたら 北朝鮮>というのがあったそうだ。

フェイクニュースをどうしたら見抜けるか   宇治 敏彦

 「新聞で見分けるフェイク 知るファクト」。今年の新聞週間(10月15日~21日)の代表標語である。横浜の田村美穂さん(無職、64歳)がつくったもので、10月17日、広島で開かれる第70回新聞大会で披露される。
 さまざまな情報伝達手段が世界中に普及し、無数の情報が国境を超えて飛び交っている今日、どの情報が正確(ファクト)で、どの情報が虚偽(フェイク)なのかを見分けることが非常に困難になっている。
 意識的に偽のニュースや情報を流す行為も行われているし、また偽ニュースを流して商売にしている人たちもいるというから驚きだ。毎日新聞が報じた「偽ニュース『売れる』。米サイト最盛期、ライター20人」という記事(8月10日朝刊)によると、米国で「フェイクニュース王」と呼ばれていたロサンゼルスのジェスティン・クーラー(41歳)という人物はネット上で「ナショナル・リポート」という名称でフェイクニュース(偽の記事)を流してきたという。
 たとえば昨年も米大統領選名中に「ヒラリー・クリントン氏のメール問題を捜査していた連邦捜査局(FBI)捜査員が、妻と無理心中した」といった偽ニュースを流し、フェイスブック上では閲覧数が150万回を超えた。閲覧数が増えると広告収入も増える仕組みで、クーラー氏は最盛期には20人のライターを抱え、年間60万ドル(約6600万円)を稼いでいたという。
 こうしたフェイクニュースが大統領選にも大きな影響を与え、トランプ当選、クリントン落選の一因になったともみられる。毎日新聞のリポートによれば、クーラー氏は大統領選後に反省して今はフェイクニュースを流すのを止めたという。しかし、自ら反省して偽情報の発信や流失を止めた人は、ごく一部で、世界中には毎日、無数のフェイク情報が発信されていると見るべきだろう。
 それは日本でも例外でないと思うが、幸い日本では日刊新聞が「ファクト報道」第一主義を堅持していることが救いだ。筆者も2000年、改定に関わった「新聞倫理綱領」(2000年6月21日制定)の一項目では「正確と公正」を掲げ、次のようにうたっている。
 「新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない。論評は世におもねらず、所信を貫くべきである」
 日本の新聞界では、細かい誤報でもそれが正確でないと確認された場合は訂正記事を出し、社内的処分を行うことが慣例となっている。「あくまでも正確を期そう」という歴史的慣習が定着している限り、日本ではアメリカほどには虚報は流れないだろうと筆者は信じている。
 だが、新聞購読者が減少を続け、ネット利用者が増大していく傾向の中で、いつまでも「日本は大丈夫」と胸を張ることは出来ない時代が到来しているのかもしれない。「ネット社会の中で『見分けるフェイク、知るファクト』をいかに確立するか」。それが大きな課題になって来た。
 
 

萬葉版画館 宇治美術館110

万葉集10-1861

宇治敏彦制作板画 萬葉集10巻1861
のとがはの みなそこさへに てるまでに みかさのやまは さきにけるかも (作者未詳)


出会った人々23 「人間党」をつくりたかった羽田孜元首相   宇治 敏彦

 羽田孜元首相が8月28日、82歳で亡くなった。
 日本の政界で「人が良い政治家は誰か」と問われれば筆者は、羽田孜氏か伊東正義氏(大平内閣の官房長官)をあげる。異論は少ないに違いない。
金丸信・元自民党副総裁(故人)は、旧田中派の3人を次のように表現した。「平時の羽田、乱世の小沢(一郎)、大乱世の梶山(静六)」。これも絶妙な表現だと話題になったが、羽田氏が総理大臣になったのは皮肉にも政界が大乱世の時代であった。
 1993年(平成5年)に大ブームを巻き起こした細川護煕政権は非自民非共産の8党派による連立で、羽田氏も新生党の党首として同政権では副総理兼外務大臣を務めた。細川政権の使命は「政治改革」で、野に下った自民党(河野洋平総裁)との合意で政治改革4法を成立させた。小選挙区比例代表並立制の導入や政党助成金の交付などである。
 だが、その直後に突然のように「国民福祉税」構想(3年後に7%の国民福祉税を導入するというプラン)を打ち出したので、与党内でも社会党などが猛反発した。これを境に細川政権は急速に内部分裂をきたした。しかも細川首相は佐川急便からの1億円借り入れや義父名義のNTT株取得問題で窮地に立ち、約8か月で政権を投げ出した。
 その後に登場したのが第80代首相の羽田氏である。
 しかし、この時点では社会党も野党に転じたので羽田内閣は39年ぶりの少数与党政権となった。こういうときは解散・総選挙によって打開の道を探るのが常道だが、小選挙区制の施行を前に中選挙区制の下で解散するのは「政治改革つぶし」と世論からも集中砲火を浴びるのが目に見えていたので、総辞職に踏み切った。在任期間は64日間と戦後の超短命内閣に終わった。
 羽田氏にまつわるエピソードを一つ。小沢一郎氏らと自民党を離党して「政治改革」を旗印に新生党を立ち上げ、細川政権をつくり、細川退陣後は自らの政権となったが、政治的実績はゼロに等しかった。その後は自民党と社会党が組んで村山富市氏(社会党)を首相とする「びっくりの連立政権」が誕生し、政界は1955年体制の秩序が完全に崩壊した。小沢一郎氏が1994年に今度は自民党の海部俊樹氏を党首に担ぎ出して新進党を立ち上げた。しかし新進党も3年後の1997年末には6党に大分裂をきたし、小沢氏は自由党、羽田氏は太陽党を結成し、自民党離党以来の小沢―羽田連合もついに破局をきたした。
 この時の「太陽党」というのが、いかにも羽田氏らしいネーミングだが、実は「人間党」というのが最初の案だった。しかし、選挙に詳しい事務局員から「立候補者の一覧が新聞などに掲載される際に党派の個所で『新人間』『現人間』『元人間』とかというのは、いかがなものですか」と異論が出され、「太陽党」に落ちついた。
 28日、本当に「元人間」になってしまった羽田孜さん。貴方のような「人の良い政治家」がいなくなった今日の政界に、もう一度舞い戻ってきていただけませんか。

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防衛費が毎年増額されるが、なぜですか?   小榑雅章

今日の新聞には、「防衛相5.2兆円要求へ」という見出しが掲げられている。
「防衛省は二〇一八年度予算の概算要求で五兆二千五百五十一億円を盛り込む方針を固めた。・・・北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイル発射に対応するための態勢強化を重視した」(東京新聞)
安倍内閣の発足した2012年の防衛費は、4兆7千6百億円だったから、この5年間で10%も軍事費が増えたということだ。
増額もさることながら、なぜ増額するのか、その理由である。
「北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイル発射に対応するための態勢強化」だというが、本気で弾道ミサイルに対抗できると思っているのだろうか。
もし、北朝鮮がわが国に対して、ミサイル攻撃をすると宣言しているのであれば、本気で対抗しなければなるまい。しかし、北朝鮮はミサイルをサイパンの領海外に飛ばすとは言っているが、日本の上空を通過すると言っているだけだ。上空といっても領空でもなく、はるか宇宙空間で、そこはやたらと宇宙衛星が通過しているところだ。衛星が通過するから大変だ、落ちてくるかもしれないから迎撃態勢をとらなければ、なんて誰も言わない。そんなことを言ったら、お前はキチガイか、と馬鹿にされるだろう。しかしいま政府や、四国や中国地域の自治体では、万一落下して来たら、堅牢な建物の中に避難してください、と指導している。滑稽というか、国民をばかにするのもほどがあるということだ。
安倍内閣は、ありもしない恐怖を宣伝し、防衛力増強しなければ、と煽っている。自民党だけではない。民進党の中にも同じ尻馬に乗る議員もいる。
そんなに防衛費を増額し軍備を増強したいのか。
防衛力増強は、ここ数年毎年ずっと続いているが、その理由が尖閣列島だった。尖閣に中国が攻めて来たら大変だ、防衛力を増強して、備えなければならない。
本気なのか問いたい。中国が万一尖閣列島を占拠したら、増強した自衛隊で戦うのですか。ドンパチやって戦死者が出ようが沈没しようが、断固戦うのですか。
局地戦ではとどまらず、全面戦争で中国と闘うのですか。国民もみんな賛成するのですか。
国土防衛を叫び、尖閣や北朝鮮を理由に防衛力増強をあおるなら、まずその前に教えてもらいたいことがある。
竹島は、日本固有の領土でしたよね。歯舞も色丹も日本の国土ですよね。
なぜ自衛隊が攻めていって国土を取り返さないのですか、教えてください。
なぜロシアや韓国とドンパチ戦って、わが国の領土だからと取り返さないのですか。
安倍さん、教えてください。

萬葉版画館 宇治美術館109

萬葉集6巻924
宇治敏彦制作板画 萬葉集6巻924
みよしのの きさやまのまの こぬれには ここだもさわく とりのこえかも(山部赤人)

(出会った人々)㉒                                          超高齢社会のトップランナーだった日野原重明さん  宇治 敏彦

 105歳で亡くなった日野原重明・聖路加国際病院名誉院長には小生が東京新聞代表を務めていた当時の2004年10月1日(飯野ホール)と20005年12月10日(日比谷公会堂)の2回、「東京新聞フォーラム」で講演していただいた。
 その時、印象に残ったことを書きとめておきたい。
1、「3年先まで講演依頼で手帖が埋まっているんですよ」と言って、実際に手帳を見せていただいた。親しかった瀬戸内寂聴さん(作家)が「あの方は亡くならないものだとばかり思っていた」(18日、東京新聞夕刊)と感想を漏らしているように、心身とも元気な大先生だったから恐らく今年の手帖も体調を崩されるまでは講演日程で埋まっていたはずだ。
2、ご高齢なので座って講演いただける机、椅子、固定マイクを当方で用意していたが、「私は立ってしゃべりたい」とハンドマイクで1時間余のお話をこなされた。それも棒立ちではなく、壇上で満席の会場を見回しながら右へ左へと活発に移動しつつ話されるのだった。
3、90歳過ぎて念願のオーケストラの指揮者を体験したことや高齢者のソフトボールチームを結成して監督になったことなど、身振り手振りで楽しく話されるので、聴衆の多くは驚きを隠せないと同時に、日野原講話のマジックに完全にはまっているように思えた。
4、一日の食事は「朝食はコーヒー、牛乳など。昼食はクッキー2枚、夜は御茶碗にご飯半分とおかず」。消費するエネルギーに対して「これで十分」というお話しだった。
5、日比谷公会堂には出入り口に階段がある。講演後に階段下までお見送りしたが、トントンと軽い足取りで御独りで身軽に降りていく姿は、とても90歳前半のお年寄りとは思えなかった。
 日野原さんの訃報が報じられた日に筆者は、たまたまフォーリンプレスセンターで開催された大内尉義・虎の門病院長(日本老年医学会理事長)の「高齢者は『75歳以上』」と題する講演会に参加していた。1956年のWTO提言の基づく高齢者の定義は「老年(高齢)前期(young-old)が65歳~74歳(現在は前期高齢者と呼ばれる)」「老年(高齢)後期(old-old)は75歳~89歳で後期高齢者」「超高齢者(extremely old)は90歳以上(超高齢者)」となっている。
だが「平均寿命が著しく伸びたことで、この定義は現状に合わなくなっている」というのが大内院長らの認識だ。男性だと64歳→80歳、女性だと68歳→86歳で、「高齢者、特に前期高齢者は、まだまだ若く活動的な人が多い」という。そこで大内先生らは「日本老年学会(甲斐一郎理事長)と合同で「高齢者に関する定義検討会」を2013年に立ち上げ、このほど新しい「高齢者定義」に関する提言をまとめた。
 それは「75歳以上を『高齢者』と定義する」というもので、具体的には「65歳~74歳は准高齢者(pre-old)」「75歳~89歳は高齢者(old)」「90歳以上は超高齢者(oldest-oldまたはsuper-old)」というわけだ。
 「准高齢者を新たに設定することは、最長寿国日本において元気で活動性の高い年齢層の幅が広がったことを世界に発信する契機になるだけでなく、国民の感覚に即した意識改革の契機になる」と大内先生(68歳)はいう。社会保障政策への影響をはじめ是正が必要な現実的問題を内包していることは確かだが、日本における超高齢化現象の加速を勘案すると、大内先生らの意見に国も自治体も真摯に耳を傾け、再検討する機会であろう。
 筆者が何よりも驚いたのは故日野原氏のような100歳以上の日本人が2012年は5万人だったのが2025年には30万人、さらに2060年には65万人になると推計されていることだ。若者1.2人で1人のお年寄り(65歳以上)を見る時代が2060年には来ると言われるが、そのうち60万人は100歳以上とは想像もつかない。
 まさに日野原重明さんは「超高齢社会・日本」のトップランナーないしはモデルみたいな人物だったのだ。先生の死を契機に私たちは「元気で活力に富んだ超高齢化国家」をいかに造っていくかを考える時を迎えている。

国民は不幸です    小榑雅章

安倍内閣の支持率がどんどん下がっている。
今日発表された時事通信の世論調査では、「・・・安倍内閣の支持率は前月比15.2ポイント減の29.9%となった。 2012年12月の第2次安倍政権発足以降、最大の下げ幅で、初めて3割を切った。不支持率も同14.7ポイント増の48.6%で最高となった」と報じている。
むべなるかな、と正直思う。あの尊大な、人を人とも思わぬ内閣総理大臣の態度には、国民は許しがたい思いで来たのだろう。だから、支持できない理由に・・・「首相を信頼できない」が前月比8.7ポイント増の27.5%と急増。前月と今月だけで14.9ポイント増となった。次いで「期待が持てない」21.9%、「政策が駄目」15.8%の順。・・・という結果だ。
だが、問題は、単純ではない。調査結果の続きを見ると、「政党支持率は、自民党が前月比3.9ポイント減の21.1%、民進党は同0.4ポイント減の3.8%。以下、公明党3.2%、共産党2.1%、日本維新の会1.1%と続いた。支持政党なしは同4.5ポイント増の65.3%となった」
なんじゃ、これは。自民党もわずか21%でダメだが、それに代わる受け皿がない。自民党に代わって、政権を任せたいところがない。民進党は、なんと3.8%。だ。100人のうち、たったの4人もいないのだ。この党には、もう国民は失望して、誰も頼りにしていない。
そして、支持政党なしは、なんと65.3%だ。3人に2人は、どこに投票していいか分からない状態なのである。
国民が期待しているのは都民ファーストの小池都知事ではない。別のアンケートでも明確なように、小池氏には、国政は期待していない。
国民は不幸だ。この不幸な状況を誰が打開してくれるのか。
特定秘密保護法、共謀罪、集団的自衛権、そして憲法9条改憲・・・この安倍政権と自民党に代わる勢力を結集してほしい。
支持政党なしは65.3%もいるのだ。民進党も、社会党も自由党もみんな解党して、国民の負託を受けられる民主的な党を結成できないものだろうか。でも出てくるのが、あの失望落胆した民主党幹部の面々では、国民は、投票できないなあ。
国民は不幸です。

出会った人々㉑ 宏池会を陰で支えた木村貢さん   宇治 敏彦

 池田勇人元首相の秘書を経て虎の門・自転車振興会館5階にあった宏池会(池田派)の事務局長になり、前尾繁三郎、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一各氏などの歴代会長時代に政治資金集めや政治家のサポートなど陰で同派を支えてきた木村貢氏が6月16日、90歳で亡くなった。以前は毎年1月11日の鈴木善幸・元首相の誕生日に、鈴木氏を囲んで堀内光雄(元通産相、元宏池会会長)、瓦力(元防衛庁長官)両議員や木村氏を交えて担当記者OBで会食していたが、政治家側は皆、鬼籍に入ってしまい、集まるきっかけがなくなった。木村さんは、ここ数年、青梅方面の施設で家族と離れて療養していたが、訃報に接して筆者が思ったのは「池田、大平、鈴木、宮澤という4人の総理大臣や前尾という名衆院議長を輩出した名門派閥の時代は終わったなあ」という実感だった。
 10年前、木村氏の著作「総理の品格」(徳間書店)の出版記念会を前記のメンバー(善幸さんは2004年亡くなったが)で開催し、「2作目に期待して」と万年筆を贈った時には、照れくさそうにしながらも満面の笑みを浮かべていたキーさん(木村さんの愛称)の姿が浮かんでくる。
 その本には木村さんでなければ書けないエピソードがいくつも紹介されている。大平首相が1980年(昭和55年)の衆参ダブル選挙の最中に心臓病で70歳にして虎ノ門病院で亡くなった直後の秘話もその一つ。
 「大平の遺体を霊安室に移すまで、息子さんと一緒に病室にいたとき、何とはなしに私は枕の下を見た。すると、何かを包んだハンカチが出てきた。薄緑色のハンカチだった。何だろうと思って取り出して見ると、何かを記した紙のようなものが包まれている。気にはなったが、私はそれを開けなかった。それより――そうだ、これをお守りにしようと思った。そこで私は、それを家に持って帰った。何か困ったことが起こったとき、このハンカチに相談すれば大平先生の声が聞けるのではないか」
 私も個人的にキーさんからこの話を聞いたことがあるが、その時はハンカチでなくスカーフだった。ともあれ病人を励ますために誰かから贈られたものであろう。志げ子夫人以外の女性からだったろうと推察される。何が書いてあったのか。「総理の品格」では「そのハンカチはいまも持っている。わが家にある。だが、開けたことは一度もない。お守りだから中に何が入っていようとかまわない」と付記している。でも開けなかったとは信じがたい。中身について洩らさなかったのは生涯、政治家秘書に徹した木村貢の生き方そのものといえよう。
 木村さんは画家の平山郁夫氏(故人)と広島の小学校で同窓だった。そのせいで「家には平山さんからいただいた絵が一枚あるのです。我が家の宝物です」と自慢していた。
 「宝物」と「お守り」の話をもっと聞きたかったが、それも不可能になった。

萬葉版画館 宇治美術館108

萬葉集18-4114
宇治敏彦制作板画 萬葉集18巻4114
なでしこが はなみるごとに をとめらが ゑまひのにほひ おもほゆるかも(大伴家持)

「終活」への準備運動    宇治 敏彦

 今年9月で満80歳を迎える小生は、そろそろ「終活」を考えるべき時期なのだろうか。表題に「『終活』への準備運動」と書いたが、そもそも「終活」が「人生の終末に向けて自ら準備すること」を意味する表現だから、「死への準備の準備」みたいな題で、こんなタイトルを即座に付けること自体が「ああ、まだ現世に未練を持っている証拠だなあ」と思ったりする。
 やっている「終活」準備を列記してみよう。
1、本の整理。
自宅とプレスセンターの事務所にある蔵書のうち政治関係で、小生が執筆活動に使わなくなったもの(著名政治家の個人全集など)を順次、知り合いの政治学者数人に差し上げている。衆参両院議員選挙、統一地方選挙のデータ類も数年内には使い終わると思われるので、使用後は国政選挙・地方選挙を研究している別の学者に贈呈することを約束した。
問題は、刊行されている出版物以外のデータ類である。筆者は政治部の駆け出し記者時代に内閣の憲法調査会(高柳賢三会長)を担当していたので、その当時のスクラップやデータも一部残っている。たとえば同調査会のメンバーたちに出した憲法改正の是非に関するアンケート調査で、中曽根康弘元首相をはじめ当時、同調査会の委員をしていた人達が自筆で書いてきた回答文が残っている。一度、獨協大学の政治学者にお譲りしたのだが、戦後70年とか日本国憲法施行70年といった節目の年を迎えて、テレビで憲法問題を何回も取り上げているドキュメンタリー工房の鈴木昭典代表(86歳)や青山学院大の憲法学者などから「ぜひ見せて欲しい」というので、現物を獨協大教授から戻していただいたケースもある。いずれまた再度差し上げるつもりだが、この種の生データはどうしたらよいか迷っている。
2、著作・スクラップ・写真の整理。
自分の著作は共著も含めると20冊以上になり、最低部数は保管している。記事スクラップも支局時代のものを含めて最低限にとどめているが、これも本棚のかなりの部分を占めている。写真は一応、家族もの、社内関係、社外の交友、海外取材などに分類したが、ゴルフの写真が結構残っている。さて、これらはどうするか。家族関係は家の者が扱いを決めるだろうが、小生自身のジャーナリストとしての活動の足跡は、家族には残されても持て余す存在だろう。
3、木版画の整理。
学生のことから木版画を彫ることを趣味としてきたので自宅と事務所に彫り終えた版木がかなり残っている。近年は万葉集版画を、この「埴輪」のほかに「暮らすめいと」(東京新聞の関連紙)、「メールマガジン・オルタ」(加藤宣幸氏発刊)、「ENERGY for the FUTURE」(エネルギー関連の雑誌)に掲載してもらっているので版木の数もまだ増え続けるだろう。それを処分する気にはまだなれない。
4、事務所
日本プレスセンタービルの8階にはキュービクルという小部屋中心の事務所が並んでいる。筆者は自宅に本や資料を収容しきれなくなって1995年11月からプレスセンターに小部屋を借りている。仕事場としては快適だが、最近は同じ階に部屋を借りていた元NHKのU氏とか元日経記者のT氏とか知遇を得ていた記者たちが高齢などを理由に引き払い、寂しさを感じている。「自分はいつまで借りていようか」と時々考えるようになった。

 そのほか背広など衣類や本棚や机など家具類は、小生の死後に家族が処理してくれるだろうが、なるべくならあまり面倒を掛けたくないので、余計なものは買わないように心掛けている。
 東京新聞が6月10日付け朝刊「考える広場」で「終活しますか?」を特集した。その中で倉本聡さん(脚本家)は、子どもがいないので「ほっておくと法定相続ということになり、それにはまらないものは国に没収されてしまう」というので、真剣に終活を始めたと明かしている。「年を取るにつれ、今まで身に付いてきたものをどんどん捨てている感じはありますね。一首の断捨離です。平たくいえば、お客にこびる姿勢じゃなくて、自分がおかしければいい」
 一方、仏教思想家ひろ さちさん(80歳)は、終活は何もしていないという。「子供には『お父さんが死んだら、お骨はどうしてもいいよ』と言っています。死んだ瞬間に極楽浄土に行き、阿弥陀仏の弟子になると信じています」
 死に至る過程や死を迎える覚悟は、人それぞれだから、どれがベストの道というのは難しい。要は、いつ死が訪れても後悔がないよう毎日を真剣に生きること。それが私の「終活」だと思っている。

森友・加計選挙をやろう    小榑雅章

日本人の3割しか知らないことを知っていると、ハナタカだそうだが、「李下に冠を正さず」という言葉の国民認知度は7割以上と聞いた。国民の常識である。
加計学園認可については、安倍首相は「自分は一切指示も関与していない、印象操作だ」と、しれっと胸を張っているが、例外中の例外でお友達だけに認可している事実を見れば、直接強権発動などはしなくても、「李下に冠を正した」ことは、誰がみてもわかる。為政者たるもの国民を馬鹿にしてはいけない。
それを恥ずかしげもなく、印象操作だなどと言いはる首相を戴いている日本国民は不幸だ。
これまでは、それこそ安倍さんの手前勝手な印象操作で支持率が高いようだが、いつまでも国民もだまされてはいない。森友・加計選挙をやってみようではないか。

わが日本には「共謀罪」をもつ資格はない   小榑雅章


テロ等準備罪に名前を変えた「共謀罪」も衆議院を通過してしまいました。
諸外国にはみんな「共謀罪」的な法律がある、日本だけがないから、国際条約の批准ができない、と政府は言っています。
そこで一つ伺いたい。戦前の日本には、治安維持法という法律があり、多くの無実の人々が言論・思想を弾圧され、投獄、獄死させられた歴史を持っている、諸外国は、こういう歴史を持っているのですか、と問いたいのです。
かつてのわが日本では、戦争に批判的なことを、茶呑み話で少しでもささやいただけで、治安を脅かしたと警官にしょっ引かれたのです。
その結果、3百万人を越える同朋たちが亡くなりました。近隣諸国にもその10倍ともいわれるほどの被害を与えてしまいました。
残念ながら、私たち日本には言論も思想も封殺し、多くの人々を塗炭の苦しみに突き落とした歴史があるのです。他の諸外国にはない、負の歴史があるからこそ、すこしでもその恐れのあるような共謀罪・テロ等準備罪に反対するのです。
他国では、諸外国では、という論理は、日本には通用しないのです。

萬葉版画館 宇治美術館107

萬葉集6巻914
宇治敏彦制作板画 萬葉集6巻914
たきのうへの みふねのやまは かしこけど おもひわするる ときもひもなし(車持朝臣千年)

安倍首相の改憲「曲球(くせだま)」にどう対応すべきか   宇治 敏彦

 「安倍首相発明の改憲案には意表を突かれた」(文芸評論家・斉藤美奈子さん。10日付東京新聞朝刊「本音のコラム」)、「今回の9条改憲提案は、安倍さんが投げた曲球だと思います」(国際政治学が専門の加藤朗桜美林大学教授。9日付朝日新聞朝刊)などなど、安倍首相が5月3日(憲法記念日)の読売新聞紙上で明らかにした「改憲構想」が各方面に大きな波紋を投げかけています。
 安倍発言の骨子は「東京五輪・パラリンピックが開催される2020年施行を目指して①9条(戦争放棄)の1項、2項を維持したうえで、自衛隊に関する条文を追加する②教育無償化に関する日本維新の会の提案を歓迎する」というものです。
 なるほど「曲球」、あるいは「癖球」ですね。なぜかといえば、第一に連立を組んでいる公明党の「加憲」案や野党第一党の民進党内にもある「自衛隊明記論」(たとえば前原誠司氏の「9条3項、あるいは10条で自衛隊について明記する案」)などに配慮していること。
第二に、世論の取り込みのために「9条1項および2項には手をつけない」と明言していること。そして第三には「教育無償化」など9条以外のテーマでも日本維新の会など野党の改憲案に同調していることです。
 「読売新聞はさすが腰巾着、9日の社説でも『各党は、生産的な改正論議を展開してもらいたい』などと、ふんぞり返って書いている」と前掲の斉藤さんは指摘しますが、時事通信OBの杉浦正章氏は毎朝発信しているブログ「今朝のニュース解説」(11日)で次のように言及しています。
 「安倍が唐突に見える決断を下した背景を見れば、読売が絡んでいるという見方が濃厚だ。読売OB筋によると『どうもナベさんの進言が利いたらしい』とのことだ。読売新聞グループ本社主筆渡辺恒雄が首相に最近進言したというのだ」
 読売は既に同社としての「憲法改正試案」を作成(1991年以来、数回にわたり紙面で公表)しており、その第12条で国防に関して(1)自衛のための軍隊の保持(2)その最高指揮官は首相(3)国民に軍隊参加を強制しない、と規定しています。自公連立で衆参両院において3分の2を占めているうちに「改憲に着手すべきだ」と渡辺主筆が安倍首相にハッパをかけるのも十分あり得ることでしょう。安倍3選が可能な情勢になり、しかも2020年の東京五輪のお祭り騒ぎと一体化すれば、憲法改正という自民党結党以来の「宿題」も実現できるとあおったかもしれないと、筆者は想像しています。
 自民党内には「行政の長たる総理大臣には、もう少し慎重であっていただきたかった」(船田元・自民党憲法改正推進本部長代行)、「戦力を保持しないという9条2項が生きていては、自衛隊が警察なのか軍隊なのか答えが出ない」(石破茂・前地方創生相)など安倍首相の改憲発言に懸念、ないし異論をはさむ向きもあります。しかし、「当面9条改正は考えない」としてきたハト派集団の宏池会会長・岸田文雄外相は「いろいろな意見、考え方が示されるのは議論の活性化という点で意味がある」と安倍発言に困惑の表情ながら全否定の態度は示していません。やはり「安倍一強政治」の中で総理総裁に歯向かうことは与党幹部、主要閣僚といえども至難というのが現状のようです。
 野党第一党の民進党も前記のように9条改憲論者を党内に抱えて蓮舫代表が身動きできない状況です。
 筆者は、今日のようなナショナリズ再台頭の時代こそ日本は9条改憲をステップにする「武の政治」に偏るのではなく、戦後70年守られてきた平和憲法の「文の政治」による英知とリーダーシップを発揮すべきだ思います。
 幸いフランスの大統領選挙では反EU(欧州連合)を訴えた極右・国民戦線のルペン女史ではなく、EU統合推進派の中道・独立系の若手政治家(39歳)マクロン前経済相が勝利したことで、ヨーロッパ分裂の危機や右派台頭は一旦回避されました。メルケル独首相やEU首脳が喜んだのも無理はありません。また韓国の大統領選挙でも革新系野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏が対抗馬2人に大差をつけて当選しました。文大統領は10日、就任演説を行い、「私の心は統合と共存の新しい世の中を切り開いていく青写真で満ちている」「条件が整えば、平壌にも行く。朝鮮半島の平和定着のためなら、私が出来る全てのことをする」などと決意表明しました。
 この2つの大統領選結果に見られるような「文の政治」志向がいま地球規模で求められているのです。安倍首相の「9条改憲提案」に対して私は次の3点を逆提案します。
1、 トランプ米大統領の「アメリカ第一主義」に代表される世界的な「自国中心主義」の台頭に歯止めをかけ、冷戦終結後の「国際協調主義」機運を復活させるために、日本は「不戦の誓い」である憲法9条(戦争放棄)の精神に基づいて戦争・紛争には関係ない「経済」「技術」「人的支援」などの側面で、こうした協力が出来るという「日本の世界サポート計画」をまとめ、各国に提示してはどうだろうか。
北朝鮮に対しても、同国が核開発など軍事面での威嚇行動を停止すれば、経済的支援の用意があることを具体的に表明してはどうか。
2、 いま世界が「自国主義」に走っている底流にあるものとして「貧富の格差」「未来への不安」「人種差別」などがあります。それらの解決に向けて日本が「1億総活躍社会」規模でなく「地球総活躍社会」への提言やその推進のための組織作りに旗振り役を買って出てはどうだろうか。
3、 「過激派テロ」「難民・移民の急増」という問題が解決しない限り世界的な安定は至難の業です。「視線を上げて世界、未来を見つめながら、どういう国にしていきたいのか、平和で安全で繁栄している日本をどう守っていくのか、どう理想に近づけていくのか、それぞれが考える憲法論議にしていきたい」(3日の読売新聞での安倍首相インタビューでの発言)のであれば、まずは戦後70余年にわたり平和憲法の下で努力してきた日本の実績を世界に喧伝し、「平和憲法」イコール「国の発展」であるとの「模範」を誇示してはどうか。
 論客の田中秀征氏(元経済企画庁長官)は安倍提案への疑問として「9条の1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むのは明らかに矛盾」(9日付朝日朝刊)と強調しています。その通りですが、その点を追及するだけでは「安倍流曲玉」を跳ね返せないでしょう。条文表現の問題という視点を超えて、「不戦国家日本」という信念を貫く度胸や高い理念、具体策を提示することこそが安倍首相への返球になるい違いありません。

安倍さん、9条だけでなく15条も25条も憲法改正したら   小榑雅章

安倍首相は憲法記念日の3日に、憲法を改正すべき項目として9条を挙げて「1項、2項を残しつつ、3項に自衛隊を明文化し、2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」との考えを示した。その理由として、憲法9条については「多くの憲法学者が、自衛隊は違憲としている。それを放置するのはあまりにも無責任だ」として、憲法を改正して自衛隊の根拠を9条に追加して現実に合わせてあげるのだとの考えを強調した。
「憲法学者が、違憲とか違憲状態というのだから、改正して現実に合うように憲法を改正しなければならない」というのだとしたら、改正しなければならない条項は他にもいろいろある。
たとえば、第十五条。
  公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
  2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
国民の誰かが、財務省の役人や区役所の窓口担当者を「選定したり、罷免した」ことなど、あるだろうか。また「全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」なんて、だれも信じられないだろう。国会議員の多くは、業界団体、地方地方の要望を背負って当選してくるのだから、「それはダメだ、一部の奉仕者ではない」といわれても、へらへら笑うしかないだろう。
教育勅語教育に感激して、首相夫人が名誉校長になったら財務省も特例をもうけてサービスをする、野党に攻められても、安倍一強のなかで、誰も異を唱えないで下を向いている。だれも憲法違反だ、けしからん、憲法を改正して「公務員は全体の奉仕者ではなく、一部の奉仕者である」とか、「公務員の選定も罷免も出来ません」と改訂しよう、などとは叫ばない。
 第二十条はどうだ。
 この、第3項 「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と明記されている。しかしそれにも関わらず、総理大臣も、大臣たちも公務員たる国会議員の多くが、靖国神社という特別な宗教団体に公式参拝したり榊を奉納したりという宗教的活動をしているのは、憲法違反だと憲法学者もいっている。だから「国及びその機関は、靖国神社は特別に宗教的活動よろしい。公務員も参拝してよい」と憲法改正をすべきなのだが、安倍首相はこのことは何も言わない。
 もっとも重要なのは、第二十五条だ。
  第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
  2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
最大の問題は、この「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と日本国憲法に明記されているこのことが、この日本という私たちの国で守られているか、ということだ。
 つい先日、7日の夜中に福岡のアパートが全焼し、6人が亡くなった。違法の木造アパートにでも住まわざるを得なかったほど困窮した人たちだったと言われている。健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有するような状態ではなかったのだ。
 母子家庭で、保育所がないから勤めに行けない。母子が餓死寸前で見つかったと言う報道もあった。
 日本人の約6人に1人が相対的な貧困層という調査もある。この調査で生活意識が「苦しい」とした世帯は59.9%だった。貧困率が増加しているのは、長引くデフレ経済下で子育て世帯の所得が減少したことや、母子世帯が増加する中で働く母親の多くが給与水準の低い非正規雇用だと分析されている。
 「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と憲法にあっても、なおこういう現実がそこにある。
 現実がこうだから、この二十五条を「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有しない。一部の貧乏人は仕方がない」と、憲法改正しようと安倍さんは提案するだろうか。
  憲法というのは、国民の「希望」だ。「目標」だ。「願い」だ。それがあるからその目標に少しでも近づこうと政治も国民も頑張るのだ。「戦争はもう絶対にしない」というのが国民の希望なのだ。
 それをやめて、現実だからそれに合わせるというのでは、それは憲法ではない。そこにはひどい現実しかない。それを少しでもなくそうと言う「希望」も「目標」も「願い」もなくなってしまう。
 安倍という人は、国民の「希望」も「目標」も「願い」も奪い去ろうと言うのか。

あなたの息子を戦死させていいのか―中内功の原点    小榑雅章

 昭和55年2月7日、京都の国立京都国際会館で関西財界セミナーが行われていた。折から、ソ連がアフガニスタンに侵攻していて、基調講演を行った日向方斉関西経済連合会会長は、ソ連の脅威を前提に徴兵研究の必要性を主張した。
 「日本は、本格的な局地紛争の抑止力を保つ必要がある」と説き、「国民一人一人が国を守る心を育成するべきだ」と問題提起した。
 その時、会場から「異議あり」という声を上げたのが、ダイエーの中内功社長だった。第二次世界大戦で一兵卒として召集され、フィリピンの山の中で米軍と闘い、手榴弾で全身に負傷し、九死に一生を得た経験があった。戦争だけはやってはいけない。「あなたは息子さんが戦争に行って戦死してもいいんですか」とつめよった。さらに「わが国は対米追随ではなく、ソ連を仮想敵国とみるべきではない。日本は貿易などで東西の架け橋になるべきだ」と反論した。
 これに対し、日向が激しく反論。さらに他の参加者からも国防費拡張を支持する発言や「憲法を改正して自衛隊を国防隊として内外に認識させるべきだ」などという意見が相次いで、中内さんは孤立した形になった。それえでも一歩も引かなかった。
日向会長には、公私にわたってお世話になっていた大先輩だったが、私はひるまず、主張した、戦争だけは絶対にいかん、と私は何度も中内さんから教えられた。
 いま、安倍首相は憲法改正に前のめりになっている。自分が歴史をつくると意気込んでいる。先週の憲法記念日の5月3日には、「2020年までに憲法9条に自衛隊を書き加える改正を行なう」と言い出した。
 北朝鮮が攻めて来たらどうする、ミサイルを撃ち込まれたら大変だ、尖閣列島を中国に取られていいのか、と国民の恐怖をあおって軍備増強と憲法改正を実現しようとしている。
 本気で、北朝鮮が攻めてくると言うのか、北朝鮮ときちんと話し合ったのか、北朝鮮が何を求めているのか、正面から話し合ったのか。中内さんの言うように「日本は貿易などで東西の架け橋になるべきだ」とは考えないのか。
日本はトランプ大統領の尻馬に乗って、憲法改正の機運に利用しようとしているが、国民を目くらましにし、間違った誘導をしてはならない。
 戦争は絶対にダメなのだ。
 先の戦争で、310万人もの犠牲者を出したことを忘れてはならない。

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埴輪同人 宇治敏彦・小榑雅章
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 magazinehaniwa@yahoo.co.jp

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