なぜ「がんばれ」でなく「がんばろうや」なのか 小榑雅章

私は、阪神大震災のとき、新神戸の駅の近くで被災しました。鉄筋のアパートの7階でしたが、家具が倒れてきて、すんでのところで頭を砕かれるところでした。
神戸港の中突堤にある会社(FM放送局)もガタガタになりましたが、非常用電源で放送は続けていました。放送局は災害放送を発信する義務があり、被災したから中止します、などということはできません。放送を継続するために、社員たちは自宅が被災し、家族にけが人が出ていても、必死に歩いて出勤してきました。通勤はできませんので、みな泊りがけです。会社が同時に避難所です。家がこわれたので家族連れで来ている社員も何組かありました。夜はみんなコンクリートの床に直にごろ寝で眠りました。停電ですから、もちろん暖房もなく真冬の1月の寒さ、辛さを耐えました。
いま、東北の被災地のテレビをみるのがつらくなって消してしまうことが多いのです。辛さ、寒さ、ひもじさ、不安…それがみんな自分の体験に重なって、とても見ていられないのです。
テレビでは、「被災地のみなさん、がんばって下さい。私たちも一緒にがんばります」などという光景をよく見かけます。励ましのうるわしい光景です。
でも、正直に言えば、こういう言葉を聞くと、腹立たしくなるのです。言われなくてもがんばってるさ、これ以上どうがんばれというんだと怒鳴っていた、あの時の神戸の仲間の姿を思い出してしまうからです。善意の励ましになんということを言うのだ、と思われるでしょうが、心身ともにいっぱいいっぱいのときには、がんばれという励ましは、辛すぎるということもあるのです。
平安な東京や大阪などの被災地外の人たちから「がんばれ」といわれると、むかつくということもよく言われました。しかし被災者同士では、「お互いがんばりましょう」「がんばるしかしゃあない」と言いあったものです。
だから、阪神大震災の時の復興の合言葉は「がんばろうや、We love Kobe」でした。無関係の他者からの「がんばれ」ではなく、被災者同士お互い「がんばろうや」だったのです。
言葉というのは難しいものですね。
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