低レベルなら海に捨てても許されるのか 小榑雅章

 東京電力は4日、福島第1原発2号機タービン建屋にたまる高濃度の放射能汚染水の貯蔵先を確保するため、集中廃棄物処理施設内などで貯蔵中の低レベル汚染水を海に放出した。計約1万1500トンを約5日間かけて放出する。原子炉等規制法に基づく応急措置。
 東電によると、放出汚染水は…ヨウ素131など計1700億ベクレルの放射性物質が含まれ、放射能濃度は国が定める濃度限度の約1000~100倍という。
放出後に周辺海域の魚類や海草類を毎日食べ続けた場合、成人が受ける放射線量は年間約0.6ミリシーベルト。一般人が浴びてもよい人工放射線の年間1ミリシーベルトや、自然界から受ける同2.4ミリシーベルトを下回るという。(2011.4.4 時事)http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2011040400567 
 この報道を知ったとき、こんなことが許されるのか、と思った。
 なにしろ、一方で高濃度の汚染水が漏れている非常事態だから、それを処理するためには、国が定める放射能濃度限度の約1000~100倍という低レベルの海中排水は仕方がないではないか、という論理である。
 もっともらしい。だから、表立って大きな反対は起こっていない。
 でも、これっておかしくないか。こんな無茶苦茶な事態になっているのに、「魚類や海草類を毎日食べ続けた場合、成人が受ける放射線量は年間約0.6ミリシーベルト」だから安心だ、などというたわごとを、信じろというのだろうか。原爆以来、日本国民はどれほど放射能の被害を体験し、学習してきたとおもうのか。本当は心の中で、腹が立ち、不安で仕方がない。だから魚も野菜も、食べていいのか慎重にならざるを得ない。
 それに、海は日本の所有物ではない。世界の海につながっている。汚染は薄まっても他国の海を汚染する。日本の恥ではないのか。
 しかも、これほどの非常手段をしたら、確実に高濃度の汚染水は停められるという保証は何もない。
 そもそも、3週間前の3月12日以来、政府や東電は、大したことはない、念のための処置で、問題化しないように万全の対応をしている、すぐに収まるから冷静に、と国民に大本営発表を押しつけ続けてきたではないか。
 その後の経緯を観れば、枝野大本営発表は、すべて外れて事態は一向に好転せず、それどころか悪化の一途。戦線は拡大し、連戦連敗にも関わらず、敗退を転戦と言い換え、わが方の損害は軽微なり、と言い続けてきた日中戦争、太平洋戦争の発表と同じだとしか思えない。
 不安をあおることはよくない、という配慮かどうか知らないが、新聞やテレビはきわめて抑制的に(翼賛的に)原発事故を扱っている。しかしそれが国民の心をかえって不安にしていることを知るべきだ。国民にはお見通し、わかっているのである。
 永井荷風は、太平洋戦争の始まる年の昭和16年1月28日の断腸亭日乗の記述で次のように記している。
「支那は思うように行かぬゆえ、今度は馬来人を征服せむとする心ならんか。彼方をあらし、此方をかじり、台処中あらし回る老鼠の悪戯にも似たらずや」
 本当に、この政府や東電に任せておいて大丈夫なのか。


スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

magazinehaniwa

Author:magazinehaniwa
ブログ雑誌埴輪へようこそ!
埴輪同人 宇治敏彦・小榑雅章
連絡先
 magazinehaniwa@yahoo.co.jp

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
FC2カウンター
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR