瓦礫の中と避難地域で考えたこと  宇治敏彦

飯館村役場

 3・11東日本大震災からちょうど2ヵ月経った宮城県石巻市や福島県南相馬市、飯舘村などを小榑雅章さんと一緒に回ってきました。「百聞は一見にしかず」でしたが、被災地を見る前に想像していたこと、考えていたことと違っていた点、想像外だった点がいくつかありましたので、そのことを中心に書き留めておきます。
 第一に「被害格差」です。仙台でレンタカーを借りて高速道路を利用して石巻市に向かいましたが、同市内に入っても「どこに震災があったの?」と拍子抜けするほどの通常風景でした。ところが同市中央商店街に入ると状況は激変。信号機が停電で機能しないため全国から派遣されてきた警察官たちが交通整理をしています。「兵庫県警」のゼッケンをつけていました。旧北上川を渡ってマンガッタン(ニューヨークのマンハッタンに似た地形から地元でそう呼ばれるとか)の中洲にある「石ノ森萬画館」(宮城県登米市石森町生まれの漫画家・石ノ森章太郎氏を記念して2001年につくられたミュージアム)あたりにくると崩落した家屋が目立ってきました(幸い萬画館の楕円形の建物は無事でした)。岸に上がった船も見えます。さらに川を渡って八幡町、湊町に入ると、まさに瓦礫の町で、ただただ呆然とするばかりです。戦争で爆撃を受けたかのような廃墟です。
 東京でテレビ、新聞を通じてのニュースに接していると、石巻市なら石巻市全体が瓦礫の町になってしまったかの印象をもちますが、現状はそうではありません。海側に近い地域から津波の衝撃によって「被害格差」があることを実感しました。自然がもたらした被害は甚大ですが、「津波対策は決して出来ないことではない。津波から逃げられる地域に暮らすことが生命を守る第一条件」と思いました。東京のような大都会でも住宅やマンションを購入ないし借用する際に「あそこは高台だから大丈夫」とか「あそこは谷の底地のようだから水はけが心配」とか考えるではありませんか。それをもっと真剣に、学術的に、自治体ぐるみで研究し、実行すれば、津波の被害を矮小化できると私は思いました。
 第二は原発事故による放射能漏れの「被災格差」です。これは、より複雑な要素を内包しています。翌日、福島市内から車で国道14号線を通って計画的避難区域や緊急時避難準備区域に指定された川俣町(生糸の里として知られています)、飯舘村、南相馬市を訪ねました。まだ満開の桜をはじめ種々の花が咲き乱れ、新緑が目を癒してくれる山里の高台に飯舘村役場がありました。
 「村の水道水は、乳幼児も安心して飲むことが出来ます」。役場の入り口には、そんな立て看板が出ていましたが、その脇には鹿児島県志布志市から支援物資として送られてきた「志布志の自然水」が箱積みになっていました。(上掲写真) 福島原発の放射能漏れ事故に対する東京電力の補償金(1世帯100万円、単身世帯は75万円)の仮払いなどに関するお知らせが出ていました。ほとんど農業従事者の村ですが、計画避難中の農業ができないうえに、農機具のことも気になるのでしょう。善人ばかりとは限りませんから農機具を盗まれないかもしれないとの心配もあるようです。「広報いいたて」(5月10日発行)は「計画的避難にあたり農家の皆さんが心配されている農機具の保管については現在国を交えて検討中です。詳細が決まり次第皆さんにお知らせします」と広報していました。
 大気中の放射線量においては、福島第一原発1号機で水素爆発があった直後は飯舘村伊丹沢で44・7マイクロシーベルト(胸のX線集団検診では50マイクロシーベルト)が測定されましたが、現在は3・2マイクロシーベルトと93%減少しています。飯舘村は原発から半径30キロ圏外ですが、水素爆発直後の風向きで放射線量が増えたのでしょう。この風向きは人工的に変えるのが難しいのですが、原発の放射能漏れは人間が叡智を出せば防げないわけではありません。最大の「安全」は、原子力発電によるエネルギー創造を自然エネルギーなどに切り替えていくことです。福島第一原発は廃炉の方向ですが、それでも「家は壊れていないのに外部に避難しなければならない」「土地はあるのに耕すことができない」「牛はいるのに酪農ができない」などなどといった「被災格差」は、解決までに時間がかかりそうです。村役場では避難先希望場所として「ホテル」「旅館」「その他施設」などと書く用紙も張り出されていましたが、村民の切なる希望は自宅に帰れる日、生業に戻れる日の提示(メド)ではないかと想像しました。
 第三は、瓦礫と化した町や村の地域です。ここでは「救済格差」を感じました。強風が吹き荒れる中、南相馬の通行禁止に近い区域の海辺に立ってみました。防波堤は壊れ、本来は防波堤を保護するはずのテトラポッドが大量に陸地の奥まで津波の威力で流されていました。コンクリート舗装の道路もところどころ寸断され、まだ水が引かない大地に自動車がポツリポツリと横転しています。もちろん家屋は廃材のようになって跡形もありません。
「うーん」とうなったきり言葉も出ません。しかし、考えようによっては、このようにあったものが根こそぎなくなった大地のほうが(被災者には失礼な言い方になるかもしれませんが)復旧、復興は早いスピードでやれるでしょう。瓦礫とヘドロを除去すれば、新規工事にかかれるからです。厄介なのは中途半端な壊れ方をした建物とか、大きな船が突っ込んだ家とか、ローンで新築したばかりの店とか、撤去―再建に資金と手間隙がかかるところです。(これも被災者にはきつい表現かもしれませんが、「同じ破壊するなら、いっそきれいに津波がさらっていってくれたほうが」と思いたくなります)。
 以上、「被害格差」「被災格差」「救済格差」の三つが現地を見た私の感想でした。「がんばろう!石巻」「負げねど がんばる 明日を夢見て!」。石巻で見たスローガンや幟ですが、格差のない復旧、復興策を進めるには政府、自治体、地元民を中心にまさにかゆいところに手が届く気配り、きめ細かな政策が不可欠だと痛感しました。
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