中内功と松下幸之助  小榑雅章

今日8月2日は、中内功さんの誕生日です。
秘書時代、朝、顔を合わせたときに「おめでとうございます」とあいさつしたら、じろっとにらまれて、「君に関係ないだろ、そんなことより仕事をしろ」と叱られたことを思い出します。
松下幸之助さんの葬儀のことも、忘れられない思い出です。
ご存知の方も多いことですが、ダイエーが大きくなっていく過程で、松下電器との抗争は重要なエポックでした。ダイエーの社是は「よい品をどんどん安く、より豊かな社会を」でしたから、メーカー品を少しでも安く売ることを目指していました。ブランド価値の高い松下のナショナル製品の値引きは、恰好の戦略でした。しかし、松下側にしてみたら、こんな困ることはありません。定価を守って商売をしている松下傘下のナショナル電器店の商品が売れなくなり、ダイエーをなんとかしてくれという苦情が全国から上がってきて抑えきれなくなってきました。
そこで松下電器は、ダイエーへ商品を供給するのをとめるために、製品に目では見えない記号をつけて出荷しました。ダイエーで松下商品を購入し、この記号を調べれば、どこへ卸したかすぐに判明するのです。これは定価販売を強要する明確な独禁法違反です。それを国会で追及されて、松下はしぶしぶ認めました。
経営の神様の松下幸之助さんは無念やるかたなかったでしょう。
ある日、中内は、幸之助さんに京都にある別邸の真々庵の茶室に呼ばれて、「そろそろ覇道をやめて王道を歩んだらどうだ。その方がお互いのためだ」と言われたそうです。そのとき、中内は思ったと言います。「松下幸之助さんの王道とは、安い商品を欲しがっている国民のことは思っていないのだな」そして、「そうですか」とだけ答えて出てきたそうです。
1989年4月30日、松下幸之助さんの葬儀は、大阪の北御堂で行われました。私も中内と二人で一緒にいきました。
松下にとっていわば敵役だったので、無論招待はされていません。中内は一般参拝者の長い行列に並ぶと言いはりました。私はいくらなんでもと思い、中内を車に残して大急ぎで葬儀場に行き、谷井社長に中内の席を作ってほしいと頼みました。谷井社長は、中内さんが来て下さる、といって喜ばれました。
葬儀が終わって、中内が出てきた途端にマスコミに囲まれました。そのとき、「大先輩に敬意を表します」とでも言えばいいものを、「松下幸之助さんが亡くなって、やっと一つの時代が終わった」というようなことを言いました。それがテレビのニュースにでて「中内は喜んでいる」みたいにとられてしまいました。もちろん本人にはその気持ちはなかったのですが、君がついていながらあんなことを言わせて、お前が悪い、と周りからずいぶん叱られました。
もう4半世紀も昔のことです。
中内ダイエーは事実上消滅し、松下電器もナショナルもパナソニックと様変わり、松下の名前もなくなりました。「なにはのことはゆめのまたゆめ」ですね。
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