日本航空123便御巣鷹山に墜落、そして坂本九さん  小榑雅章

1985年8月12日、日本航空123便が群馬県御巣鷹山に墜落。乗員乗客524名のうち520名の方が亡くなりました。
航空事故の歴史の中でも、最大の悲惨な事故でしたが、私にとっても痛切な思いの事故でした。坂本九さんが搭乗していたのです。
1969年(昭和44年)7月1日発行の暮しの手帖2世紀1号から始まった「雑記帳」という頁は、著名人の依頼原稿やジャーナリスト、一般読者の投稿原稿など、800字以内の小文が、ごちゃまぜに並んでいるそれこそ「雑記帳」のような頁でした。この2世紀1号には丹羽文雄さんや平林たい子さん、松前重義さん、鶴見俊輔さん、林健太郎さんなどの原稿も掲載されましたが、編集長の花森さんがそのトップに選んだのが、坂本九さんの原稿「母の思い出」でした。
「…油っ気のなくなったおふくろの手に僕はよく、自分の鼻の頭の油をこすりつけました。前からおふくろは、僕がハンドクリームとかそんなものを買って帰っても絶対につけたりしないで、僕の鼻の頭の油をとって、『これが、私には一番だョ』っていってこすりつけてきました。/今でも、おふくろの手の筋、しみ、皺、ほくろを憶えています。本当に汚くて、美しい手でした。…」
3年ほど前に亡くなったお母さんを思う気持ちがあふれた、とつとつとしたとてもいい原稿でした。花森さんは、担当の私に言いました。「九ちゃんには毎号書いてもらおうや」
当時、1961年に大ヒットした「上を向いて歩こう」は国民的愛唱歌になっていて、坂本九さんはNHKの紅白歌合戦にも毎年出場していました。映画にもいくつも主演し、まさに国民的アイドルとなって、超多忙でした。
芸能誌ならまだしも、まったく畑違いの暮しの手帖に、しかも目次には「雑記帳」と載るだけで、個別の執筆者の名前は載らないような頁に、毎号書いてもらえるだろうか。おそるおそる切り出した私に、九ちゃんは、あのニコニコっとした笑顔で、「いいのかなあ、僕、文章へたですよ。それでよければ書きます。暮しの手帖ってとてもいい雑誌だって、みんな言ってますよ」
というわけで、これから3年間、毎号、九ちゃんの原稿をもらいに通うことになりました。
じつは、この3年間は、九ちゃんにとって特別な3年間でした。
まず、仕事の悩みでした。誰が見ても、順風満帆のようにみえる坂本九でしたが、じつは本当に悩んでいたのでした。私は、自分だけで抱えていないで、思い切ってその悩みを吐き出すべきだ、原稿に書いてほしいと言いました。
その原稿が暮しの手帖2世紀6号に掲載された「宣言」という文章です。
「…芸能界の道を歩いて十二年、その十二年目に、恥しいんですが初めて、アレ、この道は本当に自分の道かな、他の人の通る道じゃないのかな、芸能界に憧れだけで入ったけれどそのまま高速道路の渋滞中みたいに、戻ることも降りることも出来ずに、ズルズル進んで来てしまってどうすることも出来ない。…口惜しい!僕にも足がある、今からでも遅くない、この渋滞中の高速道路なんか飛び降りて、もう一度自分の道をみつけて、思い切り手をふり歩いてみたい、胸を張り、何も干渉されず、のびのびと……ところが坂本九という男は、自分で自動車のガラスを破り、外に出るほど、勇気が無い、全く、みっともなくて仕様がない、と、昨日迄は思ってました。/ところが勇気が湧いて来たんです。…『ヨーシ!男だ、やるぞォー』と、大声で叫んで、この道こそ俺の道だ、俺が思い切り手をふって歩ける道だ!という道を、もう一度探す勇気が湧いて来たんです、もし僕が、自分の道ではないと思ったら、僕は芸能界を去ります。/自分で飛び降りて、坂本九の本当の歩むべき道を発見するんです。進むんです。…」
この悩みの裏には、男として一人の女性を幸せにできるか、その資格があるのか、という自省がありました。恋をしていたのです。1年後の11号には恋をしていることを明言し、14号で柏木由紀子さんと婚約したことを報告しました。そして1971年の暮れに結婚した披露宴のことを16号で書いています。この披露宴には、私は締切に追われてどうしてもいけなかったのです。(残念)
全く幸せな坂本九でした。九ちゃんの文章にはてらいがありません。うれしい時にはうれしいと、恋しているときはウキウキとつづっています。
私は4つ年下のこの青年が大好きでした。
御巣鷹山の知らせは、実の弟を亡くしたような衝撃でした。26年後のいまもまた、8月12日は胸の痛む一日です。
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