喪主なき葬儀  宇治敏彦

 旧知の元カメラマンT氏が亡くなった。81歳。奥さんは既になく、子どもさんもいなかったので、練馬で独り暮らしをしていた。訃報に接して、葬儀・告別式にでかけた。これまで数え切れないほど多くの葬儀・告別式に参列したが、喪主不在の葬式は初めてだった。
 故人が住んでいた場所に近い練馬区谷原にある浄土真宗西本願寺派の敬覚寺(きょうかくじ)という寺で、参列者は十数人だった。親戚縁者は奥さんの甥御さんという男性など数人で、大半の出席者はその寺の門徒だった。聞いてみると、故人は奥さんを亡くしてから、その寺の門徒となり、門徒仲間で旅行したり、会食するのを楽しみにしていたようだった。
 私はT氏を幼いころから知っていた。敗戦直後の食糧難の時代に、どこで調達したのか、生きた鶏をひっさげてわが家を訪ねてきては、怖がる私たち幼い兄弟の前で鳥をしめて料理をつくってくれた。そのころのT氏は、新聞社で編集局の庶務的な仕事(当時は「坊や」と呼んでいた)をしていたが、後に写真部に移ってカメラマンになった。長いこと大相撲を担当した。中国からの引き揚げ船が入港する現場につれていってくれたり、新聞社の中を案内してくれたり、ともかく面倒見のいいお兄さんという感じだった。新聞社で総務・人事部長をしていた私の父が仲人になって遅い結婚をした。後に私が同じ新聞社で働くことになって社内で行き合ったり、飲みにつれていってもらった記憶はあるが、不思議なことに一緒の仕事をしたことは一度もなかった。
 相撲甚句が本堂に流れる中で、喪主なき葬儀は無事に終わった。住職が「相撲甚句の替え歌で仲間を楽しませてくれるなど、ともかく気さくで楽しい人でしたよ」と思い出を語ってくれた。最後まで面倒見の良さはTさんの持ち味だったのだ。小柄なわりに棺は重かった。見送って石神井公園駅まで独りで歩いた。駅前の光和小学校の校庭には大声をあげながら遊ぶ元気な子どもたち姿が見えた。救われる気がした。Tさんも天国で奥さんや私の両親に再会して大声をあげながらはしゃいでいるかもしれない。
 最近は「家族葬」や「直葬」が増えてきたという。ひょっとしたら「喪主なき葬儀」もこれからは増えるのであろうか。
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