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東日本大震災で学んだ報道の「品格」と「真実」  宇治敏彦

 「東日本大震災とメディアの役割」というテーマで外国人ジャーナリストも参加したシンポジウムが3月23日、東京都内で開かれた。その中でインドネシアの記者が「日本の報道で感心したのは被災者の遺体写真を一切掲載しなかったことだ」と述べた。CNN東京支局長は「私たちのニュース報道でも被災地で青い袋に入れられた遺体を写したことはあるが、遺体そのものの報道は避けた」と報告した。これは以前、「埴輪」にも書いたが、昨年来日したタイの記者も「遺体を写さずに自然災害のすごさを伝える日本人の感性に感動した」と言っていた。これに関連して英国「デリー・テレグラフ」紙副編集長兼首席政治論説委員が「それは“品格”と関わる問題だろう。だれも朝食の際に遺体の写真を見たいとは思わない」と述べると同時に「死体写真を新聞に掲載するかどうかは非常に難しい判断を迫られる。リビアの元首カダフィーが死んだ時、私たちは重要人物の死ということで死体写真を掲載した。しかし、たくさんの読者から抗議がきた」と報告した。カタールから来た「アルジャジーラ」放送の編集者は「サダム・フセインであれ、ビンラディンであれ、死体の写真を載せることがポイントではなく、彼らの死がどういう意味を持つかを伝えるのがポイントではないか」との見解を披露した。
 「人間の品格、尊厳を重視して遺体(死体)写真は報道しない」か、それとも「ニュースの重要性を伝えるために遺体写真も報道する」か――これは確かに難しい選択である。
仙台を本拠地とする新聞社・河北新報では、津波で流されるのに必死で抵抗する沿海部住民たちの写真を掲載するかどうかで社内の大論議があったと同社発行の本に記録している。編集局内では「掲載論」が大勢だったが、編集局長が念のために現地の記者の意見を求めた。「それを載せたらもちません」。現地の声を尊重して編集局長は「ボツ(不掲載)」を決断したという。その写真を掲載したら「もたない」とは、「自分たちの新聞は被災者とともに生きているのだ」というローカル紙の立場を重視した表現だったのだろう。
シンポに出席した岩手日報の論説委員長は、大震災から満1年の紙面で同紙が岩手県内の死者4671人、行方不明1171人のうち2200人の顔写真と短いライフストーリーを「忘れない」というタイトルで掲載したと報告した。「役所は個人情報ということで名前や写真提供は一切してくれない。私たちが独自で集めて作った特集だが、実は死者の顔写真を載せたら読者から強い反発があるのではと心配した。幸い好意的な反応が多かった」という。岩手日報は震災当時、避難所に収容されている被災者の名前を連日、詳細に報道した。各避難所に掲載された名前を写真にとって地域別に区分けして報じたものだが、これが読者にとっては大変役に立つと喜ばれたという。「個人情報はあくまでも保護すべき」なのか、それとも「時と場合によっては個人情報を積極的に公開すべき」なのか――これも震災報道が私たちジャーナリストに突きつけた宿題である。
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