物語詩「男と女の交響曲」①  宇治敏彦

 本を書くために資料を整理していたら半世紀前に書いた未発表の長編詩が出てきた。長いので何回かに分けて掲載したい。

 「男と女の交響曲」

 “In pricipio, Mulier est bominio confusio-----“
Madame, the sentence of this Latyn is,
“Woman is mannes joye and al his blis”
―Chaucer
“福音書のごとく女は確実に男を撹乱させるものだ------”
  奥様、このラテン語の意味は
 “女は男の喜びであり、彼の幸福のすべてである”ということです。
                       ―チョーサー(注1)

 序章(プロローグ)

 墓碑(はかいし)に供えてある草花の枯れ具合によって
 そこを訪れる縁者の足数(あしかず)が知れるように
 女の顔の浮き沈みによって
恋人の手紙(たより)の数がわかろうというもの
夏 開いた恋の花は華やかな踊りと同じに
生命(いのち) 短く
冬 芽をふいた恋は時間はかかるが
ひとたび実ると なかなか枯れにくい

さあ 甘い囁きと肉欲の筏(注2)に乗って
恋の冒険に
出かけてみようではないか。


第1楽章(驚愕)

             男の初恋は海へのあこがれ
             女の初恋は安楽椅子の座りごこち

若者は夏が始まると同時に恋をし
秋が訪れる前に 宝を失った
ある語学講習会の開講式
GOOTEN MORGEN(みなさん おはよう)
それでは始めましょうか
君も僕も。(注3)
あの理屈好きのやくざ馬(rosse)たちが(注4)
使っている言葉の勉強を――。

「クリストファー・コロンブスはアメリカ大陸を発見したのではありません。
創造したのです。
発見はしばしば創造と一致することがありますね。
見つけることが創ること、創ることは見つけることに始まるのです。
ドイツにはドイツ精神があるように。
君達には----」

僕は――ぼくは、いま
初めて見た一人の少女に挨拶する
いたち(belette)の眼をした美しい顔が(注5)
半分 麦藁帽子にかくれ。
テ・ト・マンと ニコライ堂の鐘が鳴る
授業の始まりを告げる合図だ
少女と同じ籠のなかに閉じ込められた未完成な胸が もう一度
テ・ト・マンと 鳴り響く。

15歳の時
日米定期航路の船長だった父につれられて
大きな商船に乗った思い出
沖合いに出ると桟橋の大客船も砂漠の蟻も
右波で左へ 左波で右へ 大きく揺れて
心 僕の心 どうして そんなに わくわくする
「これがいつもの お前なのか」(注6)
ミシン糸の後れ毛
調律ずみのピアノのように整頓した音を出す喉
尼僧院の鐘と同じ透き通った眼。
君は その日から若者の隣に居た
若者の眼は 少女が左に座ると左側が
右に座ると右側が――3日でやぶにらみ
3日でやぶにらみ。
初めて経験した船酔い
我慢しきれない胸苦しさ。
心 僕のこころ どうして そんなにわくわくする
これが あの冷血漢の お前なのか。

3日に一度 少女は笑い上戸のクラスメートを連れてくる
(僕は今でも憶えている――地球の帯の上での赤道祭)
キヨウナ モノダヨ イザリノ オナラ 
イシト スナトヲ ヨリワケル(注7)
笑い上戸の帽子が 急に襲ってきた強い風に吹き飛ばされて
コロコロと交差点の横断歩道を走ってゆく
(僕は今でも憶えている――父が土人の酋長に変装して踊った あの赤道祭)

横浜港を見下ろす丘の上の家で。
母と二人して父が帰港するのを待っていた少年時代のあの日
港に停泊中のタンカーが
突然 爆発して 燃え尽き
ブロンド髪をかきむしりながら
半裸の若い船員に「地獄通り」を走らせた
HELPE、HELPE(助けて 助けて)
生から死へ。
追憶から現実へ。
うしろで少年の眼が いま 若者に呼びかける
HELPE、HELPE
半裸の船員と同じに。
「地獄通り」をかける半裸の船員と同じに。

静かな声で 声を揃えて 子守唄を歌おう
眠れ 眠れ 少女よ!
笑いとともに 生まれたからは
笑いとともに 消えていく(注8)

また ある日は歌わない

送電線が少しでも古くなり――
デリンジャー現象に邪魔され――
送信の途中に高い山があり――
 高層ビルが工事中。
 米軍機が真上を飛び交い――
 アンテナに雀が3羽とまると――
 ブラウン管は急に不機嫌になり
 横を向いたまま
 若者の心を読み取ってはくれなかった。

 テ・ト・マンと 鐘が鳴る
 授業の終わりを告げる合図だ
 若者の眼は 校庭を転がる白いボールを追って
 跳ねる 弾む 舞い上がる 飛ぶ
 白いボール やぶにらみ
 けだるい午後3時過ぎ
眠気覚ましの恋は
安楽椅子の座りごこち
Zwei plus zwei ist vier(2+2=4) Zwei plus drei ist funf(2+3=5)
Zwei plus vier ist sechs(2+4=6) Zwei plus funf ist sieben(2+5=7)
Zwei plus sechs tst acht(2+6=8) Zwei plus sieben ist neun(2+7=9)

死が静止しているときに 僕たちは。
幾何学の図面の上を 歩き始め
死神が それにつれて 踊りだすときに 僕たちは。
すでに 二つに別れた 生の出口に立っていた。
アウシュウイッツへ向かう貨車の列。
暗闇で人いきれのする
圧死した裸の人々の塊の中に
たった一人だけ
着物を着た女の屍を見出すのはたやすい
セーラー服の囚人。
恋を孕んだ臨月の女学生が 死の群集の前で叫ぶ。
「私をどこへ 連れて行くの」

私をどこへ――何処へでもない。
髪と入れ歯をはずしたら お次は
シャワーの完備したガス風呂
そこが少女の 新しい墓(さと)であり
干からびた子を 産み落として 義母(ままはは)から傷みつけられる
第二の人生の
始まりの場所 終わりの場所
「私をどこへ 連れていくの」

僕は22輌の貨車の列から はみ出して
男根をさらしたまま
焼け狂う太陽の下で
草いきれのする 貧しい村の プラットホームに投げ出された
ナチズムの銃口が 背後にある。
汽笛も鳴らさず 唖のように押し黙ったまま列車は出発した。
誰にも 断らず 家出した少女。
四つの眼と 二つの視線が
風に流された凧のように 引っ張られ 遠ざかり
最後に ぷつうん と糸が切れ
錆びついた列車の列が 無限大の点となって 視界から去った。
少女の叫び声だけが
麦畑を越えて
麦の穂をなびかせながら
僕の心を轟かす
「私をどこへ 連れていくの」

駅前広場で。
つぎだらけのボロを着た老婆が
片手にかざした3枚の馬券を
僕の顔まじかに突きつけて 小声で叫んだ
「大穴だよ 大穴だよ」
酔っ払った中年男は
手鏡で化粧直しに熱中しているバーの女の すさんだ頬から
キスを盗んで 悲しがる
「堕落だ 堕落だ」
駅前広場のカラーテレビに
人気歌手の顔が大写しになると
とっくに帰宅したはずの女学生たちが
テレビを取り囲んで
七色の虹のテープを投げつけた
「今夜の彼 とっても青い顔ね」

もはや苛酷な8月は終わった。
あとは悲しみの9月を 待つばかり。
僕の手元には
ドイツ語初級講座の 修業証書が たった一枚 残っただけ。
「貴君は 成績優秀につき ドイツ語初級の学力を 有することを証明す」


(注1) チョーサー「カンタベリー物語」
(注2) 「肉欲の筏」=中村元「インド思想史」
(注3) T.S.エリオット「プルーフロック」
(注4) rosse=「ドイツ人」の意
(注5) belette=「小さな美人」の意
(注6) ベートーベン書簡集
(注7) 早稲田大学文学部教室の落書き
(注8) チェンバーズ、シデゥイック共編「初期英国叙情詩」
(詩文中、今日時点では不適切な表現もありますが、原作当時の表現を生かしています)
(第2楽章は次回に)


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