物語詩「男と女の交響曲」②   宇治敏彦

(この詩は前掲の①からお読みください)

物語詩「男と女の交響曲」
 第2楽章(虚栄)

        愛は初めガラス玉のように輝き
        後に盲目の水牛のように光を失った

 空っぽの空に 缶詰を一杯詰めて
 ハイキングに行こう。
 ほら 5月の高原!

 “カフェー・マリアンヌ”での会話。
 工学部のA「ミスターBがミスCに惚れていた。ミスCもBを好いていた。
 だがCにはミスターDという婚約者がいた。
 ミスCをはさんでBとDとが喧嘩した。
 『どちらを選ぶかはミスCに決めてもらおうじゃないか』
 ミスCは2人の前で どちらを嫌いとも、どちらを選ぶとも言えなかった。
 Cは2人の男を同時に失った」

 経済学部のE「F嬢という 顔は醜いが 心の優しい女がいた。
 F嬢はG太郎ともL男とも関係していた。
 M之助とも親しかった。
 しばらくして まずGがF嬢に飽き始めた。Lも飽きた。Mも遠ざかった。
 しかし3人とも ひと月とたたない間にF嬢のことを思い出して、彼女に手紙した。
 その時 Fは既に別の男と結婚して 苗字を変えていた。
何しろ君 女は変わっていくのだ」(注9)

 文学部の僕「ボクは今 ある女に恋している。
 美しい 頭の良い娘だ
きれいな 健康な 女性だ
ボクは それだけで十分だ」

Aが忠告する
「君はそのうち他の女が好きになるだろう
やがて 女も新しい男を愛するように。
座りごこち。それが恋なのさ」

座りごこち――それが恋なのさ。
学校の椅子は木づくりの四角形 授業が終われば すぐにも立てる
ダイニングルームのイスは ふかふかした羽根布団つきのソファ
休日には身体を横たえて 朝から日暮れまでテレビを見る
お役所の椅子はビニールカバーの回転椅子
どちらの上役にも すぐお辞儀が出来る
結婚のための女------
浮気のための女------
財産のための女------
恋のための女------
女のなかの女------
彼女は恋愛のための女。
でも愛の言葉を 顔で受け止めるのが 気がかりといえば 気がかり
美人で スタイルがよく
たたけば 跳ね返ってくるように頭が切れて
家庭がまともで 健康で ちょっぴり お金持ち
英会話が得意 料理上手で 社交好き。
うまく出来すぎた人工衛星。
空っぽな空に 缶詰をいっぱい詰めて
遠足に行こう
ほら 高原の5月!

分かれ道では小石を投げて方向を決めます
気まぐれな羅針盤(コンパス)と クソ真面目な恋の始まり
「貴女お先へ 僕は後から行きます」
原始林に囲まれた小道が行き止まりになると 濃い緑色の湖水が見えるでしょ。
それでも 貴女の心によどんだ 愛の証しを確かめることはできません
「貴女お先に 僕は後から行きます」

ピクニックの次は絵の展覧会。
煤の固まりのような男と
水牛のような女の一組が 古くて新しい名画の迷路に 迷いこむ
ロダンは正確な建築士
100年経っても 開けたての狂わない 扉をつくる
ピカソは世界一の賭け事師
常に戦わずにはいられない男だ
棺に足を突っ込んでも剣と賽とを捨てない
ロートレックはスラム街のアメリカ人
20セントで出がらしのコーヒーを何杯もおかわりし
胃を悪くして白昼夢を見るアメリカ人
レンブラントは墓場の番人
クレーは縁日の盆栽売り。

展覧会の次はクラシック・コンサートと洒落込む。

バッハは緻密な数学者。
100年経っても 矛盾の見つからない 方程式を立てる
マーラーは世界一のほら吹き男爵
常に大風呂敷を広げずにはいられない男だ
磔にあっても嘘をつくことを忘れまい
チャイコフスキーは青白い貴族
館の大客間のソファに 一人もたれて革命軍の足音を楽しむ
ワーグナーは綾織職人
ベルリオーズは失敗ばかり仕出かすサーカスの道化。

最後は 貴女とともにファッション・ショウ――美の裏側の世界を訪ねよう。

ミスN=侮蔑的アラビヤ人
筋の通った鼻が ひときわ高く シラノ夫人にふさわしい
目と鼻とはフランス製 耳はドイツ 唇はイタリア
肌はアメリカ 心は明治。

ミセスS=暴利をむさぼるユダヤ人
生まれは上州 育ちは東京 嫁ぎ先が旭川
翌年 日本地理学の混血児を産んだ。

ミスW=媚を売る支那人
抵抗する姿が美しく見え 服従する態度が醜く映る
自分を鏡に映した時のように 全てが逆さの女。

貴女=生活が前にしか存在しないように
歩く時は脇目もふらずに真っ直ぐと
ジプシー女やサーカスの綱渡りのように
教室から教室へ オフィスからオフィスへと 渡り歩く
虚栄心が 肌のうえで 女をとらえた!
発射した瞬間に軌道から外れた人間衛星。

明日は富士山に登るんだ たった一人で。
彼女はいう
「そうね 今の季節なら 絶対 遭難しないわ」
僕は3日後に 山麓の郵便局から 手紙を出すだろう
「貴女お先へ 僕は後から行きます」
ああ 貴女はパン焼き職人であればよかった
虚栄や偏見でゆがんだフランスパンと 皮肉と手垢のいっぱい混ざったロールパン
さもなくば キャバレーやナイトクラブで
客から指名されるかわりに 媚を売って煙草とビールをねだる
女給であればよかった
細菌がこわいから 右手を なめなめ ビールを注ぎ(注10)
客の人気が落ちるのを怖れて 名刺を何枚も配る(注11)

飛び上がったら そのまま二度と浮かびあがってこないような
真っ青の 深い秋空。
赤と黒の水素風船が 水母のように漂いながら また一つ沈んだ
僕の手元には
女からの返事が たった一通 残っただけ。
「貴方は潔癖過ぎ 貴方の言葉は刺でいっぱい
鋭い刺が 私の心臓を突き抜けた」

(注9)トーマス・マン「ブッテンブロック家の人々」
(注10)ルイス・マックニース「アイスランド牧歌」
(注11)芥川龍之介「手帖」
(詩文中の表現に今日では不適切とされるものがありますが、原作当時の雰囲気を生かすため原文のままとしています)
(第3楽章は次回に)


スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

magazinehaniwa

Author:magazinehaniwa
ブログ雑誌埴輪へようこそ!
埴輪同人 宇治敏彦・小榑雅章
連絡先
 magazinehaniwa@yahoo.co.jp

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
FC2カウンター
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR