物語詩「男と女の交響曲」③   宇治敏彦

 (この詩文は前掲の①②からお読みください)

物語詩「男と女の交響曲」
 第3楽章(片思い)
              「いま何時でしょうか?」     
              「あなたは私をどう思って?」

 立て付けの悪い鎧戸の隙間を通して
 忍び込む北風の中に
 “今日は北風だね”(注12)
 一枚混ざった 樫の葉と 真冬の片思い

 「宅では主人の丹前を ここ3年くらい縫ったことが ございませんの」
 「まあ奥様 いつまでも物持ちがよろしくてね」
 「わたくし毎朝 宅が顔を洗う時は脱がせてしまいますもの」

 牡丹雪が激しく降り続く下
世の中を ついでに生きている男達は
何台も 何台も また何台も
貴女を乗せたバスを待つ

冷たい霙に変わっても
“今日は北風だね”
囁いたひとことが 貴女に届かないほどの恥辱はない
降れば必ず土砂降り。
バスは来ても 来て 通りすぎても――貴女を乗せたバスは来ない
それでも男たちは
雪と風が止むのが 貴女の来る合図だと知って
空を仰ぎながら 辛抱強く待っている。

羽根があったら飛んでいきたい というのは15世紀の恋
20世紀の恋は
まず女の心にロケットを打ち上げて
軍事基地をつくることから始めよう。
地球の征服と宇宙旅行が 人類の長年の夢ならば
憲法を改正し 軍備を増強し
貴女の心を脅かし 統治することも
男の生涯の夢には 違いない。

「あなたがたは?」
「共稼ぎの老夫婦です」
「あなたの職業は?」
「彫刻家です」
「奥さんは?」
「助産婦です」
「ほー。では息子さんは哲学者ですね」(注13)
「いえ。まだ高校生です」

飛躍――。
「わたし、貴女に対してそんなつもりじゃありませんの
きょう東から吹いてきた風が あすは西から東へ逆流することもあるように
わたしたちの交際(おつきあい)も 皆さんが そうおっしゃるように----」

“ちょっとお休みをいただきます そのままでお待ちください”
喜劇の途中で入ったコマーシャル。
スイッチを切るのも
他のチャンネルに切り換えるのも
あなたの ご自由。
だが 虚ろな待ち時間。

「お友達同士でいれば 一生涯
結婚しようか しまいかと迷ったり
毎晩毎晩 お手紙の文句に苦心したり
今度の休日(おやすみ)には どこへ行こうかしらと頭をひねったり
そんな苦労は一つも知らないで済みますもの」
「いま何時でしょうか?」
「どのくらい僕のことを思ってくれるの」
隙間風は部屋の蝋燭の灯を 吹き消してから 自分の姿を隠す
狡猾な狐よ。
もう ものを訊ねるのはよそう
煙草の煙が どこで消えてしまったかを。

男は女の動作に すべて意味を持たせたがった。
目が合えば 顔見知り
腕を組んで歩いていれば 恋人同士
贈り物を受け取れば 求婚の承諾かと誤解し
手紙の返事が来なければ 他に好きな男が出来たかと 早合点する
交通信号が青なら結婚
黄色なら友情
赤なら失恋。

「わたくし そんなつもりじゃありませんのよ
だって わたくしたち お互いに 信頼し合ったお友達同士ではありませんか」
「いま何時?」
「どの程度 好き?」

欠伸が何回も続けて出そうな
寝不足な空だ。
そらっ! 信号が赤にかわったぞ。

(注12)宮沢賢治の童話
(注13)哲学者ソクラテスの両親は彫刻家と助産婦だった

(詩文中、今日では不適切な表現もありますが、原作当時の雰囲気を重んじて原文のままにしてあります)
(第4楽章は次回に)
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