富士山の眺めは三保の松原だけではない 小榑雅章

20100211富士山
今日7月1日は富士山の山開きで大変賑わっているという。富士山が世界遺産に認定されたからだそうだが、一時拒否されそうだった三保の松原も加えられて、ご同慶のいたりである。
ところで、富士山の眺めは床の間に掛け軸をかけ、三保という座敷から眺めるだけではない。3年半ほど前に、上の写真とともに下記の記事を別のところに書いたが、世界中から神聖なる富士山に憧れてやってくる人々に、下記のような感想をもってもらいたくないなあ、と思って再掲させていただく。

富士山は美しい。
とくに今頃の富士山は美しい。
冠雪した富士は神々しいばかりの美しさだ。
日本の宝である。
日本を一つのことで表現しなさいと言われたら、いろいろ考えられるだろうが、筆者は富士山を上げる。人間がどんなにがんばっても、富士山を作ることは出来ない。世界には似たような山はあるが、これほど美しい山は二つとない。天がこの日本に富士山を与えてくださったと思う。
よく晴れた冬の朝、東京から新幹線に乗る。新丹那トンネルをぬけて三島を過ぎると、次第に富士山は姿を現してくる。隣に座って新聞を読んでいる見ず知らずの外人に、下手な英語で、ほら、富士山が見えるよ、きょうは晴れていてよく見える、あなたはラッキーだ、と語りかけると、オーオー、マウント富士すばらしい、と喜んでいる。筆者もうれしくなって、どうだ、これが日本の誇る富士山だぞ、と胸をそらす。
すると、その外人が、オーマイ・ガッド!と顔を顰めた。何でだ、何がオーマイ・ガッドなのだ。富士山はみごとに美しいではないか。
すると、お前にはこの煙突が見えないのか、この煙は何だ、折角すばらしい自然の造形物に見惚れているのに、林立する煙突が、なんで邪魔をするのだ。この国は、発展途上国なのか、自然を大事にする国ではないのか、と言って、悲しげに両手を広げた。
新幹線はいつの間にか新富士駅を過ぎ、富士川を渡って、富士山は姿を消していた。
新富士駅のあたりの富士市は、昔から和紙づくりの盛んな地域である。富士山の豊富な水は紙をすくのに適していたのが由来だそうだが、大正時代から本格的な製紙工場が出来てきたという。だから現在も、多くの製紙工場がこの地域で活動し、日夜エントツから煙を上げている、というのは当然の風景だと思っていた。
しかし、この外人の見方は違っていた。
日本は、第二次産業の国なのか。日本は観光立国だと聞いたが違うのか。日本といえば富士山だ。富士山は世界中のどこにもないすばらしい観光資源だ。その大事な目玉をなんで煙突で汚すのだ。製紙工場は人間の作ったことだから、やめることも移すことも出来る。しかし富士山は創ることも移すことも出来ない。日本は観光立国だと言うのなら、この最も美しく富士山の見える地域から、煙突をなくすぐらいのことをやるべきだ、とその外人は主張した。
そんな無茶な、と言いかけたが、待てよ、なるほど、そういう考えもあるのかな、もぐもぐと口ごもって、筆者は寝たふりをした。
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