出会った人々②「孤高」を重んじた作家・城山三郎  宇治敏彦

 2007年3月、79歳でなくなった作家、城山三郎氏はゴルフ好きだった。ご一緒にラウンドしたことはなかったが、毎年サンシャイン・ゴルフという3社連合(中日、北海道、西日本の新聞3社)のコンペでお会いした。神奈川県茅ヶ崎のご自宅に近い名門スリーハンドレッドの会員だったが、同クラブに詳しい人から聞いた話では「1人でプレーする会員が3人いた」という。中曽根康弘元首相、佐藤正忠氏(リコーの市村清社長の私設秘書を経て雑誌「経済界」の発行人。今年8月死去)、そして城山氏。2000年代初め、いつものように1人でプレーしていた城山氏に後ろの3人組が追いついた。当時、経団連会長の奥田碩氏ら財界首脳たち。知らぬ仲ではないしと「ご一緒しませんか」と奥田氏らが声を掛けた。しかし、作家は「どうぞお先に」と一人ゴルフを続行したという。
 自分だったら、こんな時にどうするだろう。経済界のお偉方がわざわざ声を掛けてくれたのだから断りにくい場面だ。商売をしている人だったら「ぜひに」と即答するところだろう。そこを「いえ、私は一人で楽しんでますから」と固辞するあたりが、いかにも「孤高」を重んじた城山さんらしい。
 もっとも後日、奥田氏も城山さんの態度を見習ったのかどうか、「一人カラオケ」を楽しんでいるとの話を聞いた。名古屋で「夜の商工会議所」といえば知らない人がいないクラブが店を改築して2階にカラオケルームをつくった後、週に一回ぐらい奥田氏が来店し、秘書を待たせて一人で1時間ぐらい歌って帰っていくと、そこのママさんが教えてくれた。
 城山さんは「孤高」を愛したが、人間嫌いだったわけではない。愛妻に先立たれてからのことだが、サンシャイン・ゴルフの賞品も帰りの車で若手の作家たちに惜しげもなく「僕は使わないから」とプレゼントしていた。なくなった時は、スリーハンドレッドのキャディーさんたちが城山さんのロッカー前に白いバラの花を飾ったと聞いた。
 そんな城山氏に「これからの首相はどうあるべきか」という指導者論をうかがったのは細川護熙氏が政権を投げ出した直後の1994年のことだった。冒頭、こんなことを話してくれた。
 「中曽根さんに宰相像を聞いたら『やる気』『ギラギラしない』『責任感』そして『大局をつかむ』『懐が深い』と5つの条件を挙げた。その話を中国の文化相だった王蒙さんに話した。王さんは『それらは中国にもあてはまるが、中国で何より大事なのは人々を強固な意志で引っ張っていくこと』、もう一つは『程度を見極める力』と言っていた。ああいう国だから左というと左、右というと右へとガーッと行ってしまう。それを適当なところで止める力が必要だ、というのだが、いかにも中国らしい。順調に伸びている社会では中曽根さんが言った条件であてはまるが、今の日本はかなり中国的になっている。王さんが挙げた指導者の条件が要求されると思う。僕なりに言い換えると『愚直さ』だ。混迷政局には小回りの利かないぐらいの人がいい」
 このあと城山氏は「指導者の条件」として「高感度」「高安定」「高淡白」の“3高”を列挙した。「高感度とは、宰相として民の心がわからなくてはいかんということ。高安定は愚直さ。高淡白は、広田広毅が言った『自らのために計らず』」
 「戦後の総理ではだれを評価していますか」とたずねると、しばらく考えて「戦後の総理ねえ。指導力というと問題だが、そこそこやっている人が多いじゃないですかね」と素っ気なかった。「戦前では広田弘毅さんですか」と聞くと、こんな答えが返ってきた。
 「あの時代の第一課題は粛軍でした。テロ、クーデターで政権をかき回しても罪にならないという軍を見事に抑え込んだ。東京裁判ではキーナン首席検事だって『広田の死刑はおかしい』と言ったぐらいだが、彼は一切弁明していない。検事に対して自分の罪を全部しゃべっている。自分がかぶらなければ天皇にいくと思って、すべて自分がやりましたと言って、初めから死を覚悟している」
 これらのインタビューは1994年4月18、19日の東京、中日両紙朝刊1面に「政局への直言」と題して掲載された。その直後、城山さんから次のような手紙を貰った。
 「名古屋と東京の友人たちからも感想を聞かされており、ほっとしています。学殖もなく自信もなく、ナウい感覚もなくという状態でしたが、次々とよい質問に誘導されて何となく体面を得たということです。こちらこそ学兄に感謝申し上げます。ただ少し言い足りなかったのは、広田が検事にしゃべったのは、裁判官の検事調書作成の段階であり、裁判に這い入ってからは『落日燃ゆ』に書いた通り、全く発言していないということです。結果的には同じことになるのですが―。羽田氏(孜次期首相)が『愚直』の道を選べるかどうか、じっくり凝視したいとろろです」
 2007年5月21日、東京プリンスホテルで行われた城山さんのお別れ会で大爆笑がおきる場面があった。渡辺淳一氏(作家)の弔辞である。伴侶をなくしてから独り暮らしを続けていたことを心配して講談社の野間佐和子社長(当時)と相談し、渡辺氏はお見合い写真を持参して城山宅を訪問したという。ジーと写真を見ていた孤高の作家は、しばらくして口を開いた。「キミのお古じゃないだろうね」。最前列に座っていた小泉純一郎首相をはじめ政財界、文学界などの知己たちが大笑いして、お別れ会の雰囲気どころではなかった。愛妻家の城山氏がお見合い写真にOKというはずもなく、友人の気持ちに感謝しつつも、たくさんの女性との交友関係で知られる渡辺氏を痛烈に皮肉った一撃だったに違いない。
 「孤高」「愚直」「高淡白」。そうした人間性を重んじた城山さんのような人が、いまの日本では少なくなり、「自分中心」「計算高い」「無責任」な人が増えているのは残念でならない。
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