出会った人々⑥万葉研究で文化勲章を受章した中西進さん  宇治敏彦

 万葉学者の中西進さん(84歳)が文化勲章を受章した。心からお祝いを申し上げたい。中西さんと知り合ったのは国語審議会(現在の文化審議会)委員としてご一緒したのが最初だったが、その後もペンクラブの会合など折にふれてお会いしている。4年前、小生が銀座で万葉集の版画展を催した際には、ご夫妻でわざわざ京都からおいでいただいた。また「木版画 萬葉秀歌」(蒼天社出版)の上梓にあたっては「影を彫る」と題して次のような序文を書いてくださった。
 「ストレートに表現するのでは本意は達せられない。影を刻むことで形を描く―これが宇治さんの生き方だということになる。少なくとも宇治さんはそのような表現を愛し、今日までの何十年かを生きてきた、その証明が宇治さんの板画なのである」
 約4500首の歌が収められている万葉集は、すべて漢字で木片などに書かれたものを大伴家持らが編纂した日本最古の歌集である。中西さんは「半数の作者未詳歌を抱えているということは、何者にもまさる『万葉集』の特質である」と指摘している(中西進「萬葉集」講談社)。木片に書かれた古代人の歌を、絵入りで木片に彫ってみようというのが小生の「萬葉板画」の試みであり、中西さんはそれを私の「生き方」だと過分に評してくださった。
 中西さんが館長(現在は名誉館長)を務めていた奈良県立万葉文化館から「万葉板画の展覧会をやりませんか」と誘われて、同館を訪ねたことがある。だが企画展を開く部屋を埋めるには巨大な版画がたくさん必要であり、私の努力不足でいまだ実現していない。
 今回の中西さんの文化勲章授与は万葉集を中心とする古典文学研究への高い評価の表れで、まことに目出度い。だが順風満帆の人生だったわけでは決してない。1999年には次女まやさん(当時25歳)が伊豆・伊東沖で潜水訓練中に命を落とすという痛ましい出来事にも遭遇している。「初心者の娘には29メートルまで潜水することが無理だったのでしょう。耳の痛みをハンドサインで伝えながら、インストラクターに気づいてもらえず、一度浮上を試みた後、海底に沈んでいったようです」「音楽を愛してやまなかった娘でしたので、東京で音楽によるお別れ会を行いました。すべて娘の友人方が企画・実行してくれ、200名余の友人が別れを惜しんでくれました。一連の暗い風景の中で、娘が多くのすばらしい友人を持ったことが灯明のように輝いています」と当時いただいた中西さんのお手紙にあった。「いかにして忘れむものそ吾妹子に恋はまされど忘らえなくに」(万葉集巻11の2597)。文化勲章を手にした中西さんの胸をこんな歌がよぎったかもしれない。
 ノーベル賞の利根川進さん(分子生物学者)が自慢の息子だった次男の知君を18歳でなくした時のことを最近、「私の履歴書」(10月30日、日経新聞)にこう書いている。
 「私は余りにも次から次へと幸運に恵まれてきましたので、以前から時々『大丈夫かな』という気がしていました。私は宗教を持たない人間ですが、やはり天は禍福を調整したのではないかと。もしそうなら、ノーベル賞その他の幸運はいらないから、知を返してほしいと心から思います」
 中西さんも今、同じような気持ちなのかなとチラッと思った。
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