「5つの大切 10の反省」後日談  宇治 敏彦

 昨年、上梓した『実写1955年体制』(第一法規)という本の中で、故田中角栄元首相が提唱した教育徳目「5つの大切10の反省」を筆者がつくったことを初めて明らかにしたが、元首相の側近にも内密で進めて作業だったので、出版後さまざまな反響が出ている。
 最近出版された『角栄のお庭番 朝賀昭』(中澤雄大著、講談社)という本の中で、23年間、田中角栄秘書を務めた朝賀氏が、こんなことを語っている。
 「内憂外患に見舞われていたオヤジさんを励ましたのは、古里・越後の人々であった。桜の季節も過ぎ、皇居の新緑が美しい(昭和49年)5月13日。北の丸公園にある日本武道館で『田中総理を励ます新潟県人の集い』が開かれた。朝から久しぶりに元気がみなぎっていたオヤジさんは会場入りすると『新潟県人の皆さんッ!すっかりご無沙汰しております。私がこんな晴れがましい席で、公の形で激励を賜ることは、今から35年前、昭和14年春! 私が現役兵として入営した時以来、初めてのことであります。私は、心温まる古里の心に接し、しみじみたる思いであります』と熱弁をふるった。
 演説のハイライトは『5つの大切・10の反省』(5大10反)という徳育の言葉に込められていた。いわく『5つの大切』とは、人間を大切に、自然を大切に、時間を大切に、ものを大切に、国・社会を大切に――と続く。『10の反省』とは、友達と仲良くしたか、弱い者いじめをしなかったか、お年寄りに親切だったか――などの内容だった。
 それから40年。今年(平成25年)の夏、私は1冊の本に驚かされた。現在、中日新聞の相談役の宇治敏彦氏が自著『実写1955年体制』(第一法規刊)で、<田中角栄首相の政策づくりやゴーストライターを務めた時期があった>ことを証言したのだ。この『5大10反』もこの人物の手によるものという。彼は田中派担当でもなく、私や早坂さんも知らなかった」
 この教育徳目は拙著にも書いたが、田中氏の「日本列島改造論」の改定版「新しい日本への道」(田中首相退陣とともに幻に終わったのだが)の中の「教育」施策の一部として執筆したものだった。最近、田中首相の秘書官を務めた小長啓一氏(元通産事務次官、元アラビヤ石油会長)と会った際、私は「あの徳育項目が参院選の争点というより、もっと平時に教育論議の一環として落ち着いた雰囲気の中で提示されたら良かったですね」と言った。すると小長氏は「あの会場で発表したいというのは田中総理直々の希望だったのですよ」と答えた。
 朝賀氏によると「田中軍団秘書会の最後には決まって全員で『5大10反』を唱和したものだ」そうだ。そのことは私も知らなかった。
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