3.10と3.11  小榑雅章

 東日本大震災から、3年経つ。3.11は私たち日本国民にとって、忘れえぬつらい日にちである。
 そして、その1日前の今日3.10も、決して忘れてはならない日であることを、あえて言いたい。
 69年前の今日、1945年3月10日未明、東京は火の海と化した。300機もの米軍爆撃機B29による東京大空襲である。この空襲によって罹災者は100万人を越え、死者は10万人を越えた。
 この時、筆者は東京市芝区新橋で罹災した。父親は召集され二等兵として戦地に赴いており、姉と弟は親類に疎開していて、家には満7歳、国民学校1年生の筆者と母親の二人だけだった。
 敵機襲来のサイレンは毎日のように鳴り響いていた。恐るべき焼夷弾の攻撃がいつあるかもしれず、母親に厳しく言われて、空襲に備え、毎晩、寝巻には着替えずにズボンを穿いたまま眠った。枕元に教科書を詰めたランドセルと防空頭巾を置き、いつでも飛び出せるように準備をさせられていた。3月9日の夜もそうした準備をして眠った。
 どれほど眠ったのだろうか、突然強くゆり動かされた。「起きなさい、早く起きなさい、空襲空襲!」
 眠かった、とても眠かった。しかし、無理やり引きずり起こされて、家の外へ出ると、100メートルほど離れた大通りの歩道に掘られた防空壕に連れて行かれた。かねて空襲になったらここへ入るんだといわれていたその防空壕の中には、もう7,8人はいただろうか、薄暗いロウソクの光で、顔見知りの足の悪いおばさんと小さな女の子の姿が見えた。
 母は、「ここから絶対に出たらダメだよ、じっとしているんだよ」と言ってすぐにどこかに行ってしまった。町内のおじいさんが、「坊主、ここは大丈夫だ、ここは防空壕だからな、爆弾が落ちても大丈夫なんだ」と何度も怒鳴っていた。なるほど、ここは、大丈夫なのだ、と思った。
 どれほど時が経ったか。入口の戸が開いて、母親が私を叫ぶように呼んだ。「早くおいで、早く出るんだ」
 私は、ここなら大丈夫なのに、なぜ出るのかと思ったが、急いで母のもとに行った。外はなぜか明るかった。母に引っ張られて、急いで家に戻ると、もうすぐ隣の家が燃えている。家の前に家財道具を積んだリヤカーがあり、鬼のような顔をした母は、さらに家から幾つかの荷物を持ち出して積んだ。火はすでに我が家に燃え移り、あちこち燃えはじめた。
 「うちが燃えちゃうよー」と私は泣き叫んだ。
 母はこれ以上の荷物は諦めて、リヤカーを引っ張り、私が後を押した。
火の粉が降りかかり、防空頭巾が燃えだした。あわてて頭巾を脱ぎ、叩いたり踏みつけたりして消して、またかぶった。
 リヤカーは重く、必死の母は、もっと押せ、がんばってもっと押してくれ、と叫んだ。後ろから火の粉が追いかけてきた。
 この夜は、強風が吹いていて火はどこまでも広がっていった。みんな風上へ風上へ逃げていた。逃げていく先も燃えていたが、それでも火の中を風上へ進んだ。
 向かい風が強く、息ができなかった苦しかった。「苦しいよ、息ができないよー」と叫んだが、母は止まらなかった。リヤカーを放棄したらもっと楽なのにと思ったが、母は歯を食いしばってリヤカーを引き続けた。
 どれほど行ったのか、くたびれ果て寒くてもうどうにもならなくなったとき、夜がしらじらと明けて、リヤカーは止まった。母が言った。「生き延びた」。
 防空頭巾の外側は焼けて真っ黒。服のあちこちも焼け焦げていた。
 知らない町だった。見ず知らずの空家の商店があった。疎開して誰もいない空家だ。そこへリヤカーと私を押し込むと、気丈な母は、「お前は男なのだから、一人でも大丈夫だね。母さんはもう一度、家がどうなっているか見てくるから、ここで待っていなさい」と言うなり、取って返して戻っていった。
 あたりには、避難してきた人々がたくさんいた。誰もが自分のいのちを長らえるのに一生懸命で、坊主が一人でいても見向きもしなかった。
 一体どのくらいの時が経ったか分からないが、疲れきった母がおにぎりと水筒をもって戻ってきた。
 そして言った。「家は全部燃えた。取り出せるものは何もない。」
 そして、私を抱きしめた。「あの防空壕から連れ出して良かった。あの中にいた人たちは、みんな焼け死んだ。防空壕もみんな燃えちゃった」
 足の悪いおばさんも女の子も、おじいさんも、みんな死んだ。
 この無差別な空襲で、10万人以上の人が亡くなったのだ。
 3月10日。3.10。
 私は、忘れない。忘れられない。
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