(出会った人々⑨)今こそ井上ひさしさんを必要としている  宇治敏彦

 作家・劇作家の井上ひさしさんがなくなってから4月9日で満4年になる。日本ペンクラブの会合などで何回もお目にかかったが、いつも私の職場である東京新聞について静かな口調ながら熱い応援歌を語ってくれた。
 「新聞はスポーツ紙や赤旗も含めて8紙とっていますが、真っ先に読むのが東京新聞。執筆中の早朝に新聞配達の音がして、まず東京新聞の最終面から読み始めて各紙を切り抜き7時になったらニュースを見て寝床に入るんです」
 毎秋の新聞週間で朝日新聞が「信頼される報道のために」という特集(2005年10月18日)を組んだとき井上さんは「いま最も生き生きとしておもしろいと思うのは東京新聞」とコメントしている。他紙への賞賛を掲載した朝日の度量にも感心したが、ともかく井上さんの応援歌は尋常ではなかった。日本記者クラブでの講演でも同じように褒めてくださり恐縮したものだ。
 井上さんの目線が常に「庶民」「反権力」「反戦」などにあったことと無関係ではあるまい。沖縄に対する目線にも共通している。4歳で父をなくし、15歳から18歳まで仙台市の養護施設で暮らした体験も持つ。上智大学在学中から浅草フランス座での喜劇台本を書き、卒業後は放送作家となってNHKテレビの人形劇「ひょっこりひょうたん島」で一躍有名になった。
 井上さんの言葉で、座右の銘とされる名言がある。これはジャーナリストや物書きへの至言でもある。「むずかしいことをやさしく。やさしいことをふかく。ふかいことをゆかいに。ゆかいなことをまじめに」書く、というのがそれだ。
 現在の政治状況は、外ではウクライナにロシアのプーチン大統領が軍事的威圧を加え、内では安倍首相が「集団的自衛権の解釈変更」「特定秘密保護法」「憲法改正」と逆コース路線をひた走るなど、井上さんが存命だったら黙っていない事態が次々に起きている。いまこそ井上さんを必要とする時代だ。日本ペンクラブ会長時代に専務理事として支えた作家・阿刀田高さんは、井上さんが死去したとき、こんな追悼記を新聞に書いている。
 「つい、つい、言ってみたくなるのだが・・・。会議に遅れるばかりか、いや、それ以上に原稿はつねに遅れる人だった。なのに、どこをまちがえたのか、『どうして早々といってしまったんですか』。それはないでしょう、井上さん」(2010年4月12日、東京新聞、中日新聞夕刊)
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