海女さんを「世界文化遺産」に  宇治敏彦

 早稲田高等学院時代からの友達、島山博明君(元NEC副社長)からの誘いで、式年遷宮を昨年終えて間もない伊勢神宮を鷹司尚武大宮司のご案内で参拝した。
 「毎朝夕、外宮で天照大神さまら6人の神様に食事を差し上げるため禰宜たちが国産の食材で料理をしています。食事どきには天照大神さまも内宮から外宮へお出ましになります」「20年に一度の遷宮のために良質なヒノキの確保に苦慮しています。伊勢神宮の敷地は東京・世田谷区の広さに匹敵します。この中には式年遷宮用のヒノキを植林する斜面が5面あって、私も植林をやっていますが、良質なヒノキを育てるには大変な手間と時間がかかります。それだけでは足りなくて飛騨の方からも買い付けるのですが、最近は公開入札で値上がりしていますから資金確保に腐心しています」「大宮司になって一番大変だったのは正座です。玉砂利の上に茣蓙を敷くこともあるのですが、ようやく慣れました」などなどと気さくに話してくださる大宮司の説明を伺いながら、日本一の神社にも色々な苦労があることを知った。
 伊勢、鳥羽を旅したら訪れたいと思っていた場所がもう一つあった。鳥羽市浦村町にある「海の博物館」。ここの館長、石原義剛氏(三重大客員教授)は私と同じ早稲田大学文学部を1960年に卒業した同窓生で、博物館の運営に苦慮していると側聞していたので激励したいと思った。鳥羽駅からバスで30分程度、山間を走ってたどり着くのだが、「なるほど、これでは鳥羽駅に近い水族館などにお客を取られて、ここまで足を延ばす観光客は限られているな」と実感した。石原館長の案内でいくつかに分かれた館内を見学したが、圧巻だったのは日本の伝統的な木造漁船などを大量に集めた館だった。 「これらの船のなかには自治体の重要文化財になった船(舟)が沢山あります。最近、ある自治体が財政難から保管していた船を廃棄したと聞いて残念に思いました」。石原館長の説明に、私は日本漁民の生活の歴史そのものだった古船が廃棄処分になるのは惜しいと思った。海の博物館は公益財団法人「東海水産科学協会」が運営しているが、御多分にもれず厳しい経営を迫られている。海洋国家日本の歴史を残す公益法人の運営に何か奨励策はないのだろうか。
 「海女さんをユネスコ世界文化遺産に!」。いま石原氏らが取り組んでいる運動である。「海女」という職業は、世界中で日本列島と韓国の済州島にしか存在しない。2007年に済州島からの呼び掛けで日韓両国での働きかけが始まったが、竹島の領有権問題など両国関係の悪化で、現在は日本独自の運動になっている。海の博物館には海女コーナーもあり、いまでも約1000人いる鳥羽・志摩の海女の歴史がビジュアルに展示されている。
 「トトカカ舟」と呼ばれる夫婦操業のアワビ捕りがある。ご主人が船人(ふなど)として船を運転し、奥さんの海女は重いオモリを持って急速に潜水し、浮上するときには腰に巻いた綱で夫に合図して引き揚げてもらう共働きだ。息がピッタリ合わないと海女の命にもかかわる。最近は船人が減って、徒人(かちど)という岸から泳いで漁場に行く海女が主流になっていると聞く。
 海女の歴史は5000年前ぐらい前までさかのぼるといわれるが、昔から伊勢神宮との関係も深く、海女の獲った魚介藻類が神に捧げる食事・神饌で大きな役割を果たしてきた。終戦後の昭和24年には鳥羽・志摩で約6000人いた海女が現在は6分の1に減っている。かつては三島由紀夫の小説「潮騒」が映画化され、昨年はNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」が大きな話題になった。海女が高齢化し、後継者も少なくなっているので、早く彼女たちの活躍ぶりをユネスコの世界文化遺産に認定してもらうよう働きかけていこうではないか。
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