「新岸主義」の危険性  宇治敏彦

 いま安倍晋三首相がやっている政治は、分かりやすくいえば「岸信介政治の現代版」である。
岸内閣は1957年(昭和32年)2月から1960年7月まで約3年5か月続いたが、この間にやったことを見ると、外交・安保政策では①国防会議で第1次防衛力整備3年計画を決定(1957年6月)②訪米で「日米新時代」を確認し、日米安保条約の改定へと動き出す(同月)③岸首相が国会で「在日米軍基地への攻撃は日本への侵略」と答弁(58年3月)④自民党が安保改定を党議決定(59年10月)⑤新安保条約を自民単独で強行採決(60年5月)―など。内政では①改憲案づくりへの下準備として内閣憲法調査会が発足(57年8月)②文部省が教員勤務評価制度(勤評)の導入を通達(同9月)③警察官職務執行法(警職法)改正案を国会に提出(58年10月)④自民党、安保反対の日本原水協や母親大会を批判し補助金中止を決定(59年7、8月)などなど。
 安倍首相は日露関係については父親の安倍晋太郎氏(元外相)を見習ってプーチン大統領との個人的関係の構築に努めてきたが、その他の政策は明らかに岸政権を「手本」にしている。「新岸主義」と評していいだろう。
 日本記者クラブではゲストに記念の揮毫をしてもらうのが慣例だが、安倍晋三氏の墨跡が見事だったので、筆者は「どなたかに習っているのですか」と聞いたことがある。安倍氏の答えはこうだった。「子供のころ祖父の岸が私用の習字の手本をつくってくれた。その上に半紙を置いて、よく手習いしたものです」
 見習ったのは文字だけではなかった。政治そのものを「岸信介」という手本に従ってニュー岸路線を目指しているのではないか。
 しかし、現在の日本は「新岸主義」を求めているのか、私ははなはだ疑問に思っている。たとえば外交・安保でいえば、確かに経済大国化した中国が軍事面でも大国化しつつあることは日本にとって大きな懸念要因だが、そうかといって「中国封じ込め政策」という安倍路線が妥当とは思えない。少なくとも経済・生活面では日中両国が切っても切れない関係に入って久しく、軍事衝突で「日中断絶」となれば、太平洋戦争前のABCD包囲網と同じように日本人の日常生活は大きな打撃を受けるだろう。だいたいアメリカが安倍首相同様に「中国封じ込め」を考えているか、はなはだ疑問だ。いまイラクに軍事顧問団しか送らない「内向きの警察官」(米国)であるオバマ大統領の態度を見れば「安倍さんよ、日本も中国とうまくやって米国が軍事出動なんて事態だけは避けてくれよ」という気持ちが痛いほど伝わってくる。
 内政面でもアベノミクスの成果を全く否定はしないが、かねて私は「安倍政権の第一優先課題は人口問題」と主張してきた。1億人を維持できない時代が視野に入っているのに、現政権は人口パワーの再建政策になんとのんびりしていることよ(このテーマはいずれ別の機会に書きたい)
 そして岸時代と違う危険な政治環境がある。一つは野党、労働運動、学生運動といった「反体制」の動き、つまり新岸主義の再来に対するブレーキが全く作動していないこと。もう一つは、与党・自民党も安倍独走を許していること。岸政権の強硬姿勢に反発した池田勇人、三木武夫、灘尾弘吉の3閣僚は1958年12月辞表を提出し、赤城宗徳防衛庁長官は60年の安保デモ鎮圧に自衛隊出動を求めた岸首相に断固反抗した。
 知友・漫画家のクミタ・リュウ氏が「JAPAN as SAMURAI」(クミタ・リュウ作品集)という近著の「あとがき」にこう書いている。
 「日本の何処かのタガが緩み、ゆるキャラに国民が踊らされている間に、国政は右傾化に大きく舵を取りました。国民を監視する特別秘密保護法も成立しました。戦前、反戦を呼びかけた多くの作家が、投獄され弾圧されたことを思うと、背筋が寒くなります。自由に表現することが出来ない時代へと変わりつつあります」
 私も同感です。「自由、民主、平和。大事さに気づいた時は遅かりし」。そうならないように、今なすべきことは何か。一人ひとりが考え、実行すべき時です。
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