出会った人々⑩ 「俗欲」を追い続けた作家・渡辺淳一氏  宇治敏彦

 今年4月に80歳で亡くなった渡辺淳一氏とはそんなに親しかったわけではないが、サンシャインゴルフ(新聞3社連合主催のゴルフコンペ)などでご一緒したことがある。将棋名人の中原誠氏も同じ組だったと思うが、途中から豪雨になり、コンペそのものが中断された。中断直前のグリーンで私がパットした瞬間、クラブが折れてヘッドがグリーン上に転がっていくという珍事が起きた。「パターが折れるなんて初めて見た」と渡辺氏らから冷やかされ、クラブハウスでのアルコール懇談でもひとしきり話題になった。
 ゴルフ、酒をはじめ食欲、性欲、金銭欲など自ら「俗欲」と呼んでいた欲望を作品上も私生活上でもギラギラさせていた珍しい作家だった。平成生まれの朝井リョウ氏(25歳)が「何者」で直木賞を受賞した2013年2月の贈呈式で、選考委員を代表して渡辺氏はこんなあいさつした(詳報は2013年3月6日の「埴輪」をご参照ください)。
 「厳しい文壇で生き残っていくには、まず自分の欲望をぎらつかせること。家の1つや2つ、つくらないと作家じゃない。家をつくるから作家というんだ」
 ベストセラー小説「失楽園」から近作「愛ふたたび」(性的不能になった70代男性医師の恋がテーマ)に至るまで渡辺氏の小説には常にエロス的要素が盛り込まれていた。
 「欲望をぎらつかせることは、下品だとか嫌らしいとか言われるけれど、人間の進歩って、まず原点に欲望があったらでね。文学に限らず、どの世界だってそう。これを知りたい、かくありたい、という欲望がないと何にもできない。現代はそれが非常に薄れてきている」(2013年8月27日付、朝日新聞朝刊。作家・林真理子さんとの対談での渡辺氏の発言)
 渡辺氏は終戦後の子供のころ札幌市内の青空市場で、かき集めた企業のカレンダーを売って大儲けをしたことがあると語っていた。小さいころから「俗欲」や「商才」に長けていたのだろう。これは日経新聞の記者に聞いた話だが、「失楽園」にも日経の嫌いな幹部の名前などを巧みに作品内に織り込んだりして、間接的に「我欲」を満たしていたという。
 また人を笑わせることも得意だった。最高の傑作は2007年に死去した作家・城山三郎氏のお別れ会での弔辞だった。
 「7年前に最愛の奥様をなくされて、ずっと独り暮らしだった城山さんを心配して、講談社の野間佐和子さんと相談して新しい奥様候補の写真を持参して茅ヶ崎の城山邸を訪ねたことがあります。写真を見せると、じーっと長いこと見ていられたので、まんざらでもないかと思ったのですが、城山さんはこう言われたのです。『キミのお古じゃないだろうね』」
 これには最前列に座っていた小泉純一郎前首相、土井たか子元衆院議長をはじめ東京プリンスホテルの広い会場が大爆笑となった。もとより城山氏が応ずるはずはなく、「俗欲」の渡辺氏をからかったのだろうが、会場大爆笑のお別れ会なんて初めての体験だった。
 生涯を「本音」「俗欲」で貫けたのは幸せな人生というべきだが、その一方で私が不思議に思うのは「倫理」「宗教」「政治」「平和」といった問題に対してはあまり積極的言動が見られず、こうした分野のことを意識的に避けていたのか、それとも特別な見識を持たれていたのか。今となっては聞くすべを失ったのを残念に思う。
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