3つの「識」が問われる政治とマスコミ  宇治敏彦

3つの「識」が問われる政治とマスコミ  宇治敏彦
第2次安倍改造内閣がスタートした。「実行実現内閣」というのが安倍首相自身が掲げたキャッチフレーズである。その意気込みは良しとするものの、問題は何を「実行」、何を「実現」するかの中身である。国民生活の実質的改善や日本の平和的環境の改善なら大いに結構だが、市場主義本位の大企業・金持ち優先の経済政策や国民の多くが懸念を表明している集団的自衛権の行け行けドンドン的な軍事優先思想では、あまりありがたくない。それなら、むしろ「実行実現慎重内閣」であってほしい。
 私は一ジャーナリストとして現在の政治および政治家に最も必要な3要素は「常識」「学識」「良識」の3識ではないかと思っている。戦後政治の基礎をつくった吉田茂については「経済復興、日本の独立回復に大きな功績があった」というプラス評価と「対米偏重で、独断のワンマン政治家」というマイナス評価の両面があるが、時代の潮流や変化の兆しを読みこむ先見性とか確信という点では優れた資質をもち、いろいろ左右にぶれはあっても「経済中心、軽軍備、対米中心の国際協調」「政治がやらねばならない仕事と国民が自己の判断でやればいいことの区別」などでは一貫性を守った点を評価したい。
 たとえば「君が代」の斉唱や「国旗掲揚」を義務付ける国歌国旗法を制定しようという動きが保守党内から起こったときも「愛国心の問題は心の問題で法律で定めるより国民一人一人の自然な気持ちから出てくるものだ」と法制化をはねつけた。
 政治学者の御厨貴さんがカミソリ後藤田といわれた後藤田正晴氏(元副総理)がいま生きていたら「政治家はね、常識を磨いて自ら育つもんだ」というだろうと新聞のコラム(8月26日、朝日新聞朝刊)に書いていた。「権力を振りかざさない権力者」こそが今必要だとういうのである。同感だ。作家の城山三郎さんも、かつて同様のことを言っていた。
 「常識」「良識」「学識」。常識とはcommon sense。森鴎外は「普通の事理を解し適宜の処置をなす能力なり」と解説している。それと「学識」、すなわち専門知識と識見。その両方を備えたうえでの「良識」な政治が望まれる。良識はフランス語bon sensの訳語で「社会人としての健全な判断力」(広辞苑)。第2次安倍改造内閣が、この3識を踏まえたうえでの「実行実現内閣」であってほしいと願うばかりだ。
 同時に、その3識に関しては私の住むマスコミの世界に対しても自戒を込めて言いたい。慰安婦問題での朝日新聞社の今回の対応は、明らかに謝り方を間違えた。虚偽の吉田清治証言の取り消しに関しては、かつての架空の伊藤律会見の処理と同様に縮刷版での削除措置も含めて全面的な取り消しとお詫び、それに関連した社内責任の明確化(処分人事を含め)をすべきだった。池上彰氏のコラム掲載拒否(その後、再掲載となったが)も同様に朝日の奢り体質の表れで、論外だ。
ただし朝日の誤報と慰安婦問題の本質とは違う。1996年の国連クマラスワミ報告にもあるように「日本軍が雇った民間業者が強制的に慰安婦らを誘拐した」事実も同報告書を作成したスリランカ女性法律家クマラスワミさんの聞き込み調査で明らかになっており、吉田証言が虚偽だったからといって慰安婦問題すべてが虚偽になるわけではない。週刊誌も含めてマスコミの中には、ここぞとばかりに「朝日たたき」「朝日つぶし」を展開している社もあるが、それが慰安婦問題の本質をゆがめないことを切に願う。朝日問題は、朝日の奢り体質の問題という側面と、保守政権の暴走に歯止めをかけてきた良識マスコミの後退という側面の二つを提起している。ましてや朝日叩きで一儲けなどという不純(?)な動機は歓迎できない。

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