韓国の最新マスコミ事情  宇治 敏彦

 韓国ソウルの中心街に新設された大韓民国歴史博物館(国立)を去る10月訪れたときに「大平・金メモ」の現物を見る機会を得た。1962年11月、大平正芳外相と金鍾泌(キム・ジョンビル)中央情報部長との間で交わされた「無償3億ドル、有償2億ドル、民間協力資金1億ドル以上の対韓供与」という極秘メモで、これがきっかけで日韓交渉が妥結に向かった。当時の池田勇人首相は「俺に断りもなく大平の奴、勝手にやりやがって」と怒り、2人の師弟関係が一時冷え込んだといわれた、いわくつきの密約だった。当時、霞クラブ(外務省記者クラブ)で日韓交渉を取材していた筆者としては、非常に懐かしい気持ちになり、しばし文書に見入った。
  展示されている2枚のメモは、上部に6つの小穴が開いたメモ帳形式の紙で、漢字、仮名、英語混じりで3項目の合意が記載されている。「62.11.12」の日付で「無償ヲKorea側ハ3.5億弗、Japan側ハ2.5億弗。之ヲ両者デ3億弗」「有償ヲKorea側ハ2.5 億弗、Japan側ハ1億弗。之ヲ両者デ2億弗」など、まさに足して二で割る式の妥協の跡が見て取れる貴重な文書だ。
  金旺植(キム・ワンシク)館長(前梨華女子大教授、政治学)によると、「1日3000人から5000人の入館者があり、開館後1年で入館者は100万人を突破した」という。光化門の世宗大王像(ハングル文字を創製したことで知られる李氏朝鮮第4代国王。名君として知られ、大きな銅像がメイン通りに設置されている)に近く、アメリカ大使館隣という好立地のせいもあろう。8階のテラスからは青瓦台(大統領官邸)が真正面に見え、まさに絶景だ。同行した日本新聞協会の国府事務局長や佐塚部長は横浜にある新聞博物館の経営に苦慮している時だけに金館長の話を羨ましそうに聞いていた。日本の植民地になっていた日帝時代、大韓民国の樹立、南北分断と朝鮮戦争、工業化・近代化・民主化の歴史など韓国の近現代史を知るのに必見の場所である。工業化の象徴として1955年、シーバル自動車が生産を開始した初の韓国産自動車「始発」号の実物が展示されていた。当時、日本でもよく見られたアメリカ製のジープそっくりだが、車体がグリーンであるところが新鮮に映った。「子供たちが見学に来ると、この車の前で汚い言葉を吐くんですよ」と女性学芸員が言った。「汚い言葉って?」とたずねると、学芸員は一瞬言いよどんだが、「英語のf・u・c・kです。始発号と発音が似ているので」と小声で説明してくれた。
  今回の訪韓は、第4回日中韓報道人セミナー出席のためだった。「文化・芸術分野における報道協力」がテーマで、10月29日、まる一日、熱心な討議が行われた。中国側議長として参加した光明日報文芸・芸術部副部長の李春利さん(女性)は映画のシナリオ作家でもあり、今秋の東京映画祭で上映された「我が家に外国のお嬢さんがやってきた」という作品の作者でもあった。主役は李さんの7歳になるお嬢さんがつとめ、監督はご主人という一家総出演の異色の映画。東京映画祭に参加した足でソウルでの報道人セミナーに出席し、いったん北京に戻った後、映画の宣伝のためにアメリカに行くといっていた。「ここ数年、中国では多くの映画・テレビ番組は日本や韓国を手本に学んでいる」と基調報告でも述べていたが、彼女の言動には中国流の「お堅い原則報道」という感じは一切なく、中国マスコミの多様化を印象付けた。
  一方、韓国側の基調報告をした金凡洙(キム・ボムス)韓国日報国際部長、劉尚哲(ユ・サンチョル)中央日報中国専門記者の2人は「韓国における日本大衆文化の開放は1998年の金大中(キム・デジュン)大統領時代に始まったが、まだドラマの地上波放送や大衆歌謡には及んでいない」「韓日両国間の不信・不通を打開するには大衆文化・芸術分野の交流を積極化することも力になろう」との意見を述べていた。
  これに対して日本側の基調報告をした天日孝彦読売新聞論説委員は「海女漁の世界無形文化遺産登録をめぐり複雑な事態が生じている。海女漁は韓国、日本の一部地域にみられる独特の文化で、7年前に韓国側から呼びかけで日韓共同申請の動きが始まった。しかし、日韓関係の悪化で昨年末、韓国側は単独申請に方向転換した。一方、朝鮮通信使については日韓共同で2017年の世界記憶遺産申請をしようとの動きが本格化している」などと文化交流面での明暗を説明した。
  また文化・芸術交流以外の問題でも活発な議論になったが、筆者は現在、日韓両国間で問題になっている加藤達也・前産経新聞ソウル支局長の在宅起訴問題を取り上げた。韓国で4月16日、フェリー「セウォル号」沈没事件が起きた日に朴槿恵(パク・クネ)大統領が特定の男性と会っていたという噂を産経新聞のウエブサイトに掲載したことが大統領の名誉棄損に当たるとして情報通信網法に基づく名誉棄損罪で在宅起訴された事件だ。
  言論の自由が保障されている民主的国家で、刑事罰で外国人記者が起訴されるのは異例なケースであり、安倍内閣も遺憾の意を表明した。新聞界では新聞協会編集委員会、日本記者クラブなどが抗議声明を出しているが、10月15日、新潟で開催された第67回新聞大会で「日本新聞協会は強く抗議する。報道の自由と表現の自由は、民主主義社会の根幹をなす原則であり、韓国を含む民主主義国家群は憲法で保障している。しかし今回の起訴は、この原則に反して言論の自由を侵害し、人々の知る権利に応えるための取材活動を委縮させる行為であり、速やかな処分の撤回を求める」との決議を採択した。
  私は「日本新聞協会がこのような決議を採択したのは異例のことであり、強い懸念を抱いている。また韓国のメディアの中にも懸念を表明している社があることに感謝する」と発言した。これに対して韓国側議長の趙容来(チョ・ヨンレ)国民日報編集長・論説室長は、次のように述べた。
 「加藤前産経新聞支局長が書いたネット上の記事は(事実確認が不十分であるなど)かなり水準以下の内容だった。ただ、それで起訴になったのは遺憾であり、加藤氏が日本に帰国できないでいるのは残念だ。こうした受け止め方が韓国マスコミ界の主流の意見だと思う」
  セミナーの合間に趙氏と個人的に懇談した。私は「確かに同じ産経新聞でも黒田勝弘ソウル駐在特別記者だったら、ああいう記事は書かなかったでしょう。もっと捻って書いたでしょう。また元朝日新聞主筆の若宮啓文氏(日本国際交流センター・シニアフェロー)が東亞日報電子版の『東京小考』(10月23日)の『拝啓 朴槿恵大統領』という一文で(加藤氏の記事に対し)『韓国と結婚した』と公言する大統領の無念は想像に余りあります、としたうえで「そんなスキャンダルを創っていただくとは、私も人気女優並みで光栄ですわ」とでもコメントしていれば「さすが」となったことでしょう、などと書いていいます。
  加藤前支局長が黒田、若宮両氏並みの老練な記者だったら、ああいう書き方はしなかったでしょうね」と話した。趙氏も同意見だった。彼は「朝日新聞の慰安婦問題でも朝日が誤報を訂正したのは当然ですが、慰安婦問題そのものが存在しなかったかのような日本の右傾マスコミの論調は納得できません」と言った。セミナーでは、この問題に関する中国参加者からの発言はなかった。
  セミナー前日に韓国の新聞事情を知るため参加者で東亞日報社を訪問した。同社の沈揆先(シム・ギュソン)コンテンツ企画本部長兼大記者(役員待遇、元編集局長)が社内を案内してくれながら韓国における新聞界の危機的状況を説明してくれた。かつて250万部の発行部数を誇っていた東亞日報は「現在100万部」だという(実態は60万部程度という陰の声も聞かれたが)。250万部から100万部とは急降下だ。同社は「所有ビルを1棟売った」という。数年前、新聞社にテレビの放映権が認可され、東亞日報もテレビ局をつくったのが、経営難の一つになっているという。編集局を案内してくれながら沈大記者(大記者とは日本でいえば特別記者というところか)は「政治部も社会部も二つあって、デスクが並んでいます。緑色の名札が下がっているのが新聞社の政治部、白色の名札が下がっているのがテレビ局の政治部という具合です。隣同士に並んで新聞記者がテレビ局の記者を指導しているのですが、正直なところテレビ局側には早く一人前になって出て行ってもらいたいですね」と打ち明けた。「電車の中でも若者が6人いれば、全部がスマホで、新聞を読む若者はゼロ」と大記者は嘆いていた。陰では「朝鮮日報の独り勝ち」という声も聞いたので、会合で宋煕永(ソン・ヒヨン)朝鮮日報主筆・理事、編集長(韓国新聞放送人協会長)にぶつけてみた。「そんなことありません。うちも同じですよ。ただ所有ビルを売却するほどではありませんが」という答えだった。
  韓国という国は大統領制で、人口も日本より少ないせいか、何事も取り掛かるとスピードが日本より何倍も速い。日本の森喜朗内閣当時(2000年)に韓国がIT(情報技術)立国を目指すというので、森首相も韓国並みにIT重視を掲げた。しかし、韓国がIT網を速やかに完成させたのに比べると、日本のITはまだまだ遅れている。その一方で、若者の新聞離れは日本以上に早く、部数減も日本よりはるかに深刻なようだ。コンテンツ企画本部長でもある沈氏は「遠からず日本の新聞界も韓国のような事態になりますから、対策を急いだ方が良いですよ」とアドバイスしてくれた。
(この報告は安保研究会リポートとして作成したものです)




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