「勇気と希望をありがとう」阪神大震災と放送の役割  小榑雅章

朝日新聞声欄

今日は、1月17日。20年前の今日、神戸は未曾有の大震災に襲われた。
このとき、筆者は新神戸駅近くのマンションの7階で一人で寝ていた。
ガーンと強い衝撃があり、ベッドの脇の食器戸棚が倒れてきて、茶碗や皿が砕ける音が響いた。
真っ暗。電気はつかない。恐怖で、何をしたらいいのか震えた。・・・
こういうことは、テレビや新聞で山ほど語られている。
いまさら、語るほどのことではないだろう。
筆者は、この時、神戸のFM放送、KissFM Kobeで働いていた。
普段は音楽主体の放送局だが、ラジオ局として災害放送の責務も負っている。
暗闇の中で震えながら、大きな地震に襲われたことはわかった。となれば、一刻も早く放送局へ行かなければならない。ガラスに気をつけながら、身なりを整え、階段を下りて、街へ出て、暗がりの中、倒壊家屋の間を1時間近く歩いて、中突堤にある局にたどり着いた。
放送局も大きな損害を受けて足の踏み場もなかったが、非常用電源が機能して放送は継続していた。泊まりのディレクターが、6時13分大阪管区気象台発表の地震情報の第一報を放送していた。
KissFM には放送機能があり、関西一円2千万人に電波を届ける能力があるが、取材記者は一人もいない。
しかし、被災者は、今何が起こっているのか、これからどうなるのか、とにかく情報がほしい。そういう被災者の役に立ちたい。
どうするか。そしてどうしたか。
上に掲げたのは、震災から40日あまりたった2月28日の朝日新聞声欄に掲載された被災者の声である。
「勇気と希望をありがとう」 大震災時の被災者の心情に寄り添って、放送局として少しでもお役に立てたのではないかと、この投稿を拝見したとき、涙が出て止まらなかった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

magazinehaniwa

Author:magazinehaniwa
ブログ雑誌埴輪へようこそ!
埴輪同人 宇治敏彦・小榑雅章
連絡先
 magazinehaniwa@yahoo.co.jp

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
FC2カウンター
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR