日本人2人の拘束が意味すること   宇治敏彦

 昨年末、このブログ雑誌「埴輪」などに「未(ひつじ)年における3つの懸念材料」という原稿を書きました。「日本経済の先行き」「地方の衰退」「厳しさ増す国際関係」の3つですが、3番目では特に「イスラム国」など過激派組織のテロについて他人事ではないと指摘しました。
 「日本でも北海道大学の学生が『イスラム国』に参加しようとして警視庁に事情聴取されたように、世界80か国以上から戦闘員として1万5000人以上の若者が参加しています。戦後70年を迎える日本は近隣国との関係改善と同時にテロ対策にも万全を期さなければなりません」
 予測は的中して「イスラム国」グループは1月20日、拘束している日本人2人について2億ドル(約235億円)支払わなければ殺害すると2人の画像とともにネット上で警告しました。2億ドルとは途方もない金額ですが、その理由として過激派は「日本はイスラム国から8500キロも離れていながら進んで十字軍に参加した」「安倍首相が供与を約束した2億ドルは女性や子供を殺害し、イスラム教徒の家を破壊するための1億ドル、イスラム戦士と戦う背教者を養成するのに使う1億ドルだ」などと主張しています。
 最近、資金難に陥っているといわれる「イスラム国」過激派は昨年末から2人を拘束していたところへ安倍首相の中東歴訪という「絶好のチャンス」が訪れ、「2億ドルは避難民に食料や医療サービスを提供するための人道支援」(安倍首相)という説明を逆手に取ったというのが事実に近いでしょう。なぜ安倍首相は新年早々から中東へ出かけたのでしょう。天皇、皇后も参列された1月17日の阪神・淡路大震災20周年追悼式を欠席しての中東訪問ですから、よほどエジプト、イスラエルなどへの思いが強かったのでしょう。結果としては過激派の日本人拘束――資金奪取策にはまってしまうことになりました。
 拘束者の一人であるフリージャーナリストの後藤健二氏(47歳)は、先に拘束されていた湯川遥菜氏(42歳)を救出したいとの気持ちでシリアへ出かけたようですが、「何が起こっても責任は私自身にあります」と動画に残していました。よほどの覚悟だったと思います。
 中山康秀外務副大臣が救出作戦の拠点としているヨルダンの首都アンマンの日本大使館には、私も一昨年、国際新聞編集者協会(IPI)大会に出席の際、立ち寄って大使と懇談したことがあります。ヨルダンは砂漠あるいは土漠の国で「雨があまり降らないので雨水を貯める装置を大使館にもつくっています」などと厳しい生活環境の一端を話してくれました。私は訪ねた国々の人情とかサービスを知る実験として必ず旅先のホテルから東京に手紙を出すのですが、これまで郵便が届かなかったのは唯一、アンマンのホテルから出し手紙でした。ベルボーイが私の渡した10ドル紙幣を手紙にホッチキスでとめるのを見て、ひょっとしたらこの手紙は消えてしまうかも、と嫌な予感がしました。アンマン市内で食事の際にも似たようなトラブルがあったからです。多分、手紙は捨てられ、10ドル紙幣はボーイのポケットに入ったに違いありません。ヨルダンにはもちろん良い人もたくさんいるので短絡的な結論は出せませんが、イスラムの世界も日本と同様に良い人と悪い人が併存しているので、シリアでの日本人救助作戦も容易ではありません。筋の良いルートに行き当たることが当面の課題でしょう。
 先ごろフランスの風刺週刊紙「シャルリエブド」社では12人がテロ集団に襲われて亡くなりました。事件後の14日発売号では表紙に「私はシャルリ」のメッセージを手に涙するイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画が掲載され、イスラム教徒から「私たちの預言者を侮辱するのか」と激しい批判の声があがりました。実は私の属する東京新聞は1月13日夕刊、14日朝刊でこの風刺画を掲載しました(大手紙は報道せず)。これに対して在日パキスタン人らのイスラム教徒団体が内幸町の東京本社前で連日、抗議行動を行いました。「イスラム教ではムハンマドの絵は禁じられている」との理由からです。東京新聞側は「イスラム教を冒涜する意図はなく、表現の自由か宗教への冒涜行為かという問題の判断材料を提供するために転載した」と説明しています。
 どちらが正しいか、判断が難しいのですが、私の友人のイギリス人夫妻は「よく載せた。ほかの新聞はなぜ載せない」との意見です。だが熱心なイスラム教徒たちには「私たちの預言者を侮辱した」と映るのでしょう。ヨルダンへ行く飛行機の中でも小さな敷物を抱えたイスラム教徒がお祈りの時間になると飛行機の通路に敷物を敷いて祈る姿に接しました。
トルコのイスタンブールにはアヤソフィア博物館のようにローマ帝国時代に東方正教会として建造された聖堂がオスマン帝国時代の1400年代半ばになるとイスラム教のモスクに変身した例も珍しくありません。キリスト教とイスラム教が同じ建物の中で引き継がれてきたのです。たとえは良くないかもしれませんが、伊勢神宮がある時代から東大寺になったようなものです。そういう世界での覇権争いが今日も続いているのが中東の現状です。「表現の自由」か「宗教が絶対」かという二元論的捉え方では問題の解決は難しそうです。
 「何はともあれ人間の命を大切にしようではないか」。そこを原点にして、日本人2人の救出もムハンマドの風刺画問題も解決策を探っていく以外にないように思います。インターネット上で1月24日夜、湯川さんが殺害されたとみられる写真を手にした後藤氏の写真が公開され、「身代金はもう要求していない」との声も流れた。政府はイスラム過激派の心も揺すぶる人間性に富んだ対案で早期解決に努力してほしい。


日本人2人の拘束が意味すること   宇治敏彦
 昨年末、このブログ雑誌「埴輪」などに「未(ひつじ)年における3つの懸念材料」という原稿を書きました。「日本経済の先行き」「地方の衰退」「厳しさ増す国際関係」の3つですが、3番目では特に「イスラム国」など過激派組織のテロについて他人事ではないと指摘しました。
「日本でも北海道大学の学生が『イスラム国』に参加しようとして警視庁に事情聴取されたように、世界80か国以上から戦闘員として1万5000人以上の若者が参加しています。戦後70年を迎える日本は近隣国との関係改善と同時にテロ対策にも万全を期さなければなりません」
予測は的中して「イスラム国」」グループは1月20日、拘束している日本人2人について2億ドル(約235億円)支払わなければ殺害すると2人の画像とともにネット上で警告しました。2億ドルとは途方もない金額ですが、その理由として過激派は「日本はイスラム国から8500キロも離れていながら進んで十字軍に参加した」「安倍首相が供与を約束した2億ドルは女性や子供を殺害し、イスラム教徒の家を破壊するための1億ドル、イスラム戦士と戦う背教者を養成するのに使う1億ドルだ」などと主張しています。
最近、資金難に陥っているといわれる「イスラム国」過激派は昨年末から2人を拘束していたところへ安倍首相の中東歴訪という「絶好のチャンス」が訪れ、「2億ドルは避難民に食料や医療サービスを提供するための人道支援」(安倍首相)という説明を逆手に取ったというのが事実に近いでしょう。なぜ安倍首相は新年早々から中東へ出かけたのでしょう。天皇、皇后も参列された1月17日の阪神・淡路大震災20周年追悼式を欠席しての中東訪問ですから、よほどエジプト、イスラエルなどへの思いが強かったのでしょう。結果としては過激派の日本人拘束――資金奪取策にはまってしまうことになりました。
拘束者の一人であるフリージャーナリストの後藤健二氏(47歳)は、先に拘束されていた湯川遥菜氏(42歳)を救出したいとの気持ちでシリアへ出かけたようですが、「何が起こっても責任は私自身にあります」と動画に残していました。よほどの覚悟だったと思います。中山康秀外務副大臣が救出作戦の拠点としているヨルダンの首都アンマンの日本大使館には、私も一昨年、国際新聞編集者協会(IPI)大会に出席の際、立ち寄って大使と懇談したことがあります。ヨルダンは砂漠あるいは土漠の国で「雨があまり降らないので雨水を貯める装置を大使館にもつくっています」などと厳しい生活環境の一端を話してくれました。私は訪ねた国々の人情とかサービスを知る実験として必ず旅先のホテルから東京に手紙を出すのですが、これまで郵便が届かなかったのは唯一、アンマンのホテルから出し手紙でした。ベルボーイが私の渡した10ドル紙幣を手紙にホッチキスでとめるのを見て、ひょっとしたらこの手紙は消えてしまうかも、と嫌な予感がしました。アンマン市内で食事の際にも似たようなトラブルがあったからです。多分、手紙は捨てられ、10ドル紙幣はボーイのポケットに入ったに違いありません。ヨルダンにはもちろん良い人もたくさんいるので短絡的な結論は出せませんが、イスラムの世界も日本と同様に良い人と悪い人が併存しているので、シリアでの日本人救助作戦も容易ではありません。筋の良いルートに行き当たることが当面の課題でしょう。
先ごろフランスの風刺週刊紙「シャルリエブド」社では12人がテロ集団に襲われて亡くなりました。事件後の14日発売号では表紙に「私はシャルリ」のメッセージを手に涙するイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画が掲載され、イスラム教徒から「私たちの預言者を侮辱するのか」と激しい批判の声があがりました。実は私の属する東京新聞は1月13日夕刊、14日朝刊でこの風刺画を掲載しました(大手紙は報道せず)。これに対して在日パキスタン人らのイスラム教徒団体が内幸町の東京本社前で連日、抗議行動を行いました。「イスラム教ではムハンマドの絵は禁じられている」との理由からです。東京新聞側は「イスラム教を冒涜する意図はなく、表現の自由か宗教への冒涜行為かという問題の判断材料を提供するために転載した」と説明しています。
どちらが正しいか、判断が難しいのですが、私の友人のイギリス人夫妻は「よく載せた。ほかの新聞はなぜ載せない」との意見です。だが熱心なイスラム教徒からが「私たちの預言者を侮辱した」と映るのでしょう。ヨルダンへ行く飛行機の中でも小さな敷物を抱えたイスラム教徒がお祈りの時間になると飛行機の通路に敷物を敷いて祈る姿に接しました。
トルコのイスタンブールにはアヤソフィア博物館のようにローマ帝国時代に東方正教会として建造された聖堂がオスマン帝国時代の1400年代半ばになるとイスラム教のモスクに変身した例も珍しくありません。キリスト教とイスラム教が同じ建物の中で引き継がれてきたのです。たとえは良くないかもしれませんが、伊勢神宮がある時代から東大寺になったようなものです。そういう世界での覇権争いが今日も続いているのが中東の現状です。「表現の自由」か「宗教が絶対」かという二元論的捉え方では問題の解決は難しそうです。
 「何はともあれ人間の命を大切にしようではないか」。そこを原点にして、日本人2人の救出もムハンマドの風刺画問題も解決策を探っていく以外にないように思います。
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