世界はどう変わろうとしているのか   宇治 敏彦

 北京にある天壇公園の一角に「ここが世界の中心」と明記した石の台座がある。観光客は、喜んでその台座に飛び乗って記念写真をとる。私が初めて天壇を訪ねたのは日中国交正常化が成った1972年(昭和47年)のことだが、当時は歴代皇帝が豊作を祈る三重の円筒堂があるだけの歴史的建造物だった。その後、立派な公園として整備され、「世界の中心」という台座もつくられた。
 いま中国が米国という世界の超大国を追い抜いてナンバーワン国家になるのではないかと取りざたされている。まさに「世界の中心」という座が近づいているのだ。
国際通貨金基金(IMF)が2014年10月13日に発表した推計によると、購買力平価に基づく中国の国内総生産(GDP)は17兆6000億ドル(約1900兆円)で、米国の17兆4000億ドル(約1880兆円)を追い越して既に「世界一国家」になっているという。
 名目GDPでは昨年、日本を抜いて世界第2位の経済大国になり、2030年ごろには米国を追い越すだろうというのが経済専門家の一般的見方だが、もっと早く中国の「世界一」が実現すると見ていいかもしれない。
 もとより経済には「量」と「質」の両面があるので、「量的ナンバーワン」だから「質的ナンバーワン」ということにはならない。円安傾向もあって急増する訪日中国人が買って帰るお土産のナンバーワンが「温水便座」(約4万円弱)だというのも、よくわかる話だ。
化粧品、時計、刃物、電気釜、テレビなど日本製の方が中国製より優れていることは、中国人自身がよく知っていて、秋葉原だけでなく銀座のメイン通りも今、中国人の買い物客で賑わっている。
 今年は戦後70年で、安倍晋三首相が8月に出す「首相談話」が中国、韓国、米国など世界各国から注視されている。中韓両国は「侵略」「慰安婦」といった表現が継承されるかなど20年前の村山富市首相談話(戦後50年の首相談話)との比較に強い関心を示している。米国はどちらかというと「日米関係」「対中戦略」への日本の対応により強い関心を抱いているようだ。5月の安倍訪米を国賓級待遇でもてなしたのも、迫りくる中国の「米国を抜きナンバーワン国家に」が現実化していくことへの危機感、不安感及び対抗準備からに違いない。中国が始めたアジアインフラ投資銀行(AIIB)への不参加も、同銀行のガバナンス(統治)への不安感もさることながら「中国主導の計画には慎重に」という対抗心があるからだろう。
キューバ危機以来の半世紀にわたるキューバとの断交状態を断ち切って「歴史的和解」に踏み切ったのもオバマ大統領の対中戦略と無関係ではあるまい。米議会上下両院合同会議での演説という機会を朴槿恵韓国大統領(2013年)と安倍首相(今年)に提供したことも、バックには中国を意識している米国の思惑が読み取れる。岸田文雄外相は5月2日、15人の経済人を引き連れてキューバを訪問し、フィデル・カストロ前国家評議会議長と会談した。米国・キューバの和解に歩調を合わせたかのような行動だが、外相が歴史的和解の背景に「米国の対中戦略」がどれだけ含まれていたかを十分理解していたかどうかは分からない。岸田外相は5月13日、東京都内のホテルで開かれた岸田派(宏池会)総会で挨拶し、「今年は宏池会が池田勇人先生により結成されて58年。池田、大平、鈴木、宮澤と4人の総理大臣を輩出し、現在の安倍政権にも5人の閣僚を送り込んでいる。宏池会の長い伝統と保守本流の思想・政策が日本政治の中核をなしている」と強調した。しかし、乾杯の音頭を取った古賀誠宏池会名誉会長は「腹ふくるる思いだが、今日は乾杯だけといわれているので」と言葉を濁した。宏池会の「伝統」「保守本流」が安倍一強政治の中で埋没しているのは多くの人が承知しており、世界の変化の核心をどれだけ現役政治家たちが認識しているのか、はなはだ心もとないものがある。
 20年前の1995年(平成7年)、日本は阪神淡路大地震や地下鉄サリン事件が発生し、戦後50年と重なったこともあって「日本第2の敗戦」の年ともいわれた。作家の堺屋太一氏が「俯き加減の男の肖像」と題する小説を発表するなど、日本列島全体を陰鬱な空気が覆っていた。当時、米国スタンフォード大学のオクセンバーグ教授が言ったという次の言葉が話題になった。
 「舞い上がる鷲」「吠える竜」「さまよえる熊」「しおれる菊」
 こう書くと、賢明な読者はすぐお分かりと思うが、「舞い上がる鷲」とは米国のことである。一時は日本に追い上げられ、経済摩擦が深刻化したが、リストラ効果も出て、アメリカというイーグルが再び大空に舞い上がっているというのだ。
 「吠える竜」とは中国のことで、一時は二桁台の経済成長率でドラゴンが吠えている元気な国を象徴している。
 一方、「さまよえる熊」はロシアを指し、共産党政権の崩壊でグラスノスチ(公開性)などペレストロイカ(立て直し)に踏み出したゴルバチョフ大統領だったが、必ずしもうまくいかず大きなベアがさまよっているというのだ。「しおれる菊」はベネディクトの名著「菊と刀」に象徴される日本のことで、バブル経済がはじけた日本はしおれた菊のようだというのである。
 この4つの譬えを述べた米国の学者は、次のように分析した。
 「われわれは2つの判断ミスをした」。1つのミスはロシアについてであり、宇宙に初めて人工衛星を打ち上げたソ連(当時)という国はすごい科学技術を持った国に違いないと思い、「追いつけ追い越せ」で一生懸命にスプートニクに追いつく技術を開発し、月に人工衛星を打ち上げたことで、ようやく勝ったが、振り返ってみると、ソ連という国もそうたいしたことではなかったのではないか。
 もう1つの判断ミスは、日本についてで、1980年代から90年代への日本経済の対外進出ぶりを見ていると第1次世界大戦前のドイツのように今にも日本が米国に「追いつき追い越す」のかと思ったが、バブル崩壊後の日本を見ていると、我々の判断は間違っていたのではないか。
 「そして私たちは、第3の判断ミスをするかもしれない。それは中国の成長についてであって、今の中国の勢いが21世紀になっても続くかどうかは、慎重に分析する必要がある」
 オクセンバーグ教授は既にこの世にいないが、「吠える竜」はますます吠え続けている。
21世紀が「新冷戦の時代」と呼ばれ、過激派テロの動きに世界の視線が集まりがちだが、それと並行して中国の台頭―独走がもたらす世界への影響を私たちは、もっと分析しなければならない。もし中国が米国を抜いて「世界一の大国」になったとしたらどう対応すべきだろうか。
 私自身を含めて日本人の多くは「こんなに速く中国が成長大国になるとは思わなかった」と感じているのではないだろうか。私が初めて中国の地に足を運んだ1972年当時はもとより、4人組が逮捕され自由化・解放政策が始まった1978年当時でも、現地を取材した私の率直な感想は「少なくともあと30年ぐらい経たないと経済大国化は無理かな」と思えた。
 それが急展開を見せたのは鄧小平が「先冨論」を唱えて「先に富める者は先に富んだら良い。それ以外の人も後から富めるようについていけばよい」と主張し、「黒い猫も白い猫もネズミをとる猫はいい猫だ」と言い出したあたりからだった。
「為人民服務」(ウエイレンミンフーウー)という中国語がある。「人民のために働く」という毛沢東語録だが、赤い表紙の毛沢東語録が必携の時代だった文革当時は、電話を掛けるにも毛語録をまず言わないと交換手が相手につないでくれなかったという。このため中国人は毛語録の中で最も短いフレーズを探した。それが「為人民服務」で、「ウエイウエイ(もしもし)、ウエイレンミンフーウー」が常態化したという。
しかし鄧小平の「先冨論」が浸透してくると、人民は「為人民弊服務」(ウエイレンミンビーフーウー)と変わっていった。「人民のため」が「人民元のため」に変じたのだ。その進化した姿が今日の中国といっても過言でない。
 その結果、世界がどう変わっただろうか。安い労働賃金につられて中国進出を図った日本企業も現在はタイ、ベトナム、ミャンマーなどへと進出先を移しつつある。いまミャンマー(ヤンゴン)へは成田から一日一便、直行便(ANA)も飛んでいる。今春ミャンマーへ出張したが、行きの便はビジネス姿も含めて日本人でほぼ満席だった。同国が外国からの投資を呼び込むため同国南部のダウェーに大型経済特区を設けているため、日本の投資が急増している。ちなみに渋滞が激しいヤンゴン市内を走っている車は9割以上が日本車だ。現地の日本人ジャーナリストによると「日本からさまざまな投資家がやってくる。最近は暴力団も来ているようだ」と、ミャンマー人気(?)の高さを教えてくれた。
 だがミャンマーも含めてアジアの国々も日本同様に「世界一の大国」にならんとしている中国とどう付き合っていくかを模索中だ。カシミール地方で中国との領土問題を抱えるインドのモディ首相が今年5月中旬、初訪中して習近平主席と会談した。習主席はモディ首相を西安の大雁塔(玄奘三蔵がインドから持ち帰った経典が保存されていた塔で、西安のシンボル)を案内するなど異例の厚遇ぶりを見せた。「一帯一路」(現代のシルクロード計画)やAIIBへのインドの協力を取り付けると同時に、中印両国の蜜月関係を日米両国などに見せつける中国側の狙いもあったのだろう。これに先立ち習主席は5月8日、モスクワでのプーチン・ロシア大統領との会談では「ともに戦勝国として第2次大戦の歴史を否定・歪曲・改ざんする試みに反対する」との共同声明を出し、日本の安倍政権にくぎを刺した。
 一方、米国のケリー国務長官は5月16日、北京での王毅中国外相との会談で「南シナ海の南沙諸島で中国が急ピッチで進めている岩礁埋め立てに懸念を持っている」とけん制した。王毅外相は「完全に中国の主権の範囲内のことである」と反論したが、アジアを舞台にさまざまな側面で中国と米国の駆け引きが今後盛んになるだろう。日本は安倍首相の「平和安全法制」への異常なのめり込みに見られるように米国全面支援だが、経済面で苦慮しているヨーロッパは「頭はアメリカ、体は中国」という二面性を見せている。
 徐静波・アジア通信社社長は2001年から「中国経済新聞」(日本語)を日本国内で発行し、中国最新事情を伝えている。彼は最近「2023年の中国」(習近平政権後、中国と世界はどうなっているか?)という興味深い本を出版した。その中で中国経済の未来について次のように予測している。
「2015年 購買力平価ベースで世界最大のGDPに
 2017年 世界最大の『消費大国』に
 2018年 世界最大の『投資大国」に
 2020年 世界最大の『製造大国』に
 2023年 世界最大の『GDP(名目)大国』に」
 そして2023年にポスト習近平政権が誕生し、文字通り中国は世界ナンバーワンになるというのだ。具体的には「消費額が15兆ドルを超え、世界一の市場になる」「世界上位企業500社は、半分以上が中国企業となる」「パナソニックなど日本企業の多くが中国に買収される」「年間1000万人の中国人観光客が日本に押し掛ける」などとみる。
 良かれあしかれ、当分は「吠える竜」が中心になって世界は回転していくだろう。故オクセンバーグ教授が言った「ひょっとしたら我々は『第3の判断ミス』をするかもしれない』という事態は、目下のところ、その可能性が低いように見えるのだが⋯―。                          (この原稿は安保研究会用に書いたレポートを手直ししたものです)            
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