タブーやアキレス腱をどう打破するか  宇治敏彦

 人種差別、貧富の格差拡大、宗教・宗派対立、大規模テロや銃乱射事件…。人類が抱えているタブーやアキレス腱にどう向き合い、いかに解決の道筋をつけていくのか。それが2016年の世界各国に課せられている最大の「宿題」になっています。
 「憎しみの連鎖現象」が目立った2015年でした。特に過激派集団「イスラム国(IS)」によるテロ行為が世界の市民を震撼させました。イスラム過激派には縁遠いと思っていた日本人も、ほぼ1年前の2015年冬、ジャーナリストの後藤健二さんら日本人2人がISに殺害され、「我々も例外ではないのだ」と痛感したのでした。
フランスでは政治週刊紙「シャルリ―・エブト」の本社が銃撃の的になり12人が殺害(2015年1月)され、パリの同時多発テロ(同11月 直後に行われた地方選挙(広域圏議会選)では「移民排斥」「治安強化」などを訴えた極右政党の国民戦線(FN)が躍進し、マリーヌ・ルペン党首は「われわれはイスラム過激派への怒りに燃えている」と語りました。
アメリカでも2015年12月、カリフォルニア州の障害者福祉施設でIS支持者の夫婦による銃乱射事件が起きて14人が死亡しました。オバマ米大統領は「テロの脅威が新たな段階に入った」と述べましたが、「ポスト・オバマ」を決める次期大統領選の共和党有力候補ドナルド・トランプ氏(不動産王)が「イスラム教徒の米国への入国を全面的かつ完全に禁止すべきだ」と発言するなどフランス同様に米国でもイスラム排斥主義が台頭し始めています。
まさに「目には目を」の思想です。オバマ大統領のテロ対策に「なまぬるい」と不満を持つアメリカ人が昨年5月の51%(CNNテレビ調査)から最近では60%に増えているのも右派台頭と同根と言えるでしょう。
だが、行け行けドンドンの勇ましい「アンチIS」「イスラム排除」論で事態が改善するものではありますまい。むしろ火に油を注ぐ危険性を内包しています。
では、銃撃の報復合戦にしない打開策とは? 
第1にはIS支持者の背景にある「人種差別への不満」「経済的貧しさ」「不公平な社会システム」といったテロの火種への改善策を提示できる国家指導者が求められます。2000年にシリアでアサド政権が誕生した際には、民主化を含む政治改革、腐敗官僚の追放など国民から好感をもたれた政治が行われましたが、「絶対的権力は絶対的に腐敗する」といわれるように3選目のアサド大統領の独裁ぶりに同国民の批判が強まっています。
  国連の推計によると紛争などに伴い世界中で約6000万人が国内外への避難を余儀なくされています。特にシリアでは2011年の内戦以来、人口2200万人のうち既に430万人以上が欧州などへの難民になっています(日本に対しては63人のシリア人から難民申請があり、受け入れたのは3人)
 アサド政権にかわる民主的政権の誕生を国際世論が後押しすることが急務です。ミャンマーでは長い軍政のトンネルを抜けて総選挙で民主化推進の「スーチー政権」が誕生しました。これも国際世論の絶え間ないバックアップがあったからです。「アラブの春」で始まった民主化運動がシリアで早く実現し、難民たちが自国に戻ってこられる環境づくりを日本も含めて先進国は今まで以上に強力に推進しなければなりません。
  第2には、「貧困」や「格差」といった社会的矛盾を解決するビジョンや政策の提示・実行です。フランスの経済学者トーマス・ピケティ氏(世界的ベストセラー「21世紀の資本」の著者)が指摘するように「公正な社会発展モデルを実現する」ことが必要です。特にピケティ教授は、エジプトからシリア、イラク、アラビア半島を経てイランに至る人口約3億人の一帯では「石油資源を持つ君主国が地域のGDPの60~70%を占めている。それは人口で10%足らずに過ぎない。ここは世界で最も格差の大きい地域なのだ」(仏ルモンド紙抄訳を朝日新聞が2015年12月1日朝刊に掲載)と指摘しています。人口の1割足らずの金持ちが国を支配しているところにISのような不満過激派を生み出す主因があるというのです。世界の政治指導者は「国富の適正な配分」に汗をかくべきです。
  第3は、特に米国社会に言えることですが、「銃社会」「黒人差別」という長年のタブーがいまだに克服されていないことです。カリフォルニア州での14人殺害事件を受けてニューヨーク・タイムズ紙は1面に「銃の蔓延」と題する社説を掲載し、次のように主張しました。
 「人間を素早く効率的に殺すように作られた武器を市民が合法的に購入できるというのは、国家の恥であり非道徳的だ」
 また黒人差別問題ではローザ・パークス事件(米アラバマ州で白人にバスの席を譲らなかった黒人女性が逮捕された事件)60周年集会で、担当弁護士だったフレッド・グレイさん(84)が「今でも平等と正義を求める戦いが続いている」と訴えました。
 こうした「アメリカの悩み」に筆者は16代大統領リンカーンの言葉を思い出しました。
「The ballot is stronger than the bullet(投票用紙は銃弾より強い)」。
人間は皆平等という信条から奴隷解放を実現した大統領でしたが、1865年、観劇中に皮肉にも上記の言葉とは裏腹に銃弾に倒れて命を落としました。彼が言いたかったことは、銃の打ち合いで勝負を決めるよりは投票用紙に政党名や候補者名を書くことで「明日の政治」を決められるなら、それこそ近代国家ではないか、ということでした。アメリカでは、銃の所持は身を守るための防禦装置として当然という考えが根強いとされてきました。しかし、アメリカ人も今こそ「銃社会」「人種差別」から脱却すべき時です。パリの同時多発テロで愛妻を失った34歳のジャーナリストはネット上で「テロリストを憎まない」と発信し、愛は軍隊より強いと訴えました。
2016年は伊勢志摩でサミットが開催されます。警備当局はテロ防止に全力を挙げています。当然のことですが、同時に安倍首相はこのサミットを世界からISのような過激派が姿を消す世界にするための提案をしてほしいものです。先進諸国がタブーやアキレス腱を克服して「銃規制の強化」「人種差別の撤廃」「公平化に向けた富の再配分」「若者たちの働く場の増大」など希望の持てる「太陽政策」実現をサミット宣言に盛り込んでほしいものです。
(注)これは雑誌「行政&情報システム」2月号に掲載された原稿の転載です。
















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