出会った人々⑱若かりし京極純一東大助教授の思い出  宇治敏彦

 計量政治学プラス独自の思潮で「日本の政治」(1983年、東京大学出版会)といったベストセラーを著した京極純一東大名誉教授が2月1日、92歳でなくなった。心からご冥福をお祈りします。学徒出陣を経験した京極さんは、常に戦後民主主義の立場からさまざまな著作や論文を発表するかたわら東大教授の後は千葉大教授、東京女子大学長、年金審議会会長などを歴任した。
 政治記者だった筆者が京極さんと親しくお付き合いしたのは、東大助教授当時の昭和30年代である。当時、京極さんは東京・目黒区東山の高台にあった公務員宿舎に住んでいた。わが家も東山の目黒川近くにあったので坂上の公務員宿舎までは、ゆっくり歩いても5、6分の至近距離だった。京極助教授のご意見を聞いてみたくて最初に宿舎にうかがった時のテーマが何であったかは忘れてしまったが、2Kぐらいの広さしかない宿舎内は書物や資料が積み重なっていて足の踏み場もなかった。
 昭和38年(1963年)のことだが、政治部の渡辺博先輩と2人で「政治を科学する」と題する企画を始めた。「政治から党利党略、派閥意識、政治的な思惑といった“不純物”を除き、もっと客観的な政治分析ができないだろうか」というのが企画の狙いだった。毎週1回、東京新聞朝刊に9か月ほど連載した。国会議員を対象に毎日どんな食事をとっているか、どんな本を読んでいるかなどアンケートを取って、それを医学者(林髞慶大教授)や作家(武田泰淳氏)らに分析してもらい「ビタミンと民主主義」「政治家の知的水準」といった記事にまとめた。当時は「○○を科学する」という表現が新鮮だったせいか、しばらくすると他紙が「野球を科学する」とか、「哲学を科学する」といった企画をやりだして、ちょっとした「科学する」企画ブームになった。
 同年の終戦記念日に掲載した「政治を科学する」では「ハシゴ段評定法」(アメリカの社会心理学者H・キャリントルによって考案された意識調査方法)を採用して、国会議員や一般人を対象に「戦後18年の日本をどう評価するか」の調査を実施した結果を記事にした。「あなたの現在の生活は10段のはしご段でいえば何段目と思いますか」「5年前、5年後は何段目と思いますか」「日本という国は何段目と思いますか」といった意識調査である。その結果をもって京極先生のお宅を訪ねた。京極さんも計量政治学の先駆者として調査結果に大いに関心を示し、私に次のようにコメントしてくれた。
 「現在の日本社会は決して平等の社会とはいえないようだ。つまり自分の生活や国の評価に常に高い位置づけを与えるグループと、逆に常に低い位置づけを与えるグループとにはっきり色分けされる」「過去の日本を高く評価している人は現在・将来の日本も高く評価し、過去の日本を低く評価する人は現在、将来の日本も低く評価する傾向がある」「自分の将来の生活が高くなってゆくことが出来れば日本の国も高くなろうし、生活程度が向上しなければ日本も発展しないと見ている人が多い」
 これらのコメントは記事に生かされた。仕事の話の合間にいろいろ雑談をしたが、私にとって意外だったのは、ちょっと世の中を斜に構えて見ておられたのか、皮肉っぽい表現が先生の口から、しばしば飛び出してくることだった。町中で行き合った時などは、いつもニコニコしておられたが、若き日の京極純一東大助教授には、そんな一面もあったことを付記しておこう。

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