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「本音を語る外交官」谷野作太郎氏の証言録  宇治敏彦

 ちょっと値段が高いので、お勧めするのを躊躇するが、昨年末に刊行された谷野作太郎氏(元中国、インド大使。日中友好会館顧問)の「外交証言録 アジア外交 回顧と考察」(岩波書店 6400円)は、外交官が本音ベースで語っている現代史録として一読に値する。服部龍二中央大学教授ら3人の学者による聞き書きがベースになっている。
 谷野さんといえば、一番知られているのは村山富市内閣当時に政府が出した戦後50年の「村山談話」起草者(当時は内閣外政審議室長)だったことだが、鈴木善幸内閣の秘書官として伊東外相辞任に発展した「日米同盟」問題(ここでは小生の名前も登場するが)や中韓両国から日本批判の一因となっていた歴史教科書問題などにもかかわり、さらに幼馴染の福田康夫元首相には中国問題でのアドバイス役を務めるなど多方面で歴代内閣の外交政策にかかわってきた。
 「村山談話」作成の裏話は貴重だ。当初は村山首相個人の談話で出す手はずだったのが当時の野坂浩賢官房長官(社会党)から「閣議決定にもっていこう」との提起があり、自民党の橋本龍太郎通産相、江藤隆美総務長官、平沼赳夫運輸相(いずれも当時)など「おっかない方々」(谷野氏)をどう説得するかが問題になった。
 「国策を誤り」「植民地支配と侵略」によって「アジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えた」ことに「痛切な反省と心からのお詫び」を表明する日本国総理大臣談話だから当時、遺族会会長だった橋本氏をはじめ「日本は韓国に良いこともした」発言で後日、閣僚を辞任するタカ派の江藤氏らがOKを出すのか、谷野氏は本書の中で「自民党内閣ではとても無理だったでしょう」と回顧している(257ページ)。ここで興味深いのは橋本氏の態度だった。同氏から「一か所だけ訂正してはどうか」と注文がついた。原案では「終戦」と「敗戦」を書き分けてあったが、「全部『敗戦』で揃えたらどうだ」「遺族会もそれで問題ない」というので、「敗戦」という表現に統一したという。
 谷野氏は後日、「『敗戦』にそろえろとおっしゃったのは、どういう背景があるのですか」と橋本氏に直接問いただした。彼の答えはこうだった。
 「君たちは遺族会を色眼鏡で見過ぎている。遺族会の中枢は純粋なんだよ。あの戦争はやっぱり誤りだった、戦うべき戦争でなかったということで、遺族会の多くの人たちは、自分たちの夫や父親や兄弟は、その犠牲者だと思っている。戦争を引き起こしたA級戦犯の人たちと一緒に祀られていることについて、釈然としない思いを持っている人たちも少なくない。敗けたものは敗け、『敗戦』と表現することについては、遺族会の中枢はまったく異論がないんだよ」
 故橋本氏は筆者と同年齢。初当選後の会見で「マルクスの『資本論』を既に高校時代に読了した」などと述べ、「随分生意気な二世政治家だな」と思ったものだ。ただ「われらの世代(昭和12年生まれ)は戦前の軍国主義と戦後再軍備論に挟まれた絶対平和主義。サンドイッチのパンに挟まれた薄いハムみたいな世代だね」と個人的に漏らした時は共感を覚えた。
 昨年秋、私は満10年間務めた日本新聞協会の国際委員長を退任した。同委員会では毎回、会合の際にゲストを招いて参考になる話を伺うのが恒例になっているが、最後の会合には谷野さんに来ていただいたいと思っていた。谷野さんは出席を快諾してくれたが、「S紙も来るの?」と気にしていた。慰安婦問題などで十分に取材しないままに一方的にS紙に谷野さんのコメントが掲載され、頭に来たと怒っていた。国際委員会での講話は「‟歴史”と如何に向き合うか」で、聞きごたえのある内容だった。特に中国大使経験者として現在の日中関係を憂慮し、陳毅元副総理(故人)が1960年6月、野間宏、亀井勝一郎両氏といった日本作家代表団と会見した時の発言を例に挙げた。
 野間氏らが「過去の日本の行為を忘れない」と言ったのに対して陳毅氏が答えた次の発言である。
 「皆さん、ありがとう。我々は過去のことは過ぎ去ったものにしようと言い、貴方たちは日本人として過去を忘れてはいけないと言われる。そうであるなら、両国人民は本当の友好を実現することができるでしょう。逆に我々がずっと日本を恨み、あなた方日本人が中国を傷つけたことを、きれいさっぱり忘れてしまうようなことになったら、中日両国はいつまで経っても友好関係を実現することができないでしょう」
 谷野さんは第2次世界大戦で敵味方として戦った独仏両国の友好関係にも触れて「ダンスは2人でなくては踊れない」と述べた。過去の日中関係を踏まえて「未来志向の日中」を考える時、まさに陳毅発言は至言である。現在の日中関係は中国の軍事大国化や安倍政権の新安保法制もあって、1972年の日中正常化直後の「ニーハオ友好」が大幅に後退し、冷ややかなムードが続いている。陳毅発言をベースにした日中の友好ダンスは、どうしたら実現できるのか。政治家も外務官僚も谷野証言録に学んで「日中友好の再構築」を真剣に模索して欲しいものだ。
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