花森さんのお嬢様の土井藍生さんからのお便り  小榑雅章


花森さんのお嬢様の土井藍生さんから、4月7日に下記のメールをいただきました。
私どもの前では決して見せなかった日常の花森さんの姿がうかがわれて、胸をつかれました。
藍生さんのご諒解をいただいて、掲載させていただきます。

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小榑様

拝見しました。
 父が亡くなる前の冬休み、子供を連れて一緒に過ごした日々を改めて思い出しています。
 しんどそうにしながらも、子供を連れて青山のトイザラスへおもちゃを買いに行き、食事を一緒にし、足元が覚束ないのを見て、相当疲れて限界に来てるなと危ぶみつつ冬休みの終る前日に大阪に帰りました。
 14日の明け方電話で起こされ、父の死を知らされ、ああやっぱりと思ったことでした。

 お書きになった亡くなる直前の仕事のこと、1行足らなかったことをそのまま放置したことは、普段のやり方からは考えられないことですね。疲れて投げやりになっていたのでしょうか。とにかく雑誌を作り上げなければ・・・と必死で自分に鞭打ってよたよた走ってきて、燃え尽きたのでしょう。そこまで頑張らず養生なさればもっと長生きが出来たのに・・・と周りの方々が言って下さいましたけど、あの性格で、人のした仕事を見るだけ、貴方は手を出してはいけないなどという事態なったら、気が変になっていただろうと思います。不本意ではあっても、原稿も表紙も書き、何とか本誌が出る状態にして死ねたということは、父のためには良かったいう思いは今でも変わりません。
 自分が70歳を過ぎ、友人知人の訃報が増え、エイジングの重みが増している昨今、良い死に方だったと思います。会社にとっては後継者を育てなかったという、重大なミスをしてしまいましたが・・・。

 おそばの話は知りませんでした。お蕎麦屋さんには一緒に行ったことがないからでしょうね。
 結婚してからは里帰りすると私が炊事担当で、翌朝何時に出るから・・・と前日私に申していました。
 当然お節も全部私が作り、大晦日の夜中にお重を詰めていると、綺麗にできたねぇと必ず言ってくれ、
私が大変だから、孫も連れて、ホテルに泊まることにしようかという提案もしておりました。私は料理だけは好きなので、大丈夫だから・・・と断っていましたけど。暮れの忙しさの中で、毎年何故か父の思いやりを懐かしく思い出します。改装したとはいえ、親の家に住んでいるからかもしれませんね。

 仰るように戦前の官憲の恐ろしさを経験していますから、いわゆるお上にたてつくようなことを言う時は
今でも怖いよと申していました。何となく身構えてしまうと。私も人並みにデモなどに行っていたので、心配をかけていたようです。あまり表立って反対はしませんでしたけどね。遠い昔の話です。

 今日は暖かでしたが、明日はまた逆戻りとか。不順ですのでお大事に。

藍生

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