あるディープスロートの死  宇治敏彦


 最初はどういうきっかけで知り合ったか思い出せないのだが、私が第一線で政治記者活動をしていた30年以上前のこと。さまざまな政界情報をもたらしてくれた不思議な人物がいた。地球環境平和財団理事長代行・専務理事の重本勝弘さん。初めは内閣調査室の人かと思ったが、そうではなく民間人だった。男気のある気立ての良い人物で、すぐ仲良しになった。1980年6月、衆参同日選挙の最中に大平正芳首相が急死し、自民党は大平同情票もあって圧勝した。選挙後、ポスト大平の総理総裁候補に急浮上したのが鈴木善幸氏。「ゼンコー・フー(善幸ってだれ?)」が流行語になった。中曽根康弘、宮沢喜一、河本敏夫氏らが下馬評にあがっている中で、派閥の領袖でもない調整型政治家の善幸さんが棚ぼた式に第70代総理大臣になってしまったのだから無理もない。しばらくして重本さんがやってきた。「大平首相の存命中から次は鈴木善幸と予測していた人がいますよ」と。「へえー」と私は驚いて、彼の紹介でその人物と会うことにした。神戸市北区道場町にある真言密教の寺、鏑射寺(かぶらいじ)の導師、中村公隆氏。重本さんによると政治家、官僚の中にも中村ファンがいて、迷いがあると神戸の寺まで会いにいくという。導師上京の折に重本さんと一緒に帝国ホテルでお目にかかった。「お祈りをしていると、フィリピンあたりにどうも気になるものが映るのです。いつか火がつきそうです」と何回もいわれた。なんのことか私には想像もつかなかったが、間もなくしてアキノ元上院議員が暗殺され、フィリッピン国内は大騒動に発展した。
また重本氏がもたらしてくれた情報で新聞の紙面づくりに役立ったことが何回もあった。1986年の暮れ、「脳梗塞で倒れた田中角栄元首相が年明けに目白台の私邸で新年会をやり2年ぶりに姿を見せるそうですよ」という。さっそく政治部、写真部などに手配したが、田中邸では平河クラブ(自民党記者クラブ)の記者に限り、しかも写真は厳禁と娘の真紀子さんが言っているという。東京新聞では2人の記者がカメラを隠し持って田中邸に入ることにした。重本さんの情報では、とび職たちが木遣り歌をうたい、それを角さんが見るはずだというので、その関係者にも写真を撮ってもらい、フィルムを元日に受け渡してもらう手はずも整えた。1987年(昭和62年)の元日は好天に恵まれた。二階堂進氏ら田中派幹部が続々と集まったが、新グループをつくった竹下登氏だけは門前払いだった。紺の背広で姿を見せた田中元首相に記者たちは、こっそりとカメラを向けた。私は重本氏からとび職の人が撮ったフィルムを受け取った。「田中元首相 年始客に元気な姿」。1月3日朝刊(2日は休刊日で新聞は発行されず)1面トップには、そんな見出しで政治部の谷政幸記者が写した元首相夫妻の写真が大きく掲載された。とび職が撮ってくれた写真も2面に掲載した。私は密かに重本さんをディープスロートの一人と呼んでいた。
重本さんの交友関係は国会議員、官僚、外交官、学者、経済人など驚くほど広かった。政界陰陽師を名乗る富士谷紹憲氏(故人)が私のところに創価学会に関する情報をしばしばもたらしていたが、重本さんもまた富士谷氏と交友していることを知って驚いたこともあった。活動範囲も多岐にわたり、日中ジャーナリストカラオケ大会とか、各国大使館同士の親善テニス大会、稲作フォーラムなどさまざまな企画を立案・実行した。そして20年前からは最後の仕事になった環境問題への取り組み。地球環境平和財団を立ち上げてUNEP(国連環境計画)との共催で地球の森を守る運動などを精力的に続けてきた。数年前、体調を崩して手術をしたことを聞いたが、酒を一滴も飲まない重本さんがこんなに早く逝くとは夢想だにしなかった。今年2月、急逝したと連絡を受けて耳を疑った。同財団事務局長の矢野等子さんは「重本は祖国・日本を愛し、人をこよなく愛した人生でした。人間味あふれる存在感と一途な純粋さで多くの方々から愛され、慕われた人生でもありました」と追悼文に書いている。まだ67歳。重本さん、貴方は「生き急いだ」のではありませんか。

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Re: 重本勝弘の親戚です

高橋 伸彰様

6年前に書いた重本勝弘さんに関する拙稿にコメントを寄せて下さり、びっくりしました。
実は拙稿がブログ雑誌「埴輪」に掲載された直後に日本テレビ社会部で警視庁詰めの記者から
「あるディープスロートの死を読みました。私も重本さんには大変お世話になりました」とのコメントをもらいました。
通夜の席には著名な軍事評論家の姿もあって、改めて交流の広さを感じました。確か雨が降っている中での通夜ではなかったかと
思い出します。
それから時日が過ぎて「重本さんが私の名づけ親」「社会的弱者のためのNPO活動中」とのメールをいただき、何か今も
重本さんが生きていて「お久しぶりです」と眼前に現れたかのような懐かしさを覚えました。
どうか重本さんのガッツや活動力を継承して立派な活動を続けられますよう祈念します。


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