国際化の中で沈没する「日本株式会社」の悲劇     宇治 敏彦

 三菱自動車やスズキなどの燃費不正問題、シャープの鴻海(台湾企業)傘下入り、中国資本による北海道「星野リゾートトマム」買収など近年、日本一流企業の不祥事や外国資本による買い占めが目立っている。かつて「政治は三流でも経済は一流」といわれ、「日本株式会社」との流行語まで生まれた戦後日本経済は、どうして駄目になったのだろうか。モノづくりを忘れて、金融中心の経済に走った結果が今日の事態をもたらしたといったら言い過ぎだろうか。
 もう四半世紀前のことだが、毎年実施している中日新聞社の創業記念日行事に経団連副会長だった飯田庸太郎・三菱重工業会長(当時。故人)を案内して記念講演をしてもらったことがある。JR名古屋駅太閤通口(新幹線側)には三菱自動車製の高級車「デ゙ボネア」があらかじめ配車されていた。車内で飯田氏は「この車もようやく他社並みになってきた」と漏らした。筆者は1989年に韓国の現代(ヒョンダイ)自動車工場を見学したことがある。韓国でも乗用車の国産化が急ピッチで進んでいたが、現代の場合、エンジンだけは三菱自動車製を使っていた。当時、日本国内では同じ三菱でも「パジェロ」は1990年代のRVブームを牽引したが、「デボネア」の売れ行きは芳しくなく、「三菱グループ役員の専用車」などという悪口も聞かれた。
飯田氏の講演テーマは「モノづくりの重要性」だった。三菱重工長崎造船所で製造した大型客船「飛鳥」による船旅がブームになりかかっていた。「モノづくりは人々に夢を与えるものでもある」というのが飯田さんの主張だった。もともと彼は1943年東大工学部卒業後、三菱重工に入社して、原動機第一技術部長などを歴任した技術者だった。それだけにモノづくりが単に日本経済を押し上げる要因だけでなく、ソニーのウオークマン(携帯式ヘッドホンステレオ)のように人々に「夢と希望」を与える原動力になることを期待していた。
だが今秋には就航25周年を迎える「飛鳥」の製造基地、長崎造船所も分社化と規模縮小を迫られているのが現実だ。
こうした背景に何があるのだろうか。燃費偽装問題の責任を取って三菱自動車の相川哲郎社長が辞任し、日産自動車が三菱自動車株34%を取得して事実上、傘下に収める資本業務提携がなされた直後の両社首脳の記者会見(5月12日)をテレビで見ていて驚いた。三菱自動車の益子修会長は「自動車を良く知っている相手と一緒になることで、特に技術開発では日産の人にきてもらい、お任せしたい」と述べた。対する日産のカルロス・ゴーン社長は「いや技術開発は従来通り三菱でやってもらいたい」と語った。これを聞いていた筆者の率直な感想は、こうだ。
「なんだ、ブラジル生まれのレバノン人、ゴーン氏のほうが責任感の強い昔気質の日本人で、益子氏のほうが責任放棄の外国人みたいじゃないか」
 自分の社の連中は駄目だからライバルだった日産の技術者におんぶで抱っこというのでは、過去の自分たちを全否定するだけでなく、あまりにも無責任ではないか。対する日産トップが「いやいや技術開発は、今回の反省のうえに従来どおり三菱さんでおやりになるのが筋ですよ」とたしなめるのは正論で、ゴーン氏のほうが、よほど日本人らしい。
しばらくして三菱自動車の開発担当副社長に日産の山下光彦技術顧問が起用される人事が発表された(6月24日付)。かつて飯田庸太郎氏が叫んでいた「モノづくりは夢づくり」という三菱スピリットは、どこへ行ってしまったのか。トップがこんな無責任体質なら下で働く一般社員は、さぞや苦労が多かろう。江田五月参院議員(元参院議長、岡山出身)が自らのブログに「三菱自動車と地域社会」と題して次のような一文を書いている(5月12日付)
「三菱自動車の燃費不正問題が、地元岡山を直撃している。倉敷市にある水島製作所は、軽自動車ラインが年間生産量の6割を占め、現在約1300人が自宅待機している。自動車産業は、完成車メーカーを頂点に、下請け、孫請けと重層的に部品メーカーで作る“ピラミッド構造”で、県内の自動車関連産業の従業員数は約1万4千人。取引先は、倉敷、総社、笠岡などを中心に約200社に上り、問題が地域社会や地域経済に与える影響は甚大だ」
一方、過去10年間に中国から買収された主な日本企業を見ると、ラオックス(2009年、蘇寧電器集団に)、本間ゴルフ(2010年、マーライオンホールディングスに)、レナウン(同年、山東如意科技集団に)、三洋電機の一部(2011年、白もの家電がハイアールに)、星野リゾートトマム(2015年、上海豫園旅游商城に)、東芝の一部(2016年、白もの家電が美的集団に)といった具合である。
先日も民放TV番組で中国企業に買収された温泉宿の特集をやっていたが、中国人団体客が増えた代わりに日本人個人客が減り、また人件費削減で従来のサービス水準を維持するのが困難になり、従業員が労働強化を強いられている状況が放映されていた。
日本もかつて1970年代から80年代にかけてのバブル時代にはアメリカの映画会社や著名ビルを買収してアメリカ人に恨まれ、米政府は「日米構造協議」を提起してきた。国土面積では日本より約17倍の広さを持つ米国の総地価が日本バブル最盛期には、日本の総地価価格の4分の1という試算は、どう見ても狂気の沙汰の経済感覚としか思えない。それと同様な中国バブルがいま日本の企業や不動産の買い占めに走っている。
では今後、日本はどういう道を進むべきなのか。残念ながら安倍政権もそこまでは明示していないので、私なりの見解を述べておこう。
ここ30年ぐらいの間でMade in JAPAN製品ということで世界的に信頼度があり人気の高い商品は「家電製品」「化粧品」「時計」「アニメ・漫画」「ゲームソフト」「各種デザイン」などであった。「前衛の女王」といわれる草間彌生の水玉模様の絵画やデザインもその一例だろう。また鉄道、ダム、発電所、橋梁、トンネルなど大規模公共事業でも日本の技術水準は高いと評価されている。
これらに加えて、日本がもっと力を入れて各国に売り込むべきだと思うことは3つある。第1は「クリーン産業」(きれいな空気、きれいな河川の維持など環境汚染対策、発展途上国での水道・井戸水建設、省エネルギー対策の技術など)である。第2は、芸術面でかつて江戸時代の浮世絵版画がゴッホなど印象派の画家たちに強烈な印象と影響を与えたように、現代日本の絵画、デザイン、陶器、ファッション、映画、アニメ作品及びその技術を積極的に輸出していくことであろう。そして第3は、世界に先駆けるスピードで進んでいる「人口の老齢化」対策である。食品、介助道具、ベッド、補聴器、介助ノウハウなどだ。
原発、鉄道、ダムといった大規模公共事業もさることながら各国の人々(先進国、発展途上国を問わず)が日常必要としていること、あるいは今後、必要になるであろうことにMade in JAPANの技術・ノウハウを提供していくことである。
金融(為替レート、株価など)中心経済では、安倍首相が懸念するように「リーマン・ショックの再来」という事態もなしとはしない。しかし、モノづくり本位の経済に回帰すれば、金融危機の打撃をいくらかでも軽くすることが可能であろう。「モノづくりは夢づくり」という精神に立ち返る時ではなかろうか。そうでないと「日本株式会社」といわれた時代の栄華はもとより、過去25年間のデフレ経済から本格的に脱却するのは困難であろう。
(この一文は「安保政策研究会」リポートに書いた原稿を補足したものです)


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