宇治敏彦新著「版画でたどる万葉さんぽ」   小榑雅章

万葉さんぽ

宇治敏彦著「版画でたどる万葉さんぽ」新評論刊(定価1800円+税)

 埴輪の同人宇治敏彦さんが、新しく本を出しました。
「版画でたどる 万葉さんぽ」という本です。このブログには、宇治さんの「宇治美術館」があるので、みなさんもご存じのとおり、版画の名人です。同時に万葉集にも通じる達人でもあります。
この本は、カラーの版画がふんだんに掲載されている、楽しい美しい本です。でもおなじ同人が誉めても説得力がありません。
この本の巻頭で、平安文学の泰斗で、日本語の最も著名な国語学者の山口仲美先生が、この本がユニークで如何に素晴らしいかを寄せてくださっているので、それを転載させていただきます。このすいせん文を読むと、きっと誰もが、この「版画でたどる 万葉さんぽ」という本を読みたくなりますよ。

癒しの本版画――すいせん文にかえて  山口仲美(日本語学者、埼玉大学名誉教授)
エピソード入りの文章
宇治さんと知り合ったのは、今から二〇年余り前のこと。日本語の現在・未来をどうするかということを審議する国語審議会(当時)という行政機関の会議の席でした。宇治さんは東京新聞の論説主幹。「日本語」に対する考え方が似ていたので、ときどき会話を交わすようになりました。
あるとき、宇治さんはモゴモゴと言いました。
「僕は、仕事の合間に版画を彫っています。今度個展を開きますので、よかつたら見に来てください。」
絵が好きな私は、興味津々で出かけました。銀座の画廊でした。そのときにふと漏らした私の感想がこの本のなかに出てきたので、思わず赤面してしまいました。詳しくは、本文でお楽しみください。
こんなふうに、この本は、版画にまつわるエピソードが挿入されています。エピソードには、版画を通して出会った政界人・経済人をはじめ、作家や住職といったさまざまな人物が登場し、それもこの本の魅力になっています。もちろん、エピソードのほかに、この本の主題である万葉集の歌の意味、作者をめぐる人間模様、詠まれた場所などが分かりやすく、親しみやすく記されています。だから、スルスルと引き込まれ、サラサラと最後まで読んでしまいます。

素朴な書体でかかれた歌
さて、この本の一番の特色は、万葉集の歌と絵の版面です。まず、歌は素朴で味わいのある楷書体で彫られています。流れるような行書体や草書体ではなく、「益荒男振」と言われる万葉集の作風にもビシッと合っている楷書体。しかも、歌を記す文字が、何よりも大切に取り扱われています。
歌が絵に邪魔されて、読めないなんてことはありません。たとえば、「夕されば 小倉の山に臥す鹿の 今夜は嗚かず 寝ねにけらしも」という万葉集の歌があります。顔を寄せて愛しく思い合う二頭の鹿の絵の上に、この歌が彫られています。しかも、歌の句と句の間には行間を感じさせる空間をつくって、読みやすくする工夫がなされています。読みやすい書体、歌を前面に押し出した構図には、宇治さんの強いメッセージを感じます。「万葉集の歌をじっくり味わってくださいよ!」というメッセージです。宇治さんの万葉集の歌への愛が伝わってきます。

歌の雰囲気をかもしだす絵
歌に添えられている絵が、また楽しいんですね。歌の持つ雰囲気をうまく伝えてくる。
来むと言ふも 来ぬ時あるを 来じと言ふを 来むとは待たじ 来じといふものを
これは、女流歌人・大伴坂上郎女の茶目っ気あふれる歌。「あなたは、来るつもりと言っても、来ない時があるでしょ。まして、来ないつもりと言うんですから、来ると思って待つことなんてしないわ。来ないつもりって言うんですから」という意味です。ホントは来てほしいから、こんな茶化した歌を詠んで贈っているのです。
この歌に描かれた絵は何だと思います? いかにもすっとぼけた埴輪の版画なんです。「ちちんぷいぷい、どうか来てくれますように」なんて、ユーモラスに祈っている姿に見える立ち姿の埴輪です。歌に対する宇治さんの解釈が絵に投影されているのですが、それが誠に余裕とユーモアにあふれていて、見る人の心を癒してくれます。
相思はぬ 人を思ふは 大寺の 餓鬼の後に 額つくがごと
という笠女郎の片思いの歌があります。「私を思ってもくれない人のことを思うなんて、大寺の餓鬼像の後ろから地にひれ伏して拝むようなものよ」という破れかぶれの面白さのある歌です。この歌に添えられた絵は何か? 西大寺の邪鬼像をモデルにしたような餓鬼が描かれているのですが、奇妙なおかしさがにじみ出ている版画となっています。餓鬼にしては太りすぎている。餓魂の顔にしては怖くない。「俺って、そんなにダメ?」って情なさそうに問いかけてくる間抜け面です。歌のもつ、投げ出したようなおどけた雰囲気が見事にとらえられているのです。
明るさで歌を包み込む絵もあります。天智天皇が、妻の額田王や彼女の元の夫・大海人皇子を含んだ一行を引き連れて、薬草狩りのために蒲生野に行楽したときのこと。額田王は、元の夫が「愛しているよ」とばかりに袖を振るのを見て、「禁野の番人が見るわ、あなたが袖を振っているのを」といった内容の歌を詠みます。すると、元の夫は答えます、「人妻だと知りながらも袖を振るのは、美しい君が忘れられないからさ」といった内容の歌を。かなりきわどい内容の歌の贈答ですが、天智天皇の前で二人は堂々と詠んでいます。こうした内容の贈答歌にどんな絵柄を添えるか? ひらけた野原に鳥が飛び、地面にはたくさんの薬草が生えている。空には太陽が描かれ、地上にさんさんと光をふり注いでいる。画面の手前には元の夫の振っている片袖が大きく描かれている。こんな絵を添えているのです。なんとものどかで明るい光景。今の夫の前でも、私たちは恥ずかしくない清い関係ですといった歌の雰囲気を巧みにとらえた絵柄なのです。だからこそ、二人のきわどい贈答歌は、肯定され一層明るい輝きをはなって読者の心に訴えてきます。

歌と絵の融合
宇治さんの木版画は、歌と一緒に味わったときにもっとも効果を発揮します。たとえば、表情。宇治さんの彫った人物や動物たちの表情は、いくつかの解釈を許す幅の広さをもっています。ところが、じっと見ているうちに、「この馬、すごく困っている!」と特定の表情を強く感じはじめるのです。そこに書かれた歌の意味が作用してくるからです。
「柵越しに麦を食べてしまう馬が飼い主にひどく叱られるように、僕も彼女の親にすごく罵られるけれど、困ったなあ、僕は彼女が恋しくてたまらないんだもん」といった内容の歌とともに示された馬は、困惑の表情を鮮明に表しはじめるのです。
歌と絵が融合して互いを生かし合って幸せな関係を築いているのが、宇治さんの版画絵です。それは、見る者に深い癒しを与えてくれます。       二〇一六年三月三日記す




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