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天皇の「生前退位」のご意向表明に思うこと    宇治敏彦

8月9日、ビデオメッセージで国民に伝えられた天皇陛下の「お気持ち」は、憲法第1条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」が求めている「天皇の仕事」と、ご自身の年齢・健康・子孫への思いといった「人間・明仁(あきひと)」との谷間で悩まれた結果であったろう。
 「80歳を超え、身体の衰えを考慮する時、全身全霊で象徴の務めを果たすのが難しくなると案じている」というお気持ちは、よくわかる。特に「戦後70年」に当たった昨年8月15日の全国戦没者追悼式で正午の時報前に「お言葉」を読み始めてしまい、改めて時報後にやり直したといった間違えも精神的に堪えられたに違いない。共同通信、朝日、読売の世論調査で80%以上の人が天皇の「生前退位」というお気持ちを理解できるとしているのも自然なことだろう。
 しかし天皇は、「公務代行」とか「摂政」という形を望んでいない。お言葉でも「摂政を置いても、天皇が務めを果たせないことに変わりはない」とし、きちんと後継天皇を決めてほしいと希望しておられる。父親の昭和天皇は皇太子時代に、大正天皇が病気になり亡くなるまでの5年間、摂政を務められた。だが学友たちによれば現天皇は「責任感が強い」「真面目で何事にも真剣」「嘘を嫌う」などの性格から、摂政では「日本国および日本国民統合の象徴」という仕事を全うできないと考えておられるのだろう。
 自らが昭和天皇の死去に伴い平成天皇になったのは55歳の時。それから28年経って皇太子も56歳と、ご自分の即位年齢を超えている。遅くとも自らの在位期間が30年間になるころには譲位できないものか。そんな思いが「お言葉」冒頭の「戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます」という表現になっているのではなかろうか。
 だが、現行憲法に基づく皇室典範では「崩じたとき」以外の天皇交代を認めていないので、「生前退位」を実現するには当然ながら典範改正か特別立法が必要になる。
ここからが問題だ。「女系天皇を認めるか」「譲位後に皇太子がいなくなるので皇太弟を設けるか」といった議論のほかに、次の2つの問題があると私は思っている。
 一つ目。皇室典範の改正に着手することが改憲ムードをあおることになるかもしれないとの危惧だ。先の参院選で改憲勢力が衆参両院で3分の2を占める国会では今後、憲法審査会が憲法改正への具体的手順を検討し始める。憲法改正は安倍晋三首相の悲願である。天皇の思いとは別に、「生前退位」問題に便乗して改憲ムードを高めようとする動きが保守陣営から出てきても不思議ではない。現に作家の高村薫さんは「(天皇の)お気持ちは痛いほどわかるが、大変なことになったというのが率直な感想だ。天皇陛下と昭和天皇は戦争の犠牲者を悼み、平和への思いを表明し続けることで大きな役割を果たしてきた。平和憲法と共に天皇という存在があったのに、場合によっては憲法の見直しまで考える必要が出てくる。個人的には公務を減らしてでも今の陛下に天皇でいてほしい」とコメントしている(8月9日、毎日新聞朝刊)。一般人にも同じ思いがある。「退位は慎重に検討してほしい」と、千葉県在住の男性、酒井弘之さん(無職、80歳)が朝日新聞にこんな投稿をしていた。「陛下は、少年時代だったとはいえ戦争の時代をくぐられた。戦争を体験された最後の天皇である。戦争の反省に立って生まれた新憲法下で即位された最初の天皇でもある。戦後70年の平和を象徴されるお方である。憲法にある通り、天皇陛下は『国民統合の象徴』である。この象徴制が動揺を来さないように、退位については慎重に検討申し上げるべきではないだろうか」(8月10日、朝日新聞朝刊の声欄)
 皇室典範の改正が憲法改正にまで発展していくことは天皇も不本意だろう。政府も国民も難しい対応を迫られている。
 二つ目。これは天皇が持っている「二つの顔」、すなわち国民統合の象徴という「機関としての天皇」の顔と「人間としての天皇」」という顔をいかに調和させていくかである。
 昭和天皇が死去されて平成がスタートした翌日の1989年1月8日から5回にわたり東京新聞・中日新聞1面に「新象徴天皇」という企画を5回連載した。その1回目で私は、昭和天皇が敗戦直後の1945年(昭和20年)9月9日付で皇太子(現天皇)に送った手紙を紹介した。
 「敗因について一言いはしてくれ。我が国人があまりに皇国を信じ過ぎて英米をあなどったことである。⋯⋯⋯明治天皇の時には山縣、大山、山本等の如き陸海軍の名将があったが、
今度の時はあたかも第一次世界大戦の独国の如く軍人がバッコして対局を考へず、進むを知って退くことを知らなかった」(原文のまま)
 と同時マッカーサー元帥との初会見(同年9月27日)の際の天皇の発言も再録した。「責任はすべて自分にある。自分は国民が戦争遂行にあたって政治、軍事の両面で行ったすべての決定と行動に対して、すべての責任を負う者として、あなたが代表する連合国の裁定に委ねるためここに来た」
 ここに「二つの顔」が垣間見える。現天皇も父上の「戦争責任」に対する贖罪の意味も含めて内外で戦没者や犠牲者に深い哀悼の意を表する行動を美智子皇后とともに続けてこられた。また東日本大震災、阪神淡路大震災といった自然災害の現場を訪ねては被災者とその家族たちに膝を接する距離で慰労する姿に国民は深い感動を覚えた。「機関としての天皇」と「人間としての天皇」がマッチしていた。皇太子が天皇に即位しても、今上天皇の精神は引き継がれていくだろう。ただ戦争の悲惨さを自ら体験された天皇と戦後の高度経済成長期に誕生した皇太子では、やはり「お気持ち」に開きが生ずるのは当然だ。先の80歳の男性の投書のように「退位は慎重に」と願う気持ちもよく分かる。
 「国民は何より陛下に一人の人間としてお幸せであってほしいと思うのではないか」(学友のコメント)という側面と、「公務を減らしてでも今の陛下に天皇でいてほしい」(高村薫さん)という要望との狭間で、天皇も国民も双方が納得できる結論を見出すのは至難の業に近い。だが、その決着を付けなければならない時が迫っている。
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