映画「クワイ河に虹をかけた男」と終戦記念日   小榑雅章

今年もまた、8月15日が来る。
昭和20年1945年8月15日、日本がアメリカや中国などの連合国に降伏し、負けた敗戦の日だ。この8月15日を終戦記念日と言うが、じっさいは、敗戦記念日だ。
敗戦と言わずに終戦、退却と言わず転進、全滅ではなく玉砕。あってほしくないことはなかったことにしよう、呼び名も変えればごまかせる。
この姑息な、責任逃れの恥ずかしい国は、わが日本国なのだ、お前もその恥知らずの日本人の一人なのだぞ、と胸倉をつかんだのは、「クワイ河に虹をかけた男」という映画である。
先日、8月10日の夜、宇治さんに誘われてプレスセンターで、この映画を観た。
制作KSB瀬戸内海放送のこの映画は、説明によると、次のような映画だ。
太平洋戦争時に旧日本軍が建設し、「死の鉄道」と呼ばれた泰緬鉄道の贖罪と和解に尽力した元陸軍通訳だった永瀬隆さんを追ったドキュメンタリー。アジア太平洋戦争時、タイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶ泰緬鉄道建設に陸軍通訳としてタイ側に派遣された永瀬隆さん。多くの捕虜やアジア人が動員された建設工事で永瀬さんは、強制労働、拷問、伝染病死といった現実を目の当たりにする。戦後、鉄道建設の犠牲者の慰霊に駆り立てられた永瀬さんは、妻とともに巡礼を開始。130回以上にわたるタイ訪問により、元捕虜との和解事業や平和基金の創設など、「ナガセ」の名は欧米、アジアでも広く知られることとなった。2011年に93歳で亡くなるまで、真の和解を目指し続けた永瀬隆さんの姿が描かれる。監督は永瀬さんの出身地・岡山の地元放送局記者で永瀬さんの晩年20年を追い続けた満田康弘。

この「死の鉄道」と呼ばれた泰緬鉄道については、うっすらとした記憶があるが、情けないことに、ほとんど知らなかった。何が「死の鉄道」なのか、この映画を観て、こういうことだったのかと知らされた。
太平洋戦争の最中の1942年7月、日本軍はビルマ・インド方面への陸上補給路を確保するために、タイとビルマを結ぶ泰緬鉄道の建設に着手した。この建設工事にはイギリス・オーストラリア・オランダなどの連合国捕虜6万人余と25万人以上の現地アジア人労働者が強制的に働かされた。10年はかかると言われた415kmのルートをわずか1年3ヵ月で完成させるために、強制労働、拷問、乏しい食糧の中の長時間労働、コレラ、赤痢など伝染病により、捕虜約1万3千人、現地労働者数万人(推定)の犠牲を出した。

映画では、連合国捕虜として泰緬鉄道建設工事に強制労働させられ、塗炭の苦しみを味わった旧イギリス軍の兵士が登場する。そして、あの残虐な強制、虐待、拷問、飢餓を絶対許さない。日本は国として、一片の謝罪も償いもない、あの過酷な強制労働で、13000人余もの兵士が殺されたのだ、絶対に許せない、と強い口調で糾弾する。
捕虜兵士と同時に、現地アジア人労働者が過酷な使役によって25万人以上も犠牲者になっているのだ。この人たちにも、日本国は、何の謝罪もない。補償もない。
いったい、この国はなんという国なのだ。あの戦争のために、あれほど残虐な、非道なことをしたのに、まったく知らぬ顔で見向きもしない。
敗戦を終戦と姑息に言い換えて、事実から目をそらし、なかったことにしたいと思うのだろう。
しかし、事実は厳然とあるのだ。被害を受けたたくさんの人々がいるのだ。苦しんで死んでいった人たちがいるのだ。
それに目をそらし、知らん顔をして何もしない日本という国に対し、永瀬さんは奔走し訴えたが、何もしない。国にどんなに腹を立ても何もしないなら、おれがやる。おれが謝り、慰霊し、援助すると独力で自費で、135回もタイを訪れ、奨学金を出し、施設を作って援助を続けてきた。
この永瀬さんをすばらしい、えらい、と思うことは誰も同じだろう。
お前はどうだ、誉めるだけか。日本人として恥ずかしくないのか。
日本国はえらそうに経済大国だ、東京オリンピックだ、アベノミクスだと胸を張っているが、これほど多くの国に迷惑をかけ、多くの人々を塗炭の苦しみに突き落としてきたのだぞ。
8月15日は、日本国とは何だ、日本人とはこんな無責任なのか、自問する日だ。

映画「クワイ河に虹をかけた男」上映は東京中野 ポレポレ東中野
2016.8.27(土)公開 03-3371-0088








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