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闘う商人 中内功」を読んで  宇治敏彦

中内功
「闘う商人 中内功」 小榑雅章著 岩波書店刊 1800円+税

まだバブル経済の余韻が色濃く残っていた1980年代のこと。赤坂のツインタワービルにあった「狗不理」というダイエー経営の中華料理店で、中内功さんの姿を何回か見かけた。こちらは当時、政治記者で、狗不理に政界の実力者を招いての懇談が多く、経済人とはほとんど面識もなかったので中内さんが小部屋で密談している姿を特に気にも留めなかった。1989年、経済部長に就任した時はバブル経済が頂点に達した頃で、年末の東証平均株価は3万8915円と史上最高値を記録。「年明けには4万円相場か」との声が経済界では飛び交った。しかし、やがてバブルは弾け、ダイエーの本拠地だった神戸を阪神・淡路大震災(1997年)が襲い、上り調子だった中内氏の流通革命にも陰りが見え始めた。
「闘う商人 中内功」(岩波書店、1800円)の著者、小榑雅章氏は1984年に芝公園にもあった「狗不理」で初めて中内さんに会い、協力を頼まれて、「暮しの手帖」社からダイエーに転職した。そして5年後の夏、ダイエーの取締役・秘書室長から同社が神戸につくった流通科学大学の事務局長に取締役兼務のまま転勤した。
当初は中内さんが同大学のため60億円寄付すると言っていたようだが、実際には半分の30億円だった。このため小榑氏は寄付金集めに企業を走り回ったが、神戸市からは「土地代を早く払え」とせかされ窮地に立った。
「これには、全く弱った。相手の立場もよくわかるだけに、参った。できるだけの資金を調達し、日参して頭を下げた。頭だけでなく、膝をつき、土下座して申し訳ないと謝った。土下座なんて、これまでしたことがない。自分の過ちでも頭は下げたくないが、なんで俺がこんなに怒声を浴びせられ、土下座までさせられるのか、内心屈辱で震えた。涙があふれそうで、必死にこらえた」
著者はこう書いているが、早稲田高等学院以来、半世紀以上の付き合いをしていて、彼が土下座した姿など想像もできない。そんなにまでして小榑氏が尽くした中内さんとは、一体どんな経営者だったのか。
「よい品をどんどん安く、より豊かな社会を」。これが終生のモットーだった。神戸三宮の「サカエ薬局」から始まって「主婦の店ダイエー薬局」、さらには牛肉の安売りも手掛ける「ダイエー」へと発展させ、関西だけでなく東京など全国に店を出していった。私が1972年当時、住んでいた調布市の京王多摩川駅の近くにも「主婦の店」はあった。その頃のダイエーグループの売り上げは3000億円を超え、デパートの王者・三越も追い越した。さらに1979年には売上高1兆円を突破した。
そんな発展ぶりを見せたダイエーが、なぜ消滅してしまったのだろうか?
 小榑氏に聞くと「資産は皆、株式で不動産は田園調布の自宅ぐらいだった」という。つまりバブルの崩壊で所有株の含み損がどんどん膨らみ、買収した企業も全部手離さなくてはならなかった。中内さんには潤さんという長男がいて小榑氏らは経営の実権を潤氏にバトンタッチするよう進言した。しかし、中内氏は「泥をかぶるのは俺一人でいい」と拒否した。結局、流通科学大学だけを残してダイエー関連企業を総て売却し、2005年、中内氏は83歳で亡くなった。
 私自身は中内さんと数度しか話したことがない。経済部長になった時、芝の本社に挨拶にうかがったら、自らの伝記本など資料をいくつか呉れてボソボソと経営哲学を話してくれた。隣の部屋に昔のレジスターが十数台も陳列されていたので、「これはダイエーで使っていたものを自らの歴史として残しているのかな」と思った。もう一回は小榑氏に依頼されて中内さんを囲む経済人の勉強会「二一会」で2000年9月に政治・経済の話をした時だ。「公務員の勤務評定には『能率』『納税者へのサービス』といった要素が入っていないのが問題だ」といった話をしたら、ボソボソと中内さんから質問があったが、具体的にどんな質問だったか忘れてしまった。
 「この国のスーパーは俺がつくったんだ」。中内さんの自慢はここにあった、と小榑氏は書いている。その通りだろう。だが、その自負が儲けに繋がる時もあれば、巨額損失・会社倒産に発展する時もある。経済は生き物だ。ルソン島の激戦で二等兵として生き残った中内さんでさえ、ダイエーの店を永続化させることは出来なかった。企業経営の難しさを中内功という人間像を通して改めて教えられる労作である。
 ぜひ一読を薦めたい。
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