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鳩山さんの『抑止力』と花森さんの「国をまもるということ」  小榑雅章


鳩山首相は県内移設が難しい理由として、米海兵隊の抑止力の問題をあげた。
「沖縄に存在している米軍の存在全体の中での海兵隊の役割というものを考えたときに、それがすべて連携をしてお り、その中での抑止力というものが維持できるんだという思いに至った」という。
沖縄県民の痛切な思いをないがしろにしてまでも必要とする「抑止力」とは何なのか。そのことの説明が全くない。何に対して、どのような「抑止力」なのか。
私は花森安治さんの「国をまもるということ」(暮しの手帖2世紀2号1969秋)を思い出した。
「この日本という<くに>を守るためにはどうしたらいいかという議論ばかりさかんだが、そのまえに、それなら、なぜこの<くに>を守らねばならないのかという、そのことが、考えからとばされてしまっている。
そんなことはわかりきったことだというだろう。
そうだろうか。ためしに、ここで誰かが『なぜ<くに>を守らなければならないのか』と質問したら、はたしてなん人が、これに明確に答えることができるだろうか。」・・・中略・・・
「こんどの戦争で、これだけひどい目にあいながら、また祖国を愛せよ、<くに>を守れ、といわれて、その気にな るだろうか。
その気になるかもしれない。
ならないかもしれない。
ここで<くに>というのは、具体的にいうと、政府であり、国会である。
<くに>に、政府や国会にいいたい。
<くに>を守らせたために、どれだけ国民をひどい目にあわせたか、それを忘れないでほしい。
それを棚あげにして、<くに>を守れといっても、今度は、おいそれとはゆかないかもしれない。
誤解のないようにことわっておくが、こんどの戦争の犠牲者に補償をしろとぼくはいっているのではない。できたら、するにこしたことはないが、それよりも、いまの世の中を、これからの世の中を、<くに>が、ぼくたちのためになにかしてくれているという実感をもてるような、そんな政治や行政をやってほしい、ということである。
それがなければ、なんのために<くに>を愛さなければならないのか、なんのために<くに>を守らなければならないのか、なんのために、ぼくたちは、じぶんや愛するものの生命まで犠牲にしなければならないのか、それに答えることはできない筈である。」
日本の中でも、沖縄の人々は、あの戦争で本土防衛の防波堤にさせられ、もっともひどい目に合わされた。そして、戦後も基地を押し付けられ続け、さらにまたわけのわからない「抑止力のために基地をたのむ」といわれる。この<くに>の理不尽に、我慢がならないのは当然である。
沖縄は「抑止力」などに妥協する必要はない。きちんと説明もされない抑止力とか地政学的な必要性など、<くに>の勝手だ。
(花森さんの文章の抜粋をすることの愚をお許しねがいたい。機会があったら、ぜひ「国をまもるということ」(暮しの手帖2世紀2号1969秋)あるいは単行本「一銭五厘の旗」にも収められているのでごらんいただきたい)

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