人の名前と価値観は個人で違うらしい  宇治敏彦


 以前、国語審議会(現在の文化審議会)の委員をしていたとき、興味深いテーマに直面した。日本人の名前をローマ字表記する際に苗字を先に書くべきか、名前を先に書くべきかという諮問事項だった。当時の文部大臣は町村信孝氏。MACHIMURA Nobutakaと書くべきか、Nobutaka  MACHIMURAと書くべきか、という問題である。一般的には後者のようにファーストネームを先に書く。しかし、明治時代には外務大臣の青木周蔵が条約の調印でAOKIと先に苗字を書いたように「苗字―ファーストネーム」というローマ字表記順だった時期もある。中国、韓国などがローマ字表記の際に苗字を先に書くのに倣って日本でも苗字を先にするようにしてはどうかという結論になって、その旨を町村文相に答申した。爾来、町村氏はMACHIMURAと苗字を先にしたローマ字表記の名刺を使っている。
 このときの審議会で日本人の苗字や名前の表記がひとしきり話題になった。私は当時、国会議員だった岩国哲人氏(元出雲市長)が新聞に名前を出すときは「岩国」でなく「岩國」としてほしいとご本人が新聞社に電話してくる話を紹介した。また当時首相だった橋本龍太郎氏について新聞では「竜太郎」としていたことに関して、次のようなエピソードを話した。愛知県の小学校で先生がテストに「現在の総理大臣の名前を書きなさい」という問題を出した。ある生徒が「橋本竜太郎」と書いて答案を出したが、先生は×としたそうな。生徒の母親が「新聞では『竜太郎』としていますよ」と先生に質問したが、その先生は「名前は正確を期すべきだ」として「龍太郎」しか正解とは認めなかったという。
私の話を引き取って同じく国語審議会委員だった作家の杉本苑子さんが、こんな秘話を披露した。「文藝春秋の社長に佐々木茂索さんという方がいらっしゃいました。宛名を『佐佐木』と書けばご返事をいただけましたが、『佐々木』と書くと、なしのつぶてでした。ところが佐々木さんがなくなって、お手紙を差し上げたときは奥様から『佐々木』でご返事が来ました。ご夫妻でも違うんですよね」
 そういえば藤沢周平も「々」は嫌いだったようで、「木々」は「木木」、「樹々」は「樹樹」と書いている。こうした個性が漢字表現に出るのが日本語の面白いところの一つだろう。普段は見落としがちの日本人のこうした文字へのこだわりは外国人に理解してもらえるだろうか。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

magazinehaniwa

Author:magazinehaniwa
ブログ雑誌埴輪へようこそ!
埴輪同人 宇治敏彦・小榑雅章
連絡先
 magazinehaniwa@yahoo.co.jp

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
FC2カウンター
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR