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ベアワルド先生の勲章    宇治敏彦

 UCLA(米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のハンス・ベアワルド名誉教授が6月2日、前立腺がんのため北カリフォルニア州ポープ・バレーの自宅でなくなった。82歳の生涯だった。同8日にジェニファー夫人から訃報のメールを受信したが、あいにく私は新聞協会国際委員長としての仕事で台湾、フィリピン、香港などを旅していたときで、夫人のメールを読んだのは6月中旬だった。さっそくお悔やみのメールを打つと同時に、ベアワルド教授の親友で、東京に住んでいるサム・ジェームソン氏(ロサンゼルス・タイムズ元東京特派員)に電話した。サムは泣きながらハンスの思い出を語り、昨年9月にジェニファー夫人が写した「Kobe(神戸)」という名前の黒猫を抱くハンスの写真を送ってくれた。
 ベアワルド教授はドイツ人ビジネスマンの子どもとして東京に生まれたが、神戸にも住んだことがあるので、その追憶から命名した名前であろう。
 同教授はマイアミ大学准教授を経てUCLAの政治学部教授となり、「Party Politics
in Japan」(1986)など多くの日本政治に関する鋭い研究を残している。「日本政治学研究の推進及び学術研究者の指導育成に寄与した」功績で1989年11月、日本政府から勲2等瑞宝章を贈られた。内田満早稲田大学教授、富田信夫明治大学教授ら多くの政治学者や大平正芳元首相ら政治家とも親交を結んでいた。
 サム・ジェームソン氏によれば、ポープ・バレーの教授の自宅は広大な敷地で、ぶどう畑に鹿や大蛇が飛び出してくるのは日常茶飯事ということらしいが、日本政府からもらった勲章は学術資料や在日中に収集した浮世絵などとともに敷地内の別棟に保管していた。ところが2003年にその別棟が火事で全焼し、勲章も浮世絵も消失してしまった。大の親日家であった教授のことだから失った勲章への思いが断ちきれなかったのであろう。たまたま教授の痛惜の念を耳にしたレドンドビーチ在住のジャーナリスト野口修司氏(東京新聞のロサンゼルス通信員でもある)が現地の「羅府新報」(日本語新聞)にこのことを書き、ロサンゼルス日本国総領事館も「勲章の再発行はできないが、証明書は出す」と約束してくれた。この話を耳にした鎌倉在住の主婦、今泉信子さんが日米友好基金ということで1口3000円の募金活動をはじめた。ちなみに今泉さんはベアワルド教授とは全く面識はなく、ただ「バルトの楽園」(出目昌伸監督)というドイツ軍捕虜をテーマにした映画に教授の父親が登場するのを知ったぐらいのつながりだったが、日本好きの学者の思いに共感したものがあったに違いない。約50万円が集まり、日本で再鋳造された勲章は2007年、教授の誕生日に息子のデイビッドから本人に手渡された。それは満80歳を迎えたベアワルド教授に最大のプレゼントだったろう。
 教授は返礼として手元に残っていた日本占領史の蔵書を多数、日本の国会図書館に寄贈した。実はベアワルド氏は政治学者になる以前にGHQで3年間、民政局に勤務し、公職追放を担当した。「市川房枝さん(元参院議員)を公職追放にしたのは、わが人生の最大のミステーク」と生前、話していた。このことも含めて7月4日の東京新聞、中日新聞の社説「『日本論議』に深みを」の中でも教授の日本研究に言及したので読んでいただけたら幸いだ。ホテル雅叙園に近い目黒川沿いに小さな日本料理店があって、教授とジェームソン記者と3人で会食したことがある。再度来日する時は必ずそこへ連れていってというベアワルド教授の希望をかなえてあげられず本当に残念な気がする。
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