花森さんが母を見舞って下さった時のこと---藍生さんのメール  小榑雅章

 
7月31日のブログに掲載した<花森さんの「無名戦士の墓」と千鳥が淵戦没者墓苑>を読んで、花森安治さんの娘さんの土井藍生さんから、つぎのようなメールをいただきました。
以下、藍生さんのご了解を得て、一部を載せさせていただきます。
    ***
・・・「無名戦士の墓」は私も好きな文章で、読むたびにうるうるしてしまいます。「どんなに帰りたかったろう」という行に父の元戦士としての思いがこもっていると感じています。あの文章は従軍して、多くの仲間を彼の地で失ったという経験なくしては書けないと思います。
 余談ですが私達家族はそれぞれに『一銭五厘の旗』を署名入りでもらっているのですよ。私のには黒い所に白字で「土井藍生様  花森安治」と書かれています。いろいろな思いをこめて贈ってくれたのでしょうが、形見になりました。

 小榑さんのお父様のことを始めて知りました。お母様は随分ご苦労なされたのですね。ご自分の御身をいとわれることもなく、まだ若くていらしたのに亡くなられて、さぞご無念だったと拝察しております。お亡くなりになる少し前に、父がお見舞いに伺ったとき、ご自分亡き後、子供たちのことをよろしく・・・と仰いました由。承知したと申したら、安心されたご様子だったと私に話したことがございました。私は亡くなることを肯定するなんて残酷じゃないの、お元気になられますよと励ましてあげればよかったのにと抗議しましたら、父は、お前はまだまだ考えが足らん、そういう時は気がかりを取り除いてあげるのが一番なんだよと申しました。未だになぜか忘れられない会話です。・・・
    ***
私の母の病床を花森さんが見舞ってくださったことは知っていましたが、私は立ち会ってはおらず、そこでどんな会話がなされたのかは、全く知りませんでした。
あの花森さんが、入社後間もない新人の母親を見舞うこと自体、たいへんなことなのに、殆ど面識のないその花森さんへ、母は私ら子供たちの行く末を託したことを、このメールで始めて知りました。がんでしたから、もう長くはないことは自覚していたのでしょうが、頼るべき親類もなく、きっとすがるような思いだったのでしょう。
それにしても、花森さんの藍生さんへの言葉は、胸に沁みました。母は、どんなにか安堵したことでしょう。花森さんの思いやりを得て、母は心置きなく父のもとへ旅立っていけたのだと思います。
花森さん、ありがとうございました。遅ればせながら、本当にありがとございました。


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