全国戦没者追悼式と花森安治   小榑雅章

また あの日が やってくる
あの日
大日本帝国が ほろびた日
もっと正確にいうと
大日本帝国が ほろびたはずの日
いまから 二十八年まえの
昭和二十年八月十五日

もういいかげんに忘れてしまいたいとおもう
あの日に生まれたこどもは 今年はもう二十八になっている
結婚している人も 多かろう
ひょっとしたら こどもが何人もいるかもしれない
二十八という年月は そんなにながかったのだ
ぼくらが それを ついこのあいだのように 鮮やかに おぼえているだけのことだ
もう二十八年もまえの 八月十五日など 忘れたらいいのだ

あの日
ぼくらにとって たしかなことは 戦争が終った ということだけだった
これで たぶん 死なないですんだ ということだった
     (中略)
ぼくらが どんなに忘れたいとおもっても忘れられない あの日が またやってくる
ぼくらだけは やっばり あの日を忘れてはいけなかったのだ
今年も また あのしらじらしい <全国戦没者追悼式>が 挙行されることだろう
しかし 死んでいった あの何百万という人たちに対して その死のつぐないが
このザマだと 生き残ったぼくらが はっきり言うのでなければ ありきたりの
追悼の言葉など なんにもなりはしないのだ
ぼくらに必要なのは あんな紋切型の追悼式ではなくて あの敗戦の日 
大人だったぼくらひとりひとりの心の中の慰霊祭だ
ぼくらは そのたったひとりの慰霊祭で どんなにつらくても 苦しくても
痛烈なおもいをこめて あなたがたの死によって あがなわれたのが
こんな世の中だということを そして こんな世の中を作り上げたのは
ぼくらだ ということを その肺腑をえぐる挽歌(かなしうた)を 
死んでいった何百万のひとのまえで はっきりとうたわねばならないのだ
     (中略)
また あの日がやってくる
ぽくらよ
おまえの胸のなかに いま惻々(そくそく)と
過ぎし二十八年の日日を
痛恨もて うたい上げよ
 (花森 安治)

*************
昭和48年(1973年)、終戦から28年目の8月、暮しの手帖2世紀25号の巻頭に、花森さんが掲載した「二十八年の日日を痛恨する歌」の一部です。
これは単行本の「一銭五厘の旗」には掲載されていないので、暮しの手帖でしか読めない記事ですが、じつはたいへん重要な記事です。
この記事について、述べたいことは多々ありますが、下手な解説よりもいずれ全文を掲載してお読みいただくのが最善だと思っています。
ここで申し上げたいのは、<全国戦没者追悼式>についてです。
ご存じのように、毎年8月15日には武道館で全国戦没者追悼式が行なわれ、その模様が全国中継されます。暮しの手帖編集部も、毎年、中継のラジオを館内に流し、正午の時報にあわせてみんなが黙祷をしてきました。
昭和48年の8月15日も、正午に黙祷を始めました。そのとき花森さんがあらわれて、「やめろやめろ、こんな黙祷なんかやめろ」と怒鳴りました。
編集部のほとんどが「えっ、毎年やってるのに」という反応を示しました。
それをみて、花森さんは黙ってじぶんの部屋に入ってしまいました。
戦後28年の日本の生き様にたいする痛切な悔恨、生き残った大人たちの所業のやりきれなさ、あの終戦の日の8月15日の思い、その痛烈な思いが、じぶんの編集部にも通じていなかったことを知り、花森さんは空しく、淋しくなったのだと思います。
私も、そのとき黙祷をしていて「えっ」と思った一人でした。
恥じ入るばかりです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

magazinehaniwa

Author:magazinehaniwa
ブログ雑誌埴輪へようこそ!
埴輪同人 宇治敏彦・小榑雅章
連絡先
 magazinehaniwa@yahoo.co.jp

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
FC2カウンター
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR