「権威なき権力」の悲劇   宇治敏彦

 大阪地検の主任検事が証拠資料を改ざんして逮捕されるという前代未聞のニュースは、権威なき権力が滅びる予兆ではないか。「秋霜烈日」の検事バッチを胸にした先輩、同僚、後輩の検事たちは「なんていうことをしでかしてくれたのだ」という思いで一杯だろう。「築城十年、落城一日」という言葉があるが、検察庁への国民の信頼は、前田恒彦という43歳の主任検事の行為で、わずか一日にして崩れ去った。
 同検事は小沢一郎衆院議員の政治献金疑惑の捜査も担当した。小沢氏側からすれば、『特捜検事なんてその程度のもの』と嘲笑しているかもしれない。いつごろから検察庁という役所が駄目になったのか。社内の編集会議で、そのことが話題になったとき、ある司法担当記者OBは「金丸信自民党副総裁が脱税容疑で東京地検に逮捕された1993年ごろまでではないか。だいたい昔はカシミアのコートを着ている検事なんかいなかったが、このごろはカシミアのコートを身に付けて検事もいる」と述べた。また司法クラブ・キャップを経験した別の記者は「以前は検事の異動は3年ごとだったが、最近は2年で異動になる。その短い間に手柄を立てなくてはという焦り。いわば成果主義の弊害だ」と語った。
 「権威」と「権力」はどう違うだろう。私はかつて政治家にたとえて「権力重視の田中角栄」「権威尊重の宮沢喜一」と書いたことがある。宮沢氏は「権力を志向する田中角栄氏は嫌いだが、総理大臣たる田中角栄氏には敬意を表す」という態度だった。
 「君臨すれども統治せず」という言葉のように権威だけでは政治家は仕事ができないだろう。だが権力亡者なら皆が従うかというと、そうでないことは小沢一郎氏のケースで明白だ。同様に権力だけ振り回して、「秋霜烈日」「勧善懲悪」の権威を失ってしまった検察庁を国民が信用するはずがない。堀田力氏をはじめ東京地検の先輩たちは「今回失われた信頼を取り戻すのに20年はかかるだろう」と言っている。裁判員制度がスタートして1年余。法曹界の中にあっても特にオープン化、可視化が遅れている検察庁という役所が、自らの責務をゼロから見直すべきときである。
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