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中国と付き合うことの難しさ  宇治敏彦

 私が中国を最初に訪問したのは1972年(昭和47年)9月のことだった。田中首相訪中の先遣隊でもあった自民党日中正常化協議会の訪中団(団長・小坂善太郎氏)に随行して取材に訪れたもので、戦後初めてという直行便で上海を経由して北京に飛んだ。上海で日航機に乗り込んできた中国外交部新聞司の王振宇氏は初対面だというのに、びっくりするほど私の経歴について詳しかった。どういう政治家と親しいかまで知っているとは驚くべきことだった。もちろん私も予備知識として新聞司に王振宇という日本担当がいて「ウサギの目の王振宇」といわれるように、いつも寝不足で目が赤い。それだけ日本のマスコミについて勉強しているといった断片的な情報を中国駐在の先輩記者から得ていたが、それに比べたら王さんの私に関する知識は100倍も多かったろう。
 上海から北京までの機中で私たちは出来たばかりの「日中記者会」について話し合った。そうこうするうちに二人はすっかり打ち解けて後々までつきあう「老朋友」になった。王さんは日中会館の中国側代表を最後に退職したが、王さんをはじめその後知り合った多くの中国人とはいずれも友人となり、嫌な印象を抱いた人はほとんどない(王泰平という記者は当初は威張った尊大な男に見えたが、王振宇さんと同じく日中会館の代表をするころにはすっかり丸くなっていた)。
 ところが「中国という国」「群集としての中国人」となると、筆者の感じはまったく違ってくる。なぜあんな行動に出るのだろうと思うことが増えている。今回の尖閣列島周辺での漁船衝突事件や、その後の中国政府の対応(フジタ社員の拘留、レアアースの禁輸)、内陸部での反日デモなどの報道に接すると、その感を深くする。中国問題専門のある日本人学者は「30年ぐらいしないと真相は分からない」というが、一般的には①中国首脳部の人事との関連②中国国内での格差拡大や就職難などに対する若者たちの不満の表れ―と指摘する。
2年後の中国の国家主席に習近平氏の就任が確実になった。親日派だった胡耀邦、胡錦濤路線に比べて習氏は対日強硬派の江沢民元総書記の系統であり、解放軍との関係が深いので日中関係はますます難しくなりそうだ。特に著しい経済発展につれて中国の「大国主義」「覇権主義」が強まれば、日本人の「嫌中」、中国人の「反日」がぶつかり合う機会が増えるだろう。どうしたらいいのか。
私の提案は2つ。第一は「国際世論」の活用である。尖閣列島問題も国際司法裁判所に提訴すればいい。中国側が応じなくても問題が発生するたびに(日本側に明らかに非がある場合は別として)国際世論に事態の正否を訴えつづけるべきだろう。レアアース問題などは既に欧米諸国で中国を批判する声と改善要求が高まっている。また今年のノーベル平和賞が作家で民主活動家の劉暁波氏に授与されたことも、長い目でみれば中国の民主化に貢献するに違いない。
第二は、やはり多方面にわたって日中交流を深めることであろう。先ごろ赤坂ACTシアターで坂東玉三郎が主役をつとめる中国・昆劇合同公演「牡丹亭」を観た。玉三郎の見事な演技、高い歌声、中国語に感嘆した。こうした日中競演がどれくらい日中友好に貢献していることか。菅政権が中国首脳との間に人的関係を築くことも急務だし、官民を問わず付き合いを深めることが大事ではないか。曾文彬氏(中部大学教授。元中国総領事)をはじめ筆者が旧知の中国人と話すたびに出るのは、いかに日中関係を打開するかであり、「嫌中」「反日」という言葉は出てこない。友情が深まるところに「敵」は生まれないのだ。
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