忖度などではない、武器だ。強制だ    小榑雅章

いま話題になっている森友学園騒ぎで、忖度(そんたく)という言葉が、やたらと飛び交っています。
「忖度」を辞書で引くと、「他人の気持ちを推し量ること」と書いてあります。
相手の気持ちを推し量って、「この人にはこういうことをしてもらいたいのだから、その気持ちに答えてあげなければ」と、勝手にそうして上げる、ということです。ということは、森友学園が、不当に認可され、異常に安い価格で国有財産が売却されたのは、財務省や国交省、文科省や、大阪府のお役人たちの忖度だ、ということになるのでしょう。
いつも尊大で、えらそうにしているお役人たちが、いったい、誰の気持ちを忖度しているのでしょうか。よほど怖い人、自分たちの生殺与奪の権力のある御方でなければ、お役人たちは忖度などしないでしょう。得体のしれない籠池理事長などのことなど、歯牙にもかけないはずです。その、こわーい相手は、誰でもわかっているように、安倍内閣総理大臣であります。
首相夫人の安倍昭恵先生が森友学園の「瑞穂の国記念小学院」の名誉校長なのですから、忖度して当然なのです。いまでは、名誉校長は辞任なさったようですが、こ小学校設立が認可され、国有地が格安で認可される異常な過程では、安倍昭恵名誉校長の時期でした。
安倍首相は、一切関与もしていないと明言しています。相手が勝手に思ってやったことは、知るはずがない、止めることもやめさせることも出来るはずがないではないか、と開き直っています。
国会でもここは押し問答で、自分は何ら関与していないと言い張る首相は、胸を張っています。
前置きが長くなりましたが、ここで申し上げたいのは、じつはこの点なのです。
忖度などと、わけのわからないあいまいな言葉で追及しても痛くもかゆくもないから、平気で胸を張って強弁していられるのです。
しかし、社会心理学からみたら、この状況は、「忖度」などではないということです。名誉校長安倍内閣総理大臣夫人という肩書は、武器なのです。ぐさっと刺す槍や刀なのです。
「影響力の武器」というベストセラーを著したロバート・チャルディーニという社会心理学者は、私たち人間は、「無意識のうちに影響力の武器を利用し、決断を下してしまう」と言っています。武器として、6つ上げていますが、その中の一つとして、「権威」を挙げています。
権威とは、何らかの理由によって相手を「権威がある」と判断すると、その人の発言に対して、従ってしまうという性質の事です。飛ぶ鳥を落とす勢いの首相には逆らえないのです。
またB.H.レイブンとJ.R.Pフレンチは、相手を言いなりにさせるパワーは、「その人が自分に対し影響力をもっていると認識をしたら発生する」と発表しています。
自分の昇進か左遷かを決める権限のある人の意向に背くようなことはしないのは当たり前です。わざわざ心理学を持ち出すまでもない、当たり前のことです。関与しようがしまいが、名誉校長が安倍内閣総理大臣夫人という肩書そのものが、パワーであり武器なのです。
まだ何年も権力者でありつづけそうな長期政権のワンマンのご意向を無視したら、たちまちやりに串刺しにされるかもしれない、怖い相手です。
安倍さんは、自分のその力を知っているからこそ、平気でうそぶいて強弁しているのです。その安倍政権を国民の多数が支持していると言う現実が、じつはいちばん怖い、こわいです。

創価学会は共謀罪を許すのか    小榑雅章

戦後70年以上も、私たちは新憲法のもとで、主権在民の民主主義を貫き、自由に暮らしてきました。その自由が脅かされています。
いまの安倍政権がゴリ押ししようといる共謀罪には、絶対反対です。
戦前、治安維持法というひどい法律のために、日本には、思想の自由も集会の自由も信教の自由もありませんでした。政府や軍事に批判的な言辞や集会や、個人の考えまですべて統制管理されていました。
アタマの中で、「こんな戦争はもういやだ、はやくおわらないかなあ」と一人秘かに考えることは出来ても、うっかり他人にしゃべったりして、お上に漏れたら、治安維持法違反でたちまち監獄に入れられました。共謀罪は、まさにその治安維持法なのです。共謀罪が評判が悪いので、政府は急きょ「テロ等準備罪」と名前を変え、テロ対策だと、治安維持法ではないと取り繕っていますが、明確に治安維持法です。
その「テロ等準備罪」は、昨日21日に閣議決定されました。
今日22日には、自民党の二階俊博、公明党の井上義久両幹事長は今国会の成立を目指す方針で一致したと報じられています。
創価学会を支持母体とする公明党は、本気でこの法律を通すつもりなのでしょうか。
創価学会は、治安維持法の下、どれほど思想・信教の自由を迫害されてきたか、その迫害の歴史を創価学会自身のホームページに、つぎのように記しています。
「戦争に突き進む日本の軍部政府は、昭和10年代後半から、本格的に思想の統制に乗り出し、やがて、国家神道を全国民に強制するという暴挙に出ます。 
牧口会長は、これに真っ向から抵抗。各地で活発に座談会を開催し、軍国思想を堂々と批判し、仏法の正義を説き続けたのです。迫害は必至でした。特高警察は、1943(昭和18)年7月6日、牧口会長・戸田城聖理事長をはじめとする創価教育学会の幹部21人を治安維持法違反・不敬罪の容疑で逮捕、投獄したのです。
真冬に暖房もない極寒の独房、栄養失調になるほどのわずかな食事、連日の厳しい取り調べ――それでも牧口会長は、信念を曲げることなく、不屈の闘争を貫きます。しかし、牢獄での過酷な日々は、70歳を超えていた牧口会長の体を確実にむしばんでいきました。
1944(昭和19)年10月13日付で獄中から家族にあてた手紙。『三障四魔が紛起するのは当然で、経文通りです』との、信仰への確信にあふれた言葉が、牧口会長の絶筆になりました。1月後の、11月18日。牧口会長は獄中で亡くなります。73歳でした。
多くの宗教者や思想家が、迫害に屈して軍国主義を賛美した暗い時代にあって、牧口会長が貫いた不屈の”精神“は、いまなお、不滅の光を放っています」http://www2.sokanet.jp/download/kofushi/chronicle11_01.pdf
公明党や、創価学会の人々に問いたい。
牧田初代会長、戸田城聖理事長をはじめとする創価教育学会の幹部21人を治安維持法違反・不敬罪で投獄された、迫害の歴史を無視して、いま、治安維持法と同じ共謀罪「テロ等準備罪」法を成立させていいのですか。

安倍首相の訓示とゆでガエル    小榑雅章

昨日、3月19日、安倍晋三首相は、防衛大学校の卒業式で、「北朝鮮による核・ミサイル開発や、南西諸島で急増する中国軍機の領空接近を念頭に、『こうした現実から目を背けることはできない。安全保障環境が厳しさを増す中、わが国自身の防衛力を強化し、自らが果たしうる役割の拡大を図っていかなければならない』と強調した」という。(産経ニュース)
こういわれると、安倍首相のいうことはもっともだ、防衛力は増強せねばならん、と思う人も少なくない。だから少し落ち気味だと言っても、安倍内閣の支持率は60%近い。大変つよい支持だ。
この安倍さんの態度を見て、私はゆでガエルのたとえを思い出す。
カエルを熱湯の中に入れると驚いて飛び出すが、ぬるい温度の水に入れて、少しずつ熱すると、カエルはその温度変化に気づかず、いつの間にか、ゆであがって死んでしまうというたとえ話である。
実際には、カエルはこうはならないようだが、人間は北朝鮮のミサイル実験や、中国の尖閣列島の話を繰り返されると、やはり軍備増強はしないと、という気にさせられてくる、そんな気がして仕方がない。まさにゆでガエルだ。
第二次世界大戦、太平洋戦争もそうだ。どう考えても、絶対戦う相手ではない。
戦艦も鉄砲も戦車も、兵器のほとんどは鉄からできているが、1940年の粗鋼生産量をみると、米国は6076万トンだが、日本はその9分の1の685万トンに過ぎない。輸送力の原動力になる自動車の保有台数は米国は3245万台に対し、日本はわずか15万。216倍だ。横綱に小学生が挑戦するようなものだ。
こんなに力の差がある相手に、戦いを始めたのは日本だ。まさに狂気としか言えない。
しかし、国民は熱狂して支持した。このキチガイ沙汰をバンザイをして喜んだ。
その結果、300万人もの国民が死に、日本中は焼け野原になり、食料も着るものもなくなり、庶民は塗炭の苦しみを味あわされた。
なぜだ。なぜ反対しなかったのか。
敗戦後、「国民がみんなあの戦争に賛成した。だから、国民みんながわるかった。一億総ざんげだ」という意見があった。
そして、結局、あのたくさんの国民を死なせた戦争の責任は誰なのか、うやむやになったままだ。
やっぱり、おかしい。
国民をぬるま湯につけて、かまゆでの火を燃やした連中がいるはずなのに、おかしい。
いま、安倍さんの話がもっともだ、軍備増強は必要だと思っている人は、ゆでガエルと一億総ざんげを思い出して、ほっぺたをつねってみてほしい。

萬葉版画館 宇治美術館103

萬葉集9巻1687

宇治敏彦制作板画 萬葉集9巻1687
しらとりの さきさかやまの まつかげに やどりてゆかな よもふけゆくを(柿本人麻呂)

震災は日本人の人間性を向上させただろうか?   宇治 敏彦

 東日本大震災から3月11日で6年が経つ。東京電力福島第一原発の放射能漏れ事故も加わって、まだ故郷に帰れない人々も多い。政府は原発事故で避難指示を出した地域のうち福島県の浪江町、川俣町、飯館村については3月31日、富岡町については4月1日、それぞれ帰還困難区域を除き帰還を認めることになった。その一方、大熊町、双葉町では依然、解除の見通しが立っていない。チェルノブイリ原発事故跡地が依然、居住不能なのと同様に、東電原発事故がいかに日本人の暮らしに大きな被害を与えたかを改めて思い知らされる。
 しかし悪いのは東電だけではない。被災者やその関係者から補助金をむしり取ろうと目論む日本人が結構いることだ。なかでも純粋無垢と思われる子供たちの間で、そういう行為が「いじめ」として行われていた事実に接し、筆者は「日本人は進歩しているのだろうか?」と疑ってしまう。最近、東電原発事故で横浜市に避難した中学一年の男子生徒が「つらいことがあっても自殺を考えないでください」と全国のいじめ被害者に呼びかける手記を発表して話題になった。
 この少年は横浜に避難した小学六年生当時に仲間の生徒たちから「補助金ゆすり」のように合計150万円を脅し取られ、不登校に陥った。これを特殊例と言えないほどに各地で被災者いじめが行われてきた。
 また3月8日の中日新聞朝刊の記事によれば、日本に難民申請中のバングラデシユ人の男性2人が人材派遣会社を名乗る日本人から「福島第一原発事故の除染に従事すればビザが延長される」と嘘の説明を受けて、福島県飯館村で除染作業に携わっていたという。
 いじめ、詐欺、窃盗、婦女暴行などなど、さまざまな悪事が震災と原発事故を「絶好の舞台」にして行われてきたことを私たちは看過してはならない。こうした報道に接して私が思い出すのは6年前に「埴輪」同人の小榑雅章君と二人で震災直後の宮城県石巻市や福島県飯館村などを視察した時のことだ。飯館村の広報紙には「避難したいが、その間に農機具などが盗まれないようにするにはどうしたらよいのか」といった相談が寄せられているとの記事が載っていた。
 「地震、雷、火事、おやじ」。昔から「怖いもの」として口伝されてきたが、本当に怖いのは、災難を悪事のチャンスと捉える「精神の腐敗」ではないだろうか。「俺おれ詐欺」なども含めて、終戦直後の昭和20年代に比べたら、はるかに物質的に豊かになっているのに、子どもの世代も含めて精神的に腐敗していく素地が広がっているとしたら、日本の未来は決して明るくない。

教育勅語ってなんですか?   小榑雅章


若い友人から、「教育勅語ってなんですか?」と聞かれて、言葉に詰まった。
もう当の昔に死語になったと思っていた教育勅語という言葉が、近頃頻繁に登場する。安倍首相の昭恵夫人が名誉校長を務める大阪の学校法人森友学園が、幼稚園児に教育勅語を暗唱させているというのだ。
新聞によると、安倍首相は、妻が名誉校長に就任していることについて、国会での質問に答えて、
「妻から森友学園の先生の教育に対する熱意は素晴らしいと聞いている」と説明。また、同学園が「安倍晋三記念小学校」の寄付者銘板に名前を刻印して顕彰する、との文言で寄付金を集めていたことを知っているかとの福島氏の問いには、「いま話をうかがって初めて知った」と答弁した。
  そのうえで「私の考え方に非常に共鳴している方から、(2007年に内閣総辞職して)首相を辞めた時に『安倍晋三小学校にしたい』という話があったがお断りした。まだ現役の政治家である以上、私の名前を冠にするのはふさわしくない。私が死んだ後であればまた別だけれど、私の郷土の先輩である、例えば吉田松陰先生の名前をつけられたらどうかという話をした」とも語った。(朝日新聞2月17日電子版)
国会では、土地の払い下げ金額が、常識はずれの安さだと連日問題にされているが、本当はそれより教育勅語の方がずっと深刻な問題だ。この新聞記事のように、われわれの総理大臣が『安倍晋三小学校にしたい』と言われ、まだ生きているから遠慮するが、死後ならいいというのだから、教育勅語を信奉する学校法人と思想信条を同じくしているわけだ。これは、驚くべきことだ。天地がひっくり返るほどの大事件である。
戦前、小学生だった頃、校庭の一隅に奉安殿という特別な宝蔵庫のような建物があり、その中に天皇、皇后両陛下のご真影(写真)と教育勅語が安置されていた。それはまことに尊いもので、生徒たちは登下校の際には、奉安殿に向かって一礼せよとしつけられていた。
教育勅語とは、天長節や紀元節などの式典には、校長先生が厳かに奉読する天皇陛下のお言葉で、「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ルコト・・・」と全文を暗記させられたが、さて正確な知識となると、記憶が遠すぎて定かでない。広辞苑を開いて教育勅語の項を見ると、
明治天皇の名で国民道徳の根源、国民教育の基本理念を明示した勅語。教育の淵源を皇祖皇宗の遺訓に求める。一八九〇年(明治二三)一〇月三〇日発布。一九四八年、国会で排除・失効を決議。正式文書では、「教育ニ関スル勅語」。
教育の淵源を皇祖皇宗の遺訓に求める、と言われても、今の人にはチンプンカンプンだろう。
この日本は天皇陛下の祖先がおつくりになったもので、以来、深く厚く徳を施されてきた。臣民(国民)は心を一つにして忠孝に励み、代々長く、この美しい伝統をつづけてきた。これぞ、わが「国体の精華にして教育の淵源・・・
少しでも今の人にも通じるようにと思ったが、とても無理だ。大体この国を天皇の祖先、天照大神がつくったという説明や国体とはなんだということを抜きに言葉だけ言い換えようとしても、意味がない。
要するに、自由で多様な言論を封じ、国論を統一するために発されたもので、戦争推進の要因にもなった重要な勅語だった。天皇のための戦争のために国土は焼かれ、何百万もの国民が死んだ。もうこんなことは繰り返してはならない。だから戦後の国会で、教育勅語は「排除・失効を決議」され、天皇の国ではなく、国民主権を明確に謳った新憲法がつくられたのだった。
その教育勅語を、大阪の森友学園では幼児や生徒に暗唱させているというのだから、なんともおぞましい。しかも安倍晋三小学校にしたいと言われたり、昭恵夫人が名誉校長になったり、平成29年4月開校するという小学校の土地を、国が9割引きの大ディスカウントで払い下げたというのだから、ただごとではない。
総理大臣は、憲法を遵守する義務がある。当然、排除・失効した教育勅語を信奉する学校法人などに関わってはならないのは、自明のことだ。


「花森安治の仕事展」開催中    小榑雅章

花森安治展

   ぼくは
   編集者である
   ぼくには
   一本の
   ペンがある
これは、2月12日から東京の世田谷美術館で開催されている、「花森安治の仕事展」のポスターで、東京の地下鉄の中吊り広告にも掲示された。
花森安治美術展、でもなく、表紙画展でもない。仕事展とは奇妙だが、暮しの手帖編集長として、雑誌はもとより、自身発行したすべての出版物の表紙も装丁も、挿絵もデザインも、広告も、ぜ~んぶ自身で手掛け制作した。この美術的才能だけなら他にもおられるだろうが、花森さんは、企画から取材、インタビュー、写真、文章、見出し、レイアウト、翻訳、経営・・・、あらゆることに真剣に、その卓越した才能で取り組んだ。その結晶が暮しの手帖だった。
だから美術展でもなく、表紙画展でもなく、仕事展になった。
この展覧会には、花森さんの少年時代から、松江高校、東大、兵隊、大政翼賛会時代の資料もたくさん展示されて、その数740点になるという。展示には、私もいろいろ協力したが、知らないことや、はじめて目にする貴重な資料がたくさんある。
ご興味がおありでしたら、ぜひご覧いただけたら幸いです。
花森安治の仕事展 
世田谷美術館 2017年2月11日から4月9日(月曜休館) 入場料1000円)
   碧南市藤井達吉現代美術館 2017年4月18日から5月21日
   高岡市美術館 2017年6月16日から7月30日
   岩手県立美術館 2017年9月2日から10月15日
なお、世田谷美術館で、講演会があります。
 3月11日(土)14時から15時30分 「父・花森安治のこと」 土井藍生(花森さんのご長女)
 3月18日(土)14時から15時30分 「花森安治の暮しの手帖」 小榑雅章





安倍首相はトランプ大統領を叱ることが出来るか  宇治敏彦

 首脳同士が個人的にも親しくなるのは大いに結構なことだが、ワシントンやフロリダでのトランプ大統領に対する安倍晋三首相の破顔一笑ぶりを見ていると、「この人、アメリカに苦言を呈することは出来るのだろうか」と心配になる。現に同大統領がイスラム圏7か国からの入国禁止令を発したことに共同記者会見で米紙記者からコメントを求められ、安倍首相は「入国管理、難民政策、移民政策はその国の内政問題なので、コメントは差し控えたい」と逃げていた。同じ問題で英国のメイ首相は先のトランプ大統領との会談で「間違っている」と明言した。
 もちろん入国対象者がテロリストの疑いがあれば入国拒否をするのは当然だが、イスラム圏7か国という一般的基準で「入国拒否」をするのはイスラム教信者を不当に差別するという「信仰の自由に反する行為」そのもので、米国の裁判所さえトランプ大統領の決定に反旗を翻した。せめて安倍首相には「具体的ケースについてはコメントを避けるが、信仰の自由は国境を超えて守られるべきだというのが私の信条です」というぐらいのコメントはしてほしいところだった。
 山口二郎法政大教授が新聞のコラムで「架空ゴルフ場密談」と題して、次のようなことを書いていた。
 (安倍首相)「まずはマスコミを手なずけるのが上策です。やつらにはすしを食わせれば、たちまち尻尾を振ってきます」
 (トランプ大統領)「じゃあ、インフラ資金よりも先に、日本一のすし職人をワシントンに送ってくれ。日本政府の資金でな」
 (首相)「お安いご用で。この際、ネタはヒラメがいいでしょう。上の顔色ばかりうかがう理想的な魚ですから」(2月12日、東京新聞朝刊「本音のコラム」)
 きつーいジョークだが、安倍首相が今回の首脳会談で環太平洋連携協定(TPP)からの米国の離脱に関して「それはおかしいですよ」と言った形跡はうかがえない。トランプ大統領は「安倍首相とはケミストリーがあう(気があう)」とおだてた。確かに安倍首相はオバマ前大統領とは、日本の自民党対米国の民主党という政治信条の違いもさることながらケミストリーが合わない点がみられた。首相とケミストリーがあうのはロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領だとみられてきた。
 日米関係や国際関係が順調なときはよい。しかし、今年は世界がさまざまな側面で激動しそうだ。特にトランプ大統領は、常識から外れて(いや事実から外れて)自説を主張する性格の持ち主だ。大統領就任式典の参加者はオバマ大統領の就任式を上回って史上最高だったと本人やスポークスマンが平気で嘘を発表する。記者会見では、「ヒラメの記者」は指名するが、反対論を書く報道機関は無視する。安倍首相が「政府に反論するマスコミにも耳を傾けることが政権運営の王道ですよ」とトランプ大統領を叱る場面を見られる日が来るだろうか?

萬葉版画館 宇治美術館102

萬葉集10巻2208

宇治敏彦制作板画 萬葉集10巻2208
かりがねの さむくなきしゆ みずくきの おかのくずはは いろづきにけり(作者不詳)

高浜原発の想定外   小榑雅章

1月17日に阪神大震災について、想定外のことばかりだったと書きました。
想定外は、どんなことにも起きる。
原子力発電にも想定外が必ず起きる。それが心配です。
昨日1月20日。関西電力高浜原発の再稼働にむけての工事をしていた大型クレーンが倒れ、核燃料プールのある燃料取扱建屋など二つの建物の一部が壊れる事故が起きました。
「現場では、100メートル以上あるクレーン1台が、西から東に向かって建物にもたれかかるように倒れ、建物の形に沿ってぐにゃりと曲がっていた。燃料取扱建屋と原子炉補助建屋のうち、鉄筋コンクリート製屋根の端に取り付けられている金属製笠木(かさぎ)が破損したという。」(毎日新聞)
記者会見した高浜原発の担当者は、当時吹いていた強風について「風力による影響を計算したうえで大丈夫と判断していた。ただ風向きは検討していなかった」と述べた、と言います。ここでもまた、想定外です。
「心配をおかけし、誠に申し訳ない」と謝罪したということですが、謝ってすむことではありません。
あらためて言います。
想定外は起こるのです。どんな場合も、必ず起きます。
しかし原子力の事故は、もし起こったら取り返しがつかないのです。
何十兆円ものお金がかかり、それでも元には戻らない。故郷に帰れない人がたくさんいるのです。
絶対に想定外が起こってはだめなのです。
それを防ぐ手立ては、ただ一つしかありません。稼働しない。稼働させない。廃炉にすること。
想定外は許されません。誰も責任はとれないのです。



トランプ氏がdisasterにならねばよいが  宇治敏彦

 アメリカでトランプ政権がスタートした。米国内外で「反トランプ」デモが起きるなど早くも波高しだ。政治家経験は州知事も上下両院議員も行政府幹部も経験ゼロで、いきなり大国のトップリーダーだから、環太平洋経済連携協定(TPP)の不承認、オバマケアの取り消しなど、やることも冒頭から荒っぽい。
TPP参加予定12か国の国内総生産(GDP)は約3100兆円(世界の約4割)だが、そのうちの6割が米国だからTPPはトランプ大統領の不承認サインで「死に体」になった。TPPの国会承認に汗をかいてきた安倍晋三首相とすれば「簡単にTPPを破棄されてはたまらない」というのが本音だろう。
 こうした米新大統領の言動は、一言でいえば「アメリカ・ファースト(米国第一)」の考え方だ。つまり「貧富の格差拡大」「失業問題の深刻化」「急増する移民対策」「生ぬるいテロ対策」など白人中心に高まる米国民の不平・不満解決を政権の最優先課題と考えている。
「自国優先」主義は欧州でも拡大している。昨年6月、英国が国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決定し、首相退陣につながったのを契機に「グローバリズム(地球規模の政治)」より「自国優先思潮」がほかの欧州諸国にも拡散し始めた。イタリアでは同12月、「実質的な一院制への移行や、エネルギー政策の権限を国の専権事項にする」などの憲法改正の是非を問う国民投票が大差で否決され、レンツィ首相が辞任した。今年は3月にオランダで総選挙、5月にフランスの大統領選挙、秋にはドイツ連邦議会選挙が予定されているが、いずれも「イスラム教徒排斥」「難民受け入れの規制」「反EU」などを掲げる右派勢力が台頭する機運だ。人道主義の立場から難民の受け入れに積極的だったドイツのメルケル首相の地位も決して安泰とは言えない。
 「まず自国民を大事にしろ」「移民は自国にとってチャンスでなく負担だ」(フランス国民戦線のルペン党首など)という主張がポピュリズム(大衆迎合主義)とも重なって国民の支持を増やしつつある。こうした傾向はアジアでも広がりを見せている。お隣の韓国では朴槿恵大統領が友人女性による国政介入疑惑で国民の猛反発を受け「死に体」状態になっている。
 世界を見廻して、目下のところ安定政権ないしは長期政権を維持しているのはロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領、シリアのアサド大統領、イスラエルのネタニヤフ首相、そして日本の安倍首相などそう多くはない。安倍首相の在職日数(第1次内閣時代を含む)は昨年12月、中曽根康弘氏を抜いて戦後首相では歴代4位になった。波乱が無ければ今年は小泉純一郎氏の在職日数も追い越す。内閣支持率も50%台で安定している。
 しかし、この「高値安定」が2017年以降も続くかといえば、不透明な部分が多い。3つの流動要因がある。第1は、既に2年以上経過した衆院任期をにらみながら、いつ解散・総選挙を断行するかだ。次の選挙でも自民党が290議席をキープするのは容易ではない。特に約4割の同党議員が当選1、2回生だ。過去にも「小沢(一郎)ガールズ」とか「小泉(純一郎)チルドレン」といわれた当選1、2回生が次の選挙では多数落選した。「安倍チルドレン」の再選を期することが安定多数を維持できるかどうかのカギになる。
 第2には8月に予定されている東京都議選。現在は127議席の定数のうち自民党が60議席、公明党が23議席で過半数(64議席)を大幅に上回っている。だが小池百合子都知事が立ち上げた政治塾には約4000人が集まっており、同知事は「立候補したい人がたくさんいる。今の政治に不満を持っている方がいかに多いかの表れだ」として「東京大改革」を旗印に地域政党を立ち上げる。小池ブームが続けば、安倍自民党も都議選で苦戦を強いられるだろう。
 第3には、未知数の部分が多いトランプ米政権との付き合い方をはじめ事実上「大統領不在」の韓国や依然、友好関係の深まりが見えない中国との関係など安倍外交が試練の本番を迎える。特に中国とは2017年が日中国交正常化45周年、2018年が日中平和友好条約締結40周年に当たるので、中国側も「これらの記念すべき時までには、日中関係の本格的な改善を図りたい」(程永華駐日大使)としている。しかし日本政府の尖閣諸島国有化、中国の軍事大国化や南沙諸島進出、日中空軍の接近問題、安倍政権下での「改憲ムード」など、さまざまな要因が影響して、1972年9月の国交正常化当時の「日中友好ムード」は望むべくもない。
さらにG7サミットの存在感が薄れつつある。その背景には1999年から開催されているG20(G7に中国、インド、ブラジルなど新興国も加えた財務大臣・中央銀行総裁会議)、あるいは2008年からのG20首脳会合といった多国間首脳会合が定期化してG7の影が薄くなっているのだ。G7サミットは今年5月、イタリアのシシリア島で開催予定だが、昨年の伊勢志摩サミットでそれを提案したレンツィ首相はその後、辞任した。トランプ米大統領は出席してもグローバルな見地からG7をまとめていく役割を果たすかは、はなはだ疑問である。むしろトランプ氏の持論からすれば欧米で盛り上がっている「移民規制」の動きに同調して、それを推進するようサミット宣言に盛り込むべきだと主張しかねない。世界を前向きに引っ張っていくG7の時代は終わって、「自国優先」政策を主張しあう首脳会合にならなければ良いがと筆者は懸念している。
 このように2017年は世界規模でも、近隣外交でも、国内情勢でも、なかなか厳しい一年になる。できるなら安倍首相が過去の豊富な外国訪問経歴を生かして「G7」のまとめ役になるべきだろうが、それには先進国と開発途上国の格差是正策、移民問題や環境問題の解決策、さらにはIS(イスラム国)のテロ撲滅とシリア民主化の推進策など「世界的視野」で日本がどんな先導的役割を果たすことが可能なのかを国民とともに模索しなければならない。世界が「自国優先」主義に走る中で、「国際協調」を如何に維持していくか。それが安倍首相を含めて世界の政治リーダーに課せられた最大の宿題だ
 トランプ大統領はdisaster(災い)という言葉をよく使う。「オバマ前大統領はdisaster」といった具合に。ところが、そのトランプ大統領もdisasterになるかもしれない。就任式のスピーチでは「米国では政治家は豊かになったが、国民は職も工場も失った」と述べた。だが、今アメリカも世界も望んでいるのは米大統領らしい人物である。「トランプ大統領はdisaster」といわれないよう自戒してほしい。
(この原稿は「行政&情報システム」2月号に書いたものをその後の状況に合わせて補強したものです)

阪神大震災の教訓は何か   小榑雅章

1月17日、22年前に阪神大震災がその日です。早朝から、あの時の震災のシーンや、今後の備えについての報道が流れていました。消防や警察の活動や市役所などの対応や、電気ガス水道などについてどうだったか、の報道を見ながら、正直、何か違和感を感じます。釈然としないのです。
この朝、5時47分、私は新神戸の駅近くのマンションの6階で就寝中、突然突き上げられるように揺れてベッドから落とされました。そばにあった食器戸棚が倒れてきて、茶碗やコップのくだける音が響きました。危うく下敷きになるところでした。これは大地震だとは分かりましたが、まだ真っ暗です。停電はしていましたが電話は通じました。会社に電話をして、すぐ行くからと連絡しました。
私の勤め先は、ラジオの放送局で、災害時には的確な情報を流す使命があります。急いで駆け付けなければなりません。
放送局まで歩いて約30分。あちこちの家がつぶれたり傾いたりしていました。寝間着姿の人たちが呆然とたたずんでいます。
消防署の建物が損壊していました。消防自動車は動けません。
えらいことです。一刻も早く、震災の状況や避難や救援の情報を放送しなければなりません。そのために、兵庫県庁や神戸市役所から直通のFAXが設置されているのです。
やっとのことで中突堤にある放送局にたどり着きました。局舎は損傷していましたが、放送は継続していました。
ところが、肝心の放送すべき情報がありません。情報が送られてくるはずのFAXはうんともすんとも言わない。
痺れを切らして、私は社員の乗ってきたバイクを借りて、県庁に行きました。時間は9時半。
がらんとしています。ほとんど人がいません。情報を送ってくるはずの部屋に行くと、ガチャガチャの惨状で、誰もいない。10時になっても誰も来ない。これではいくら待っても情報が送られてくるはずはありません。
通勤したくても電車もバスも動かないのだから、県庁のお役人たちはほとんどいないのです。
知事もいません。局長もいません。迎えに行くはずの車が行けない。道路は至るところ瓦礫で車が通れない。高速道路は崩壊している。
神戸市役所に行きましたが、やはり同じです。
警察も行きましたが同じです。消防署も壊れている。
つまり、平時とは全く違うのです。大地震は、人々がいる昼間に起こるとは限らない。通勤前だったり夜中だったりしたら、対応する人間がいないのです。
テレビで放映される救助や消火活動の訓練をみて、私が違和感を感じるのは、現実には人がいないんだよ、建物も壊れているし、電車も動かないんだよ、ということなのです。
日頃の訓練は重要です。大いに準備はすべきなのです。しかし、平時とは全く違うのです。準備のしようがないほど、想定外のことが起こるのです。現実は、何が起こるかわからない、だから安心だとか、万全などというわけにはいかない、ということです。
念のため付け加えると、原子力発電所が安全であると、本気で思っているのでしょうか。避難経路や準備は万全だと言って再稼働を決めた人は、責任がとれるのでしょうか。

鉄が勝つか、木が勝つか    宇治 敏彦

 昨年出版した拙著「版画でたどる万葉さんぽ」(新評論社)に三重塔再建に賭けた法輪寺(奈良県斑鳩町)の井上慶覚和尚(故人)の熱意について書いた。この塔は世界最古の木造の三重塔といわれたが、1944年(昭和19年)7月、落雷で全焼した。筆者は高校時代に法輪寺に何日もお世話になり、当時は健在だった慶覚和上から三重塔再建への熱意をうかがった。和上の「夢」という揮毫を便箋にして再建費の一助にしたいというので、筆者は慶覚さんの書を版画に彫るなど、ささやかな協力をさせてもらった。作家の幸田文さんは私財を投じて協力し、東京から斑鳩に移り住んだほどだった。三重塔は1975年(昭和50年)3月に創建当時の姿で再建されたが、残念なことに井上慶覚さんは、その6年前亡くなっていた。
 以上が私の書いた一文の概要だが、昨年末、これを読んだ長谷川隆さん(共同通信社OB)から「伊東光晴氏が『技能に生きる世界』という一文で法輪寺の三重塔再建に関する裏話を書いていますよ」と教えてくれた。彼が親切に贈ってくれた「君たちの生きる社会」(伊東光晴、ちくま文庫、1978年)からその部分を引用する。
 「設計者は竹島卓一博士。つくった棟梁は、法隆寺大工西岡常一さんです。しかし、ここに問題がありました。先代の住職さん(注:井上慶覚さんのこと)は西岡さんに、あなたの思いどおりにつくりなさいといったのだそうです。しかし竹島博士の設計図を見たとき、西岡さんは、このとおりやれというのならばやめさせてもらいますといってことわったのです」
 「現代の構造力学上からいうと、昔の設計図に無理がある」と竹島博士は「補強として鉄を使う設計図を描いた」。これに対して西岡大工は「なるほど鉄は力が強い。しかし生命力がない。(近くの)法華寺の三重塔は明治30年の解体修理で鉄のボルトが使われたが、すでに錆びてねじやまがきかなくなっていて塔をゆがめる原因になった」という。
 長い論争の結果、「必要最低限の鉄材をつかう」ことで妥協した。西岡氏は法輪寺三重塔の建設材として樹齢1500年のヒノキを求め日本に限らず台湾まで行ったという。「私の考えが正しいか、竹島先生の考えが正しいか、それはやがて歴史が証明するであろう」と言った、と伊東氏は同著に書いている。
 設計者が正しいか、大工の棟梁が正しいか――。残念ながら両氏だけでなく、私も含めて、その「判定」は後世の日本人に委ねる以外にない。

二人誌埴輪「いま言わずして」 発刊しました    小榑雅章

いま言わずして
二人誌埴輪「いま言わずして」宇治敏彦・小榑雅章著 三恵社刊(定価1500円+税)

このブログ雑誌「埴輪」をご愛読くださり、まことにありがたく存じます。
どうぞ、今年もよろしくお願い申し上げます。
このブログ「埴輪」は、ごらんのように宇治敏彦と小榑雅章の同人二人の雑誌です。
ブログの「埴輪」を始めたのは、2010年3月7日でしたから、この春で丸7年になります。長いような短いような道のりですが、じつは二人でガリ版刷りの二人雑誌「埴輪」を始めたのは1958年(昭和33年)でした。それから考えると、来年で60年もの歳月を経ているということになります。その間、いろいろ紆余曲折はありましたが、60年も続く二人雑誌は、世界中探してもそんなにたくさんはないのではないか、と秘かに思っています。
今年、同人二人は傘寿を迎えます。歳はとっても、一向に悟りも開けず、煩悩はおさまらず、おろおろ悩み、世の流れに一喜一憂、悲憤慷慨しています。それをこのブログで吐露することにしているので、読者諸兄にはご迷惑なことと存じます。
昨年の夏の終わりごろ、この辺で、これまでいったい何を言挙げしてきたのか、振り返ってみよう、そして、出来れば少しはまともな小文を選んで、活字の本にしたいな、という話になりました。もともと活字の世界で育った二人にとって、インターネットとかブログの世界は、ふわふわしていて手に取ることもできないので、なんとなく頼りないのです。だがら、いつでも手に取れる固い触感の活字本が、なんとなく落ち着くアナログ人間なのです。
このブログの埴輪には、宇治は181篇、小榑は94編の小文を発表しています。(小榑は怠けています) この二人の小文の中から、それぞれ30編ずつ自選をしました。
これに加えて、宇治の得意の版画やペン画などの宇治美術館から10編を選んで、活字活版の単行本を発行することになりました。
こうしてできたのが、上の写真の「いま言わずして」という二人の小冊子で、この新年に発行しました。
宇治は、発刊について、この本のまえがきの中で、つぎのように述べています。
・・・戦後民主主義の打破・克服」を目指す安倍一強政治が長期化する中で、多くの日本人の間に「大勢順応」「長いものにまかれろ」「今日一日を無事に暮らせたら」といった現状容認体質が蔓延していて、あの戦争で失った私たちの家族や先輩など三〇〇万人以上の尊い命と引き換えに獲得した「平和」と「自由」が次第に狭められていくのではないか、と二人は強く危惧しています。この冊子に「いま言わずして」との題名を付けたのも近年、弱体化が指摘されるジャーナリズムの世界にあって「戦後民主主義の頑固な信奉者がどっこい生きている」ことを示したい思いがあるからです。・・・
思いだけが強くこもっていますが、250頁ほどの小冊子で、部数もわずかしか刷っていません。もし、読んでみてもいいとお思いの方がいらっしゃったら、下記までご連絡ください。定価1500円です。(送料不要)
連絡先magazinehaniwa@yahoo.co.jp 雑誌埴輪「いま言わずして」



世界はどこまで「逆流」するのか    宇治 敏彦

 2017年(平成29年)という新しい年がスタートした。日本各地では初日の出も見られ、穏やかな天候の正月となった。しかし、世界を見ると、元日の未明にトルコの首都イスタンブールのナイトクラブでは乱射事件があり100人以上の市民が死傷した。地元知事は「サンタクロースの格好をしたテロリストによる残虐行為」と公表した。このクラブもあるボスボラス海峡沿いの道を筆者も数年前に何回か通ったことがあり、他人事のように思えなかった。トルコではエルドアン大統領の独裁政権に対する不満が高まっており、テロ行為も近年、急増している。
 前日の大晦日にはイラクの首都バクダッドの市場で爆発事件が2件あり、買い物客ら25人が死亡した。過激派組織「イスラム国」(IS)系のメディアは「イスラム系シーア派を狙った」とする犯行声明を出した。
 21世紀は米国における同時多発テロ(2001年9月11日)で幕を開けたが、15年以上たっても、テロ事件は収まるどころか、ますます増えそうな気配ではないか。
 そうした現象に輪をかけるのが米国のトランプ新大統領の「自国優先主義」ではないかと私は危惧している。「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」というトランプ氏の発想は、メキシコなどからの移民急増で白人たちの職が奪われ、経済的にも米国の企業が疲弊していることへの対抗策から生まれたものと思えるが、トランプ発言の影響は単に米国内にとどまらず欧州やアジアにも波及している。人道主義の立場で難民受け入れに積極的だった西ドイツのメルケル首相も最近は孤立化を指摘され、秋のドイツ総選挙(下院選挙)で安泰とは言えないとまで欧州のマスコミは報じている。
 第2次世界大戦が終わった直後は国連の力も強く、日本が鳩山一郎政権の下で国連加盟を果たした1956年(昭和31年)までは、日本人の多くも「国連中心主義」という神話を信じ切っていた。また、もう一つの神話として「民主主義国同士での戦争は起きない」とされ、そう信じられていた。だが1982年(昭和57年)4月のフォークランド戦争(イギリスとアルゼンチンの間で起きたフォークランド諸島をめぐる領有権争い)が勃発すると、その神話もぐらついた。
 トランプ大統領をはじめ世界中の指導者たちが「自国優先主義」をし始めたら「国際協調」「国連中心主義」「人命重視」の風潮は大幅に後退を余儀なくされ、G7サミットもG20サミットも有名無実化するのではないか。こうした「逆流」を止める政治指導者が出て来ないものか。「国境を超えて人命ファーストでいこう」という政治家を育てることが急務だ。そのために私たちも国際世論を盛り上げていこう。年頭に当たっての私の思いである。
 

萬葉版画館 宇治美術館101

萬葉集巻5-820

宇治敏彦制作板画 萬葉集5巻820
うめのはな いまさかりなり おもふどち かざしにしてな いまさかりなり(筑後守葛井大夫)

「昭和8年」を学び直そう   宇治敏彦

 横浜市中区日本大通りにある「ニュースパーク」(新聞博物館)で開催中の企画展「こんな時代があった 報道写真『昭和8年』」を見に行った。日本電報通信社(電通の前身)が昭和8年(1933年)に加盟社などに配信した内外の報道写真など約150点が展示されていた。この年、ドイツで台頭したヒトラー首相の動向や国際連盟総会で脱退を表明して日本国民から拍手喝采された松岡洋右全権(後に近衛内閣で外相)の表情をはじめ、パリで始まった毒ガス防御マスクの実習風景とか、日本での最初の防空演習の模様など、世界が「戦争へ、戦争へ」と走り出そうとしていた昭和8年という年を浮き彫りにしている。
 筆者は昨年、「政(まつりごと)の言葉から読み解く戦後70年」(新評論)という本を上梓し、その出版記念会の挨拶で「昭和8年を学び直そう」と参会者に呼びかけた。
それというのも昭和8年に京大法学部4年生だった筆者の父は「滝川事件」に遭遇して、就職先に苦慮していた。この年に出版された滝川幸辰京大法学部教授の著書「刑法読本」が「アカではないか」(共産党寄りではないか)と噂になり、内務省が発禁処分にした。ときの文部大臣・鳩山一郎は「赤い教授」を弾劾し、滝川教授の退官を要求した。法学部教授会がこれを拒否すると、文部省は滝川教授を休職処分とした。それに反発した大学や学生たちの反対運動が全国的に広がり、政府は思想弾圧を一段と強めていった。
小学校の国語教科書は大正7年からの「ハナ ハト マメ マス」が「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」に変わり、国威発揚型の色合いを強めていった。その国の政府が戦争志向を強める時は、必ずと言っていいほど思想・言論・教育・結社の自由を制限する方向に進んでいく。教科書の変化に象徴されるように長野県では「赤化教員の一斉検挙」があり、作家・小林多喜二が取り調べ中に虐殺されるなど、さまざまな思想弾圧が行われ始めた。それは日本の関東軍が河北侵入を開始したのとも軌を一にしていた。
私は昨年もこの「埴輪」に「昭和8年の教訓に学ぶ」という一文を書いたが、今回のニュースパークでの「昭和8年」写真展を見て、日本をはじめ世界全体が第2次世界大戦へと助走を始めた年ではないかと改めて思った。
同年12月23日、明仁皇太子(現天皇)が誕生している。「御名 明仁 御称号 継宮」と掲示する写真も展示されている。
歴史を学ぶ上で一見の価値ある展覧会と思う。(この写真展は12月25日までニュースパークで開催中。月曜休館)

萬葉版画館 宇治美術館100

萬葉集5-893

宇治敏彦制作板画 萬葉集5巻893 
よのなかをうしとやさしとおもへどもとびたちかねつとりにしあらねば
(山上憶良)貧窮問答歌反歌

「背広姿の万葉板画家」とでも言いますか?   宇治敏彦

 今から6年前に、このブログ雑誌「埴輪」がスタートした時、編集長の小榑雅章さんが小生の万葉板画を「宇治美術館」と称してパソコン上に掲載してくれた。時には仏像やお祭りのペン画も交えながら、今回で100回目の「美術館」になる。
 なぜ「万葉集」を版画に彫るのかと聞かれることがある。大伴家持らによって編纂された奈良時代の日本最古の「国民歌集」は、全20巻、約4500首と、そのボリュームもさることながら、天皇・皇族・貴族から下級官僚・兵士・農民・乙女に至るまで職業や身分を問わず私たちの先祖が、人生の喜びや悲しみを率直に歌い込んでいるのが最大の魅力だ。学生時代から棟方志功、川上澄生といった版画家(棟方さんは「板画道」と言っていたが)の作品に魅かれて「板画で万葉の歌を現代に蘇らせることが出来たら」と思ったのがきっかけだった。
 東京新聞の代表をしていた2004年当時に文芸春秋社がどこで聞き込んだか、「第二の人生 暮らしの設計図」というテーマで臨時増刊号をつくるので「版画と万葉集」について一文を書いてほしいと頼んできた。月刊「文藝春秋」(同年7月臨時増刊号)に「萬葉集を板画に彫る」と題して掲載された。その中で私は次のように結んだ。
 「板画の面白いところは、油絵と違って一度彫ったら手直しできないことだ。やり直しのきかない人生に似ている。彫り損なったら、それを逆にいかして作品にしていく開き直りの姿勢もときには必要になる。棟方志功の作品にも彫り損ねた箇所がいくつも見つかる。それを気にしないおおらかさが、また好感がもてる。最近の悩みは、本職の新聞社の仕事が多忙を極めて、なかなか板画づくりを楽しめないこと。しかし、趣味に定年はないから焦らない。本職の定年のときが来たら、趣味の本職が始まるのを今から楽しみにしている」
 現在は、まさに「結びの言葉」通りで、午前中は新聞社の相談役室に顔をだし、午後は日本プレスセンタービル8階の小部屋で万葉板画づくりに勤しんでいる。「背広の板画家」と冷やかす人もいるが、今年6月に二冊目の万葉板画集「版画でたどる万葉さんぽ」(新評論社)を上梓することが出来た。
 「いつ彫るのか」「一作品つくるのにどれくらい時間がかかるのか」とは、よく受ける質問だが、「ほぼ毎日彫ってます。気が向けば朝も自宅で彫っているので、娘に『木クズの掃除が大変』と叱られています」「作品の大きさや内容にもよりますので締め切りは決めていません」と答えている。もし御関心があれば東京新聞の関連紙「暮らすめいと」に毎月掲載している「万葉のこころ」をご覧ください。

萬葉版画館 宇治美術館99

萬葉集6-931
宇治敏彦制作板画 萬葉集6巻931
いさなとり はまへをきよみ うちなびき おふるたまもに あさなぎに ちへなみよせ ゆふなぎに いほへなみよす へつなみの いやしくしくに つきにけに ひにひにみとも いまのみに あきたらめやも しらなみの いさきめぐれる すみのえのはま(車持朝臣千年)

ドキュメンタリー映画「抗い」を見よう   宇治敏彦

 「国家とは何か?」「国民とは何か?」「民族とは何か?」「戦争とは何か?」「権力とは何か?」―――。さまざまな「何か?」を考えさせられるドキュメンタリー映画を日本記者クラブでの試写会でみた。「抗い 記録作家 林えいだい」(RKB毎日放送。西嶋真司監督)。
 福岡県筑豊炭鉱で戦前・戦中に日本に徴用された朝鮮人たちの重労働や悲劇を中心に「戦争」「民族」「公害」などを長年取材し、国家権力の横暴がもたらす非条理を追及し続けてきた記録作家、林えいだい氏(82歳)を映像で追い続けてきた1時間半の記録映画だ。
 林さんは1933年12月、福岡県香春町に奈良時代から続く神社の神主(林寅治)の子として生を受けた。9歳の時、父は非業の死を遂げた。当時、筑豊炭鉱に強制労働に駆り出されていた朝鮮人たちが厳しい生活に耐えきれず脱走するのを気の毒に思って匿っていたのが発覚し、当時の特高警察から拷問を受けて命を落としたのだ。これが林えいじ少年を「反権力」に向かわせた最初のきっかけだった。早大中退後、帰省し炭鉱夫、地方公務員を経て37歳でフリーの記録作家への道に入った。以後、45年間に50冊以上のルポルタージュを発表しているが、その多くは「清算されない昭和 朝鮮人強制連行の記録」(岩波書店)「証言・樺太朝鮮人虐殺事件」(風媒社)「地図にないアリラン峠 強制連行の足跡をたどる旅」(明石書店)など戦前・戦中の日本の対外進出政策で犠牲になった被害者に関する取材記録である。
 映画では、筑豊炭鉱から脱走した朝鮮人労働者たちが「アリラン峠」と呼ばれた山道で行き倒れた様子を追っている。気の毒がった人たちが大きな石を選んで墓石とした。そうした石が今も山中にゴロゴロ転がっている。また1945年、一機の重爆特攻機が飛び立つ直前に放火された際に、朝鮮人飛行士(当時は山川という日本名)が無実の罪を着せられ日本軍に射殺された。映画は、その真実に迫ろうとする林氏の取材ぶりも詳しく追っている。
 戦後のテーマとしては、九州における炭鉱公害の実態を戦前の足尾銅山鉱害と重ね合わせて追及していく林氏の取材実績が描かれている。
 「僕は現場に身を置いて考える悪い癖がある」「名もなき民衆の声なき声を、しかと歴史にとどめていくことが、僕自身が生きている証しなのかもしれない」「時間とお金の無駄遣いだと友人に笑われるが、これが僕の方式であり生き方だ」。重い癌と闘い抗がん剤の副作用でペンが持てないほどだが、セロテープで万年筆を指に巻き付けて執筆をつづける林さんの姿に、同じ物書きの後輩として「自分なんかまだまだ生ぬるい。温室で仕事しているのではないか」と反省を込めて自戒した。
 「歴史の教訓に学ばない民族は 結局は自滅の道を歩むしかない。」
 映画の最後に掲示される林氏の言葉は、今日の日本にも当てはまる。
 見終わった後、しばし言葉を失っていた。一緒に鑑賞した小榑雅章君も沈黙していた。
(「抗い」は2017年1月下旬、シアター・イメージフォーラムで公開される)

コロンビア大統領へのノーベル平和賞効果や如何に   宇治敏彦

 ノルウェーのノーベル委員会は、粋な計らいをしたものだ。10月2日に南米コロンビアで実施された和平合意を問う国民投票で反対派が勝利していなかったら今回のサントス・コロンビア大統領への平和賞授与はなかったかもしれない。いわば「コロンビアの国内合意を促す奨励賞」の意味合いが強いというべきだろう。
 何しろ52年間も内戦が続いている国である。1959年のキューバ革命に触発されて誕生したコロンビア革命軍(FARC)との内紛で約700万人(現人口の7分の1)が避難民となり、26万人以上の犠牲者を出した。当然、革命軍への反発は吹き出すが、一方で貧富の格差拡大に抵抗する革命軍を支持する農民や貧しい層もたくさんいる。
 だからこそ和平合意を問う国民投票も「反対」(50%)、「賛成」(49%)という僅差だったのだろう。否決の背景には「FARCに譲歩し過ぎだ」(選挙に勝てなくとも上下両院に合計10議席を与えるなど)といったサントス政権の妥協姿勢に不満があるからといわれるが、これだけの僅差ということはFARC支持派も根強い証拠だ。
 ノーベル委員会は「このまま放置しておいたら、英国で6月、欧州連合(EU)離脱を僅差で選択した国民投票の結果と同様に、混乱の拡大を招く」と懸念して、サントス大統領が和平努力をあきらめずFARCとの再交渉に頑張るよう焚きつける「激励賞」の意味合いを込めたのであろう。
 ノーベル平和賞が起爆剤になってサントス政権とFARCの再交渉が成功することを一地球市民として切望する。と同時に、次は深刻度を強めるシリア内戦をなんとかしなければならない。米国とロシアによる停戦合意が失敗に終わり、オバマ政権は協議の打ち切りをロシアに通告した。根源はアサド政権とシリア反体制派の争いだが、現実は米ロの代理戦争になっているだけに、ある意味ではコロンビアより質が悪い。2011年に始まった反政府デモにシリアのアサド大統領が武力弾圧をしたことがきっかけだが、コロンビアのように半世紀も内戦が続くとすれば、今世紀の後半にはシリアという国家は有名無実化しているだろう。過激派組織「イスラム国」(IS)の活動も絡んで、アサド大統領自身が身を引くことを決意しない限り新展開は見えてこないだろう。ノーベル委員会もシリアについては出番がない。本来は国連の出番だが、米ロ対決の様相では実効ある提案は出てこないだろう。
 せめてコロンビアの和平の動きやノーベル平和賞を契機に、全世界の人々がシリア問題に思いをいたして、アサド大統領に「和平」実現へのプレッシャーを強く働きかけていくべきではないか。

萬葉版画館 宇治美術館98


宇治敏彦制作板画 萬葉集2巻165
うつそみの ひとにあるわれや あすよりは ふたかみやまを いろせとわがみむ(大伯皇女)

親日派が沈黙している中国政府の内部事情   宇治敏彦

  中国の建国67年を祝う中国大使館主催のパーティーが9月29日夜、赤坂見附のホテル・ニューオータニで開催された。約1500人の参会者で賑わい、例年通り舞台のすぐ脇には創価学会の池田大作名誉会長のひときわ大きな花輪が飾られていた。来賓あいさつはなく、程永華駐日大使の冒頭あいさつと乾杯の音頭で、あとは青島ビールに北京ダックや餃子、焼売などの料理で懇談という形式だった。
 日本の創価大学留学生で、日本人と全く変わらない流暢な日本語を話す程大使だが、挨拶は中国語で、その和文訳が両脇のスクリーンに映し出される仕組みになっていた。挨拶の内容は、中国経済が6.7%成長で順調に発展していることを強調し、対日関係では4つの政治的文書(戦略的互恵関係など)を堅持して経済関係の発展などに努めたいとの内容だった。最後の乾杯の音頭だけは、さすがに日本語を使った。
 政界、経済界をはじめ多くの著名人の姿があったが、安倍晋三首相の姿はなかった。こうした中で筆者が感じたのは、人は沢山集まってくるのだが、日中正常化が実現した1970年代のあの熱気は全く感じられず、なぜかよそよしい空気が漂っていることだった。勿論、この背景には野田佳彦民主党政権時代に日本が尖閣諸島の国有化を閣議決定して以来の「日中冬の時代」があるのだが、それにしても程大使も含めて中国側の親日派が、ずーっと沈黙を決め込んでいることも大きく影響しているのではないかと憶測した。
 正常化前後には廖承志中日友好協会長をはじめ多くの親日派・知日派が周恩来首相ら首脳に直に日中関係に関して進言、時には直言して、それが対日政策に反映されることがあった。しかし、今は習近平体制のもとで王毅外相(元日本駐在大使)、唐家璇中日友好協会会長をはじめ多くの親日派・知日派が頑なに中国の原則論に固執し、柔軟性を欠いている。やはり「御身大切に」というのか、政権の枠内でしか行動しない。
 そこが筆者にとっては不満である。パーティ―の終わりがけに程大使と握手しながら「大使、何とか日中関係を良くしましょうよ」と話しかけた。大使は筆者の手を握ったままで「来年が日中正常化45周年ですから」としきりに強調した。彼も本心では何とか正常化直後のような良好な両国関係に戻したいと願っているだろう。「マスコミも協力しますよ」と告げて私は会場を後にした。
 

「金食い虫」もんじゅの悲劇   宇治敏彦

 一時は「夢の原子炉」とまで言われた高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)が廃炉に向けて動き出した。福井県の西川一誠知事らは存続を希望しているが、政府は年内に廃炉を正式決定の運びだ。
 当然だと思う。むしろ遅きに失したというべきだろう。1994年に「臨海」(核分裂が持続する状態)に達して本格稼働に入ってから今年で22年になるが、この間、原子炉を動かせたのは延べ250日間しかない。「夢の原子炉」というより「幻の原子炉」と言った方が的確だろう。
 しかも、この間に歴代内閣が使った金は1兆円以上で、運転が停止しても毎年200億円の維持費を要する「金食い虫」だった。炉は停止中でも固まりやすい性質があるナトリウムを温めるため毎月1億円以上の電気代が必要だという。何でこんなにも無駄なことが長期間行われてきたのだろう。
 1995年12月にナトリウム漏れを起こして運転中止になった2年後、原子力委員会の内部に高速増殖炉懇談会がつくられた。その席で吉岡斉九大教授(科学技術史が専門)は「もんじゅを博物館にして技術保存し、技術者は学芸員として再雇用してはどうか」と提案したという(9月23日、毎日新聞朝刊)
 だが、地元の福井県をはじめ関係者の反対が強く、吉岡案は見向きもされなかった。いま廃炉後のもんじゅについて核廃棄物減量の研究拠点に転用すれば地元経済にも寄与するのではないかとの案も浮かんでいる。
 ただ廃炉にすると言っても3000億円超の費用がかかるといわれている(再稼働させる場合には少なくとも5800億円が必要と文科省は見ている)。福島の東京電力福島第一原発の廃炉でも2兆円かかるといわれてきたが、賠償費用を含めて既に6兆円が使われている。もんじゅの廃炉費用も3000億円では済むまい。
 お金だけの問題ではない。1995年のナトリウム漏れ事故後には当時の動燃が撮影現場のビデオを隠蔽したことが発覚し、その責任を感じたのか対外広報担当だった総務部次長(当時)が自殺する事件まで起きている。また消火作業の際に水をいれたバケツリレーをしたということで「そんな原始的作業で作業者が二次災害に巻き込まれたら、どうするんだ」という非難の声も聞かれた。
 「夢の原子炉」は、あまりにも高い授業料だった。原子力発電に関しても、いま一度考え直す必要に迫られている。

金利操作だけで経済は良くならない   宇治敏彦

 日本銀行が9月21日の金融政策決定会合で、金融緩和政策の部分的修正を決定した。その主な内容は①物価上昇率2%目標を超えるまで新たな金融緩和策を継続する②「年80兆円ずつ保有残高を増やす」との国債買い入れペースを「おおむね80兆円を目途に」と変更する③「7~12年程度」としていた国債の平均残存期間を廃止する―などだ。その理由について黒田東彦日銀総裁は「原油安」「2014年4月の消費税率アップ」「新興国経済の減速」という3つの理由を指摘した。
 しかし、筆者の率直な印象は「金利政策で経済全体の構造を変えようという日銀の発想自体に土台無理があるのではないか」という点である。マイナス金利政策を3年半続けても「2%の物価目標」が達成できないのは、日銀の役割の限界を国民に見せつけたに等しい。行天豊雄・国際通貨研究所理事長が「中央銀行にできることは限られている。検証したからすぐにでも必要な対策が打てるわけじゃない。日銀だけじゃどうしょうもない」(9月20日、日経新聞朝刊)とコメントしているように、安倍政権自体が経済政策の内容や規模を大幅に変えないかぎり、日銀の金利政策はゴマメの歯ぎしりに終わるだろう。
 安倍晋三内閣の支持率は50%台後半から60%前半と極めて高い。だが、その中で期待感が逆転している項目が「経済政策」だ。たとえば共同通信社が9月17,18日に実施した全国電話世論調査では、安倍内閣支持率は55.7%(不支持30.0%)で8月調査より3%近く支持が上昇している。ところが「経済政策」では「期待できる」が10.9%に対し「期待できない」は28.6%と悲観論が3倍近い。8月調査より「期待できない」が10%近く増えている。
 言い換えれば景気は良くない。個人は財布の紐を締めているから消費が低迷している。マイナス金利では貯蓄する気にもならない。将来不安が拡大しているから「2%の物価目標」など達成できるはずがないのだ。
 安倍首相は今春の春闘時に「企業はもっと賃上げを」と経団連幹部らに発破を掛けた。しかし、こうした「官製春闘」は邪道である。政府は本来、民間企業の労使交渉に口を差し挟むべきでない。かつての太田薫―岩井章コンビといった総評全盛期なら、その首相発言だけで大問題になったであろう。
 むしろ安倍政権が今までに取り組むべき問題は「同一労働同一賃金」「正規社員と非正規社員の格差解消」「外国人労働力の有用活用」といった社会構造・労働環境の改善であった。それを軽視して日銀の金利政策頼みにしても、物価上昇率2%が達成されるはずがあるまい。
 黒田日銀総裁も「サプライズ戦略」なんて用語は使わないほうがよい。かつて大幅な金融緩和を求めた政府・自民党首脳に敢然と立ち向かい「平成の鬼平」とのあだ名を付けられた三重野康日銀総裁が懐かしくなってくる。

萬葉版画館 宇治美術館97

萬葉集15-3675
宇治敏彦制作板画 萬葉集15巻3675
おきつなみ たかくたつひに あへりきと みやこのひとは ききてけむかも
(壬生使主宇太麻呂)

利根川の落ち鮎を食べながらの前橋支局OB会   宇治敏彦

 9月の3連休を利用して群馬県渋川市大正橋脇の落合簗(おちあいやな)で、1960年代(昭和30年代後半)に東京新聞前橋支局に勤務した男たち6人が落ち鮎を肴に昔話をする会合が開かれた。このOB会は1997年以来、伊香保や赤城などで何回かもたれ、八ッ場ダム工事現場の視察などもしたが、今回は少し趣向を変えて渋川通信部の経験者でもある倉林昭次幹事(89歳)の御世話で9月一杯が限度という落ち鮎を味わう会になった。これが最後かもしれないというので当初は12人が参加予定だった。しかし、そこは「腰が痛くて」とか「親戚で不祝儀があって」などと年配者らしい事情が重なって当日には参加者が半減した。
 JR渋川駅からタクシーで15分程度の利根川河川敷にある落合簗からは榛名山が一望出来る。川風を受けながらの会食は賑やかな昔話とともに楽しい時間があっという間に過ぎていった。子持ち鮎の塩焼き2本、魚でん1本、フライ1本、酢の物などに鮎酒。一番うまいのは、やはり塩焼きであった。鮎酒は初めて飲んだ。焼いた鮎を丸ごと1本入れる横長の特製容器で供される燗酒だが、後で中の鮎を食してみたところ、これはそう感心する味ではなかった。
 3連休のせいか、170人は座れるという大座敷もほぼ満席だった。年長ぞろいの我々の個室には椅子も用意されて、瞬く間に3時間が過ぎた。話といえば当然、同僚たちが現役として活躍していた支局時代のことだが、やはり谷川岳遭難者の取材が皆の記憶に強く残っていた。谷川岳一の倉沢で宙吊りになった登山者(遺体)を収容する手掛かりがなく、最終的には自衛隊が出動して銃でザイルを撃ち、遺体を収容した事件が最も有名だ。そのほかにも谷川のマチガ沢でヘたった女性登山者を男性リーダーがザイルを持っていなかったので、自分の革バンドをはずして引き上げようとして起こした事件もあった。バンドが古かったので、引き上げる途中で切れてしまったのだ。リーダーは過失致死容疑で沼田署に送検されたが、最終的には前橋地検で起訴猶予処分になった。
 当時、東京新聞の前橋支局長だった宮路一男氏(故人)が山好きだったこともあって、谷川で事件があると、すぐに沼田通信部の応援に駆り出された。後に私の後任として前橋支局に赴任してきた成川隆顕氏(日本山岳会幹部で、今年から始まった祝日「山の日」の推進役の一人)のような山登りのプロにとっては谷川取材は何の苦もなかったろうが、正直いって運動嫌いの私のような者には谷川岳の遭難事件取材は苦手だった。その成川氏から山の話だけでなく、東京オリンピックの時、マラソンのアベベ選手を取材した時の秘話などを聞いているうちに鮎料理もすべてお腹の中に納まって、OB会はお開きとなった。
 さて来年は、OB会を開けるかどうか分からない。だが皆が元気なうちは、私たちジャーナリスト人生の原点で、決して経済的には豊かではなかったものの、毎日がピカピカと輝いていた支局仲間の会を持ちたいものだと思っている。

安倍晋三長期政権の良し悪し    宇治敏彦

 7月の参院選に勝利して8月3日に第3次再改造内閣を発足させた安倍晋三首相の在職期間が年内に中曽根康弘元首相の在職期間(満5年)に並び、来年6月には小泉純一郎元首相の5年5か月も追い越そうとしている。戦後の総理大臣で在職期間の長さからいえば1位が佐藤栄作氏(7年8か月)、2位が吉田茂氏(7年2か月)だが、ひょっとしたらこの2人を追い抜いて戦後最長の内閣総理大臣になる可能性も出てきた。
二階俊博自民党幹事長は、早くも自民党総裁任期(現在は2期6年間)の改定論(3期9年間に)を示唆している。安倍総裁の任期は2018年9月で切れる。任期延長がなければ、ここで安倍政権は終わり、小泉、中曽根両政権を超えても、佐藤、吉田政権には及ばない戦後3位に留まる。
 旧田中角栄系の二階幹事長が、なぜ安倍総裁の任期延長を唱えているのだろう。一つには2020年夏の東京オリンピック・パラリンピックを安倍政権下で実現してもいいのではないかとの思い。もう一つには2018年12月で任期切れになる次期衆院選挙や2019年夏の次期参院選を、このところの国政選挙で勝利している安倍首相の下でやるのが自民党には得策との読み。勿論この他にも「安倍任期延長」を主導することで二階氏が安倍首相に貸しをつくり、党内での自らの政治的影響力を強めたいとの思惑もある。
 同じ旧田中派系でも石破茂氏は二階幹事長と対照的に「反安倍」の動きを強めている。8月の内閣改造で安倍首相から閣内にとどまって欲しいとの要請を受けたが、それを断って無役に転じた。今後は水月会という派閥を足場に次期総裁選に備える覚悟で、自らの思いを出版する準備に取り掛かっており、もちろん「総裁任期延長論」には反対している。
 こうした中で安倍首相が今後、どういう戦略に出てくるかを政治記者OBとして予測してみよう。いま安倍首相が内心、一番実現したいと思っていることはプーチン・ロシア大統領との首脳会談(12月に安倍首相の選挙区・山口県で開催)で日ロ平和条約の締結に目途を付けることであろう。これが実現すれば1956年(昭和31年)、鳩山一郎首相が日ソ国交回復を実現してからの懸案事項になっていた北方領土返還問題、日ロ平和条約の締結が60年ぶりに前進することになる。鳩山退陣後の岸信介政権における「日米安保条約」改定につぐ「新安保法制」の強行成立と合わせて、安倍政権は「一内閣一仕事」でなく「一内閣二仕事」を成し遂げた大宰相という声が自民党や経済界、さらに保守的な団体や右寄りの論壇から噴出してくることは目に見えている。現在40%台の内閣支持率も50%を超すかもしれない。
 そのときに安倍首相が目論む次の手は、衆院の早期解散だ。2017年夏には東京都議選が予定されているが、都議選とのダブル選挙を決断するかもしれない。そこで勝利すれば、2018年9月の総裁任期切れは「延長」に傾くのが自然の流れだろう。
 「そう安倍氏の思惑通りに進むかい?」という反論があるだろう。確かに「政界は一寸先が闇」といわれるように何が起こるか分からない世界である。首相自身の健康問題をはじめ「米国の新大統領誕生による日米関係、世界情勢の変化」「中国や北朝鮮のさらなる軍事的行動」「アベノミクスの不成功」「大規模震災の発生」など諸々の不安定要因も否定できない。だが現時点では「これが安倍政権崩壊のきっかけになる」と断言できるものはない。ひょっとしたら吉田、佐藤という長期政権を追い越して安倍政権が8年間の戦後最長政権になるかもしれないという想定も頭の片隅に置いておくべきだろう。
 最近は政治家だけでなく国民全体が「今日一日、無事に過ごせれば、それで納得」といった「劣化現象」が目立ってきた。あの3年半の民主党政権の失敗がいまだに尾を引いているようだが、そろそろ日本の進むべき本道を考え直す風が吹き始めても良いころではないだろうか。その責任の一端が私たちマスコミ人にあることは、もちろん強く自覚している。

萬葉版画館 宇治美術館96

萬葉集14巻3390
宇治敏彦制作板画 萬葉集14巻3390
つくはねに かかなくわしの ねのみをか なきわたりなむ あふとはなしに(東歌)
プロフィール

magazinehaniwa

Author:magazinehaniwa
ブログ雑誌埴輪へようこそ!
埴輪同人 宇治敏彦・小榑雅章
連絡先
 magazinehaniwa@yahoo.co.jp

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
FC2カウンター
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR